第67話 悔し涙とセリナの決意
シェリダンの街でひと悶着あった後。
ローラントらパットン一行はいつものように初心者の森で薬草採取の依頼を行っていた。
いつもは和気あいあいとし、簡単ながらも楽し気に薬草採取を行っていたローラントたち。
だが、さすがにあんなことがあったばかりとあって、誰も口を開こうとしなかった。
重い雰囲気の中、ただ黙々と。
そんな中、セリナは規定量まで薬草採取を行なった後、アンナに渡すとともに声をかけた。
「ねぇ、アンナ。さっきの……」
「ごめんね。嫌なもの見せちゃったね……」
「ううん。あの人たち、いつもあんな感じなの?」
「そうなの。困っちゃうよね」
明らかに元気なさそうに語るアンナ。
彼女によると、イーエースに初めて絡まれたのは数か月前。
アンナとエマが2人でいるところに、男4人で声をかけられた。
内容はただのナンパ。
アンナもエナも興味がなく無視していたのだが、4人はしつこく食い下がってきた。
逆に2人が靡かない事に苛立ち始めるイーエースの4人。
そこへローラントが駆け付け、アンナとエマをかばう様に前に出た。
これがイーエースの4人の癪に障ったのだろう。
憂さ晴らしとばかりに言いがかりをつけられ、暴力を振るってきたのだ。
ローラントももちろん抵抗したのだが、冒険者として実績も積んでいる大柄な男と、成人したばかりの駆け出し冒険者。
差は歴然であり、徹底的に痛めつけられる結果に。
幸い怪我は大したことなかったが、これ以後事あるごとに因縁をつけ、ローラントを馬鹿にしてくるようになった。
「ひどい! 誰も助けてくれないの?」
「うん。誰に訴えてもこう返ってくるの。『冒険者ならよくある事だ』って」
イーエースの悪態は冒険者ギルドも把握している。
それでも放置されているのは、あれでも最低限の分別はわきまえている為だと言う。
暴力沙汰、恫喝紛いの事案も多いが、人を殺めたり恐喝などの犯罪行為は行っていない。
荒事が多い冒険者稼業。
態度の悪い依頼人、冒険者同士のトラブルなど日常茶飯事。
イーエース程度の理不尽、耐えるか乗り越えるかできなければ、成功する事など出来ないという考えなのだ。
それでも、中にはやり過ぎだろうと考えている人もいる。
居るのだが、結局は暴力の矛先を向けられるかもしれないという恐怖から、見て見ぬふりをするばかり。
ローラントなどの駆け出しや体格で劣る冒険者相手に好き勝手しているのが現状だ。
ここひと月ほどイーエースは依頼で外へ出ていたのだが、終了し街に戻ってきたのだろう。
「でも、でも……」
「私もイーエースなんて大っ嫌いだよ」
セリナと話すアンナの声はか細い。
よく見れば体は震え、瞳には涙を溜めている。
横暴なイーエースの態度ごときに耐えられなければ冒険者として大成しない。
言う事は分かるが、それで納得できるかと言えば話は別。
ローラントをいたぶるイーエースの4人のそれは、教育や鍛錬などではない。
ただただ己が欲望を満たすだけの、エゴだ。
(ねぇ、スーおじいちゃん)
『ほっほっほ。セリナのしたいようにするが良い』
(うん、分かった!)
セリナは心の中でスードナムと言葉を交わすと、ローラントを探すべく立ち上がる。
アンナからは彼をそっとしておいてほしいと言われるが、お構いなし。
感知魔法を使い、位置を特定。
森の中を真っすぐに進み、ローラントがいる湖の畔にたどり着いた。
「ローラント」
「……な、なんだ、セリナじゃないか。どうしたんだい?」
ローラントは倒れた木に腰かけ、力なく俯いていた。
声をかけると、セリナに顔を見せないよう慌てて拭い顔をあげ、笑顔で応じる。
だが、目は赤く、頬には涙を流した後がくっきりと残っていた。
「……大丈夫?」
「何の事だい?」
「さっきの」
「ははは、みっともない所見せちゃったね。大丈夫、いつもの事さ」
表情こそは笑っているが、声は震え、目には再び涙が溜まってゆく。
こんなはずではなかった、とまではいわない。
孤児院に居た時に考えていた通りには、なっていない。
ローラントもアンナもエマも、剣術や魔法を教えてくれる教師や師匠はおらず、独学。
それでも、孤児院の中では剣の使い方はローラントが、土魔法はアンナが、かくれんぼや探し物はエマがそれぞれ群を抜いていた。
成人の紋章の儀で冒険者向きの紋章を授かった時は、3人で冒険者パーティを組んで一旗揚げようと喜んだ。
しかし、現実は厳しく。
最初は薬草ひとつ探すのにも苦労し、食料や毛皮にしようと襲った獣さえも仕留められず。
杖や剣を買うだけで孤児院を出た時の資金は底をつき、収支の良い依頼も実力不足で受けられず。
格安のギルド講習会で下地からしっかり、コツコツやっていこうと思った矢先。
イーエースに目をつけられたのだ。
孤児院で共に育ったアンナとエマを舐めまわすかのような視線。
彼女たちの意志を無視するかのような強引なやり方。
かなう相手ではないと分かっていても、止めに入らない訳にはいかなかった。
だが、アンナたちに対するナンパが止むことはなく。
ローラントの必死の抵抗も片手間でたやすくあしらわれ、罵声を浴びせ続けられる日々。
忍耐などとっくに限界。
何度剣を抜き、斬りつけ、やり返してやろうと考えた事か。
怒りに身を任せ、柄を持とうとした瞬間。頭をよぎるのはアンナとエマの姿。
どれだけローラントが玉砕覚悟、命を懸けて襲い掛かったところで、勝てる見込みは万に一つもない。
青年の域を出ない体格と付け焼刃の腕しかないローラントでは、大柄で実戦経験豊富なエフィムに一太刀も浴びせられないだろう。
戦いを挑み、敗れ、自分だけが罵倒されるならまだいい。
矛先がもしアンナとエマに向かってしまったら。
そう考えるとどれだけ屈辱的な事であっても、歯が欠けそうなほど食いしばり、血が滲むほど拳を握り、ただただ耐えるしかなかったのだ。
……それでも。
「悔しいの?」
「……えっ?」
「目。涙……」
「あっ」
こみ上げてくる悔しさと、虚しさ、不甲斐なさを押し殺すことはできなかった。
セリナに指摘されたことが決定打となったのか、涙は溢れ、止める事が出来なくなっていた。
「いや、こ、これは……はは、おかしいな」
気弱な所を見せまいと、必死に笑顔を作り、涙をぬぐうローラント。
視線を外し、顔を隠そうとするが、セリナはじっと見つめ続ける。
「悔しく、ないの?」
「……っ!」
その言葉が、ローラントに残っていた最後の砦を、崩した。
「……悔しい、悔しいさ! 人前……アンナとエマの前でボロ雑巾のように扱われて!」
「立ち向かわないの?」
「僕一人だけならやってる! でも、2人を守るには、耐えるしか……」
ため込んでいたものを吐き出すように。
目の前にいるのが幼いセリナであることも忘れ、叫ぶ。
が、その言葉もだんだんと力弱くなり、最後には項垂れ、呟くように。
「僕が……弱い、から」
これがローラントの正真正銘の本心なのだろう。
もっと力があれば。
剣の腕があれば。
あんな横暴、絶対に許さないのに。
今の自分には、振りかかる理不尽すら払いのける実力すらないのだ。
それは、冒険者として。
一人の男として不甲斐なく、弱く。あまりに情けなかった。
「じゃあ、強かったら?」
力なく項垂れた視界は涙でぼやけ、焦点すら定まらない。
自分が何を見ているかもわからない中、聞こえてきたのは何度も頭の中で繰り返してきた問答。
「アンナとエマを守る。たとえ魔王が相手でも」
これだけは誰にも譲らない、ローラントの確固たる信念。
孤児院の頃から苦楽を共にし、兄妹のように育ってきた2人を、絶対に守る。
先ほどまでの表情は何処へやら。
顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、意志の籠った眼でセリナを見据えるローラント。
セリナは、その顔に満足そうに頷き……。
「じゃあ……私が強くしてあげる!」
腰に手を当て、満面のドヤ顔で言い放ったのであった。
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