第66話 イーエース


 ローラントが依頼を受諾し、出てくるまでの間、眠そうにしているエマを起こしながら世間話をするセリナとアンナ。

 ふと今朝あった野菜の育成不良の話をすると、アンナも表情を曇らせ、困ったように話してくれた。


「孤児院の野菜もそこまで悪くなっちゃってるんだ……」

「孤児院の野菜も?」

「うん。街の野菜も小ぶりが多くて、麦の収穫量も年々減ってるんだって」

「前は70ジオで食べれたご飯が、今は100ジオもする」

「値上がりしちゃってるんですね」

「70ジオの前は50ジオ、そのさらに前は30ジオだったらしいから、相当悪くなってるみたい」


 ご飯代に直結する出来事とあってか、眠そうにしていたエマも会話に参加してきた。

 最近シェリダンに来たばかりのセリナは知らない事だが、農産物の品質低下と収穫量減少は昨日今日の話ではないらしい。


 シェリダンの街が出来たばかりの頃は地上の楽園と言われるほど肥沃な大地をしており、野菜は大きく、麦は毎年豊作だったという。

 だが、それはアンナたちが産まれるはるか以前の話。

 彼女たちの時代には少しづつ収穫量が減少。

 作付面積を減らし、栄養価の高い肥料を使う政策が取られたが、それでも歯止めがかからず。


 次第に食物を他の町や国から取り寄せるようになり、比例するように物価高騰しているとの事。 

 アンナたちのような駆け出し冒険者にとって食料価格高騰は日々の生活に直結するため、無視できない事柄だ。


 街の行政も原因解明に王都の識者や学者を呼び調査、対策を行っているらしいのだが、どれも成果が上がらず。

 今をもって原因不明とされているのだという。


「そ、そんなに前からなんですね……」

「これ以上値段が上がっちゃうと、パンも食べれなくなっちゃうかもね」

「大通りのパンも、前に比べたら美味しくない……」


 悲しそうに話すアンナとエマ。

 2人はシェリダンの街で生まれ育ち、人一倍愛着を持っている。

 問題解決できるなら、自分達に出来る事があるならば何でもやる、という気持ちなのだろう。

 しかし、原因はいまだに不明。

 収穫量が減ってゆくのをただ黙って見ているしかないと言う状況に、歯がゆい思いをしている事だろう。


「何かあったら、街から何か発表されると思うし」

「私達は今を一生懸命生きるだけ」

「そう、ですね……」


 2人はそういってこの話を打ち切った。

 何も出来ない自分達を無理矢理納得させるかのように。


「それにしても、ローラント遅いわね」 

「いつもならとっくに戻ってきてる」

「何かあったんでしょうか?」


 セリナがアンナたちと合流してから結構な時間が経過している。

 依頼を受けるのには案内板に張られている依頼表をカウンターに持っていくだけなので時間はかからない。


 特に、ローラント達が受ける依頼は薬草採取など簡易なものばかり。

 他の冒険者と取り合いになることなどもなく、すぐに戻って来るはず、なのだが。


 いまだ帰ってこないローラントに何かあったのかな、と様子を見るべくと壁に預けていた体を起こすアンナとエマ。

 セリナも一緒に行こうと3人でギルドの出入り口に向かって歩き出した、その時。

 前方から大きな声が聞こえてきたのだ。


「ははっ、まだ冒険者なんぞやっていたとは、驚きだぜ」

「放せ、僕は!」

「やせっぽちのお兄ちゃんには冒険者より厩の方が似合ってるぜ」

「やめとけやめとけ。馬の方が可哀そうだァ!」


 入り口付近にはまだ大勢の冒険者たちがいる。

 大声をあげた者たちは、その冒険者たちに聞こえるように、見せしめにするかのように誰かを罵倒し、笑いものにしていた。


 周囲の冒険者たちは騒動に巻き込まれないよう離れる者、見世物を見るように視線を向ける者、嫌悪感を露わにする者など反応は様々。

 だが、アンナとエマは声を聞くや否や顔色を真っ青にし、一目散に駆け出した。

 何故なら……。


「ローラント!」

「お前たち、ローラントを放せ」


 乱暴に腕をつかまれ、さらし者にされていたのが他ならぬローラントだったのだ。

 彼を助けるべく、アンナとエマは人だかりをかき分け、騒動になっている冒険者ギルドの入口へと割って入る。


「おぉっ、アンナとエマじゃねぇか!」

「キャハハハハ! あんたらまだこんなヤサ男と一緒だったのか!」

「お前らには関係ない」

「いい加減こんなやつとは縁を切って、オレ達のパーティに入れよ」

「魔法も偵察も手取り足取り教えてやるぜ?」

「死んでも嫌よ!」


 ローラントが絡まれていたのは、彼より大柄な冒険者3人と魔術士風1人の計4人。

 全員が男性であり横暴な態度を現すかのように肌の露出が多い、だらしのない恰好をしていた。


 ローラントに対する乱暴を止めるようとアンナとエマが前に出ると、下衆い視線を2人に向ける4人。

 考えている事が丸分りの視線にアンナとエマは嫌悪感を露わにし、下心見え見えの誘いを一蹴する。


「ねぇ、アンナ。この人たちは?」 

「イーエース。この街で一番品のないパーティよ」

「孤児院出の私たちにウザ絡みしてくる、最悪集団」


 明らかに友好的ではない雰囲気だが、初対面という訳ではなさそうだ。

 セリナはそっとアンナに近付き、彼らの事を聞く。


 パーティ名はイーエース。

 素行が悪い事で有名であり、彼らのことを嫌っている者も多い。

 反面、冒険者としての腕は立ち、4人全員が青銅。

 アンナたちパットンは鉄鋼であり、等級で言えば彼らの方が2つは格上だ。


「ん? なんだそのガキは」

「はっはぁ! ローラント、お前ついに子守りの依頼まで始めたのかよ!」

「ガキはとっとと帰ってママのおっぱいでも吸ってろやァ! ぎゃははははは!」

「くそっ、放せ、エフィム!」

「エフィム様、だろうが!」


 アンナの陰に隠れて見ていたセリナを見つけると、ここぞとばかりに大笑いするイーエースの4人。

 これにはアンナたちはもちろん、セリナも不快感を感じ、眉間にしわを寄せる。


 仲間達を罵倒されたことに耐えきれなくなったローラントが声を荒げながら暴れ出す。

 だが、ガタイの良いエフィムの太腕の前にはびくともしない。

 むしろ、格下のローラントに呼び捨てにされたことの方が癪に触ったらしく、怒気を孕んだ声で怒鳴りながらローラントを乱暴に投げ捨てた。


 ローラントの体格は年相応の標準体型だが、冒険者という観点で見ればまだまだ体の出来ていない子供に近い。

 対するエフィムは身長からしてローラントより頭二つ分は高く、全身が筋肉質で重量もある。

 2人の体格差は絶対的なものであり、抵抗虚しく投げ捨てられたローラントは受け身も取れず、地面に叩きつけられてしまった。


「げほっ、げほっ!」

「ローラント!」

「お前ら……!」


 打ち所悪く、地面に臥せったまませき込むローラント。

 アンナとエマはすぐに駈け寄り、エフィムたちと対峙する。


 アンナは杖を構え、エマも腰に掛けている短剣を持ち、今にも抜剣しそうな勢いだ。


「なんだぁ、俺達とやろうってのかぁ?」

「……くっ」

「…………」

「ヒャハハ! やめとけやめとけェ!」

「孤児院上がりのガキが俺達に勝てるわけねーだろうが」


 駆け出しの鉄鋼と熟練の青銅。

 力の差は歴然であり、純粋な戦闘職でない2人ではエフィム1人にも太刀打ちできないだろう。

 イーエースの4人もそれを分かっており、ここぞとばかりに揶揄い、小馬鹿にしてくる。


 果敢に立ち向かったにもかかわらず、歯牙にもかけない態度に怒りを露わにするアンナとエマ。

 いっそ、玉砕覚悟で仕掛けてやろうかと覚悟を決め掛けた時、ローラントがゆっくりと起き上がった。


「2人、とも……やめるんだ」

「ローラント!」

「……大丈夫?」


 まだうまく呼吸できていないのだろう、息は粗く声も絶え絶え。

 それでも、今にも飛び出しそうな2人を宥め、止める。


「おうおうおう、女に庇ってもらって情けない奴だな」

「男を見せてみたらどうなんだローラントォ!」

「掛かって来いよ。腰に下げた剣は飾りか?」


 苦しそうなローラントを見て、なおも煽ってくるイーエース。

 だが、ローラントは彼らに応じることなく、アンナとエマに話しかける。


「……行こう」

「でも……」

「…………っ」


 アンナに支えられながら、何とか立ち上がるローラント。

 そのままイーエースの4人へ視線を向けることなく、反論することもなく。

 背後から聞くに堪えない罵声を浴びながら、この場を後にするのであった。

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