第65話 孤児院での日々


 セリナがシェリダンの街に着いてから2週間ほど。

 孤児院の子、そして駆け出し冒険者パーティパットンの一人として、セリナは楽しく過ごしていた。


「シグ、食器並べて。ウィル、エイオルをお願い。ジーナ、ティグはどこ?」


 今は日がようやく登り始めた朝方。

 孤児院では最も忙しい時間であり、朝のお祈りであったり身支度であったり、食事の用意であったり。

 皆が、特にシスターたちがせわしく動き回り、気が付けばセリナは子供たちの世話をするようになっていた。


 元はと言えばセリナも孤児院出身。

 国と宗教は違えど、子供たちの生活様式は変わらない。

 ジェイオード王国の孤児院に居た時には小さな子供たちの面倒を見ていたセリナ。

 気が付けば自然と体が動き、孤児院のあれこれを手伝うようになっていた。


 言葉は通じない部分が多いが、2週間もバルト語に囲まれていれば簡単な単語は覚えられる。

 むしろバルト語もおぼつかない子もおり、身振り手振りでも全く問題がなかった。


「ティグ※※※※※※、外」

「あ、野菜と卵か」


 ティグというのは最年長のリーダー格、ティオグリフの略名。

 ジーナはこの孤児院で暮らしている12歳の女の子だ。

 シグル語はほとんどできないが、簡単な単語はいくつか覚えており、コミュニケーションにはそこまで不自由していない。

 ちなみに、スードナムはこの2週間でバルト語をほぼ修得したが、『これも勉強じゃ』と通訳はしてくれない。


 姿が見えないティグの場所をジーナに聞いたところ、返ってきたのは「外」という言葉。

 それだけでセリナは彼が孤児院横の家庭菜園と鶏舎にいると察した。


 孤児院は寄付と母体となっているサトリウス教の出資で運営されている。

 だが、教会からの出資は最低限。

 孤児院暮らし目当ての安易な捨て子の防止、孤児院を出た後の子供たちの自立支援というのが主な理由。


 食べ物や着るものがないという事はないが、古着の使いまわしは当たり前、パンは固くスープは薄味。

 そこで少しでも食費を浮かし、生活を良くしようと敷地内に菜園を設け、残飯処理に鶏を数羽飼っているのだ。


 ジーナが言う「ティグ、外」というのは菜園で朝食に使う野菜と卵の収穫の事だろう。


 世話をしていた小さい子を他の子に任せ、菜園へと移動。

 そこにはかごを持ち、野菜と産みたての卵を収穫するティグの姿があった。


「ティグ、収穫できた?」

「セリナ。取れたよ。でも、よくない」

「よくない?」


 片言のシグル語で話すティグ。

 表情は暗く、悲しそうな表情で手に持ったかごの中を見つめている。


 どういう事なのかと気になり、セリナものぞき込むようにかごの中を見る。

 そこにあったのは小ぶりだったり、形が歪だったり、葉がヨレてしまっている野菜たちだった。


「ほんとだ……肥料不足かな?」

「ヒ、リョウ?」

「あ、えっとね」


 野菜はセリナがインクに入る前暮らしていた孤児院でも育てていた。

 その時、肥料不足が理由で野菜が上手く育たなかったことがある。

 それかもしれないと聞いてみたが、肥料という言葉が通じない。

 身振り手振りとスードナムに教えてもらった単語を用い、何とかティグに伝える。

 すると……。


「え、入ってる?」

「うん。農家の人、教えてもらった」


 どうやらこの孤児院によくしてくれる農家の人がいるらしく、時折様子を見たり肥料をくれたりしているらしい。

 数日前、セリナが居ない時間帯にも来てくれており、基本的には問題ないそうだ。


「街の野菜も、よくない」

「そうなの?」

「うん。まえより、小さい。値段高い」


 シグル語の練習も兼ね、言葉を選びながらそう教えてくれるティグ。

 話によると孤児院だけでなく、野菜や麦など、シェリダンの街の畑で取れるもの全般が以前より小ぶりで形も悪くなっている上に、収穫量も落ちてきているという。

 牧草も育ちが悪く、ヤギ乳や牛乳も出が悪くなったうえに味が落ち、こちらも値段が上がり始めているそうだ。


「街全体なんだ。理由は?」

「分からない。シェリダンは地母神さま、住む。豊かな土地」


 セリナの問いに、ティグは困り顔のまま首を横に振る。

 もともとシェルバリット連合王国はサトリウス教が定める地母神スファルを主神とし、崇拝している。

 そのため、土地魔法や土壌に知見が広く、農業や畜産などは他国より頭一つ抜きんでているのだ。


 インクでも祝賀行事などの料理には、シェルバリット特産の食材が料理に使われていた。

 セリナも初めて食べた時、あまりの美味しさに頬を落としそうなほど驚いたため、よく覚えている。


 そんな国において収穫量が減っている。

 気になる所ではあるが、知識のないセリナではどうしようもないというのもまた事実。


「とりあえず、みんなの所に戻ろう?」

「うん。皆と相談、してみる!」


 今回は気にとどめておく程度にし、野菜と卵をまつシスターたちのもとへ急ぐ。

 料理担当の子とシスターに食材を渡し、セリナとティグは小さい子供たちの世話へ。


 寝起きの悪い子を起こし、顔を洗わせ、服も着替えさせ、皆で食卓へ。

 シスターに合わせ地母神スファルに祈りを捧げ、朝食。

 その後、孤児院の掃除を行い、幼い子はシスターのもとで勉強。

 

 12歳以上の子は教会の手伝いや日雇いで働きに出る。

 これは孤児院を出た後を見据えての事。


 教会へ行くのは信仰深い子であり、シスター志望の子。

 働きに出る子は成人後教会以外での就職を希望する子だ。

 勤め先はサトリウス教と縁ある人が営む職場であり、孤児院を出た後の職業訓練とコネ作りを兼ねている。


 ティグは教会外での就職希望らしく、掃除を終わらせると身支度を行い、勤め先へ向かう為孤児院を出る。

 他の子達も同様、修道服を着たり作業服を着て孤児院を出発。


 セリナも冒険者用の服に着替え、シスターと女神像に一礼してからローラントたちとの待ち合わせ場所である冒険者ギルドへと向かう。

 冒険者は命の危険が他業種よりも高い為、孤児院の勤め先には設定されていない。


 が、セリナが冒険者以外はしないと断言している事、同行するのが孤児院出身のローラント達のパーティという事で、特例として許されていた。



 この2週間でシェリダンの街並みもだいたい把握。

 治安の悪い区画や、城壁の内側、貴族、高級住宅街までは行った事はないが、大通りや治安の良い区画はほぼ制覇している。

 すっかり日が昇り心地よい日差しに包まれながら、朝の一番交通量が多い大通りを抜け、冒険者ギルドへと向かう。


 交通の要所であるシェリダンの冒険者ギルドは、今日も大賑わい。

 討伐、採取、護衛、はては清掃、土建など日雇いのような仕事まで。

 出世と栄光を求める者から、酒と食い物を買う金が目当ての者など、その目的は様々だ。


 近付くほどに活気に満ち溢れる冒険者ギルドの建物。

 入り口の横に見知った女性2人を見つけ、駈け寄り声をかける。


「おはようございます」

「おはよう、セリナ」

「おっはー」


 冒険者ギルドの建物に寄りかかるようにして立っていたのは、ローラント率いるパーティパットンのメンバー。

 ローブと杖を持った土魔法士のアンナ、軽装の斥候エマの2人である。


 依頼受諾はパーティの代表者だけで問題なく登録可能。

 2人は中の混雑を避け、こうして外で待っているのだ。


 アンナは朝に強いらしく、しっかり目を覚まし元気一杯。

 逆にエマは弱く、あくびをしながら舟をこいでいる。


 そんなエマをセリナとアンナで起こしながら、ローラントが戻ってくるのを待つのであった。

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