第64話 オリファス教会Ⅲ
処分を言い渡されたトーマス司教とニコラ司祭が退出。
聴取を終えた為、マザークレアとハンス、ファリスとラシールもレイオット大司教の執務室から出ていった。
残ったのは椅子から立ち上がり、窓からすっかり暗くなった外を眺めるレイオット大司教と、マルク司教。
「……さて、本音は? マルク」
「本音とは?」
「誤魔化すな。ここには私と君しかいない」
外を見たまま、話しかけるレイオット大司教。
マルク司教はその質問にとぼけた表情をするが、すぐに姿勢を正し、真剣な顔つきになる。
「……はめられました。紋章の石板は偽物でしょう」
「トーマスめ。神聖なる受章の儀を汚すとは」
「焦っていたのでしょう。あの事件以後、セリナの周りは固めておりましたので」
「それで、どうなのだ?」
「それで、とは?」
一言一言話すたびに、表情が険しくなってゆくレイオット大司教。
風格ある皺のよった顔に一層深い皺を作り、窓ガラスに写るマルク司教を睨みつける。
「セリナが魔王の生まれ変わりか否か、だ」
「…………」
レイオット大司教の核心を突く問いに、マルク司教も思わず黙り込む。
しばし沈黙が流れた後、やや重苦しくも口を開く。
「あの子は御子ですよ。聖典にあるではありませんか「魔王は神聖魔法を使えない」と」
「神聖魔法の才のある子に転生したという可能性は?」
またしても流れる沈黙。
今回の一件でセリナはすべてにおいて「魔王」ではなく「天使」として振る舞った。
その姿は見ていた騎士たちからしても神々しく、まさにあれこそが神だ、と言わしめるほど。
だが、その場にいなかったマルク司教やレイオット大司教においては、こうも考えてしまう。
「あまりにも出来すぎている」と。
話を聞けば聞くほど、演劇や舞台の話なのではないかと感じてしまうのだ。
「否定はできません。が、それでもやはり魔王の可能性はないでしょう」
「……根拠は?」
「セリナが本当に魔王の生まれ変わりであるならば、私達は既に生きておりません」
「…………」
マルク司教の答えに、今度はレイオット大司教が黙り込む。
セリナが入校時に記録した神聖力130000は、名のある神聖魔導士と同等の数値。
この時点で、マルク司教やレイオット大司教はおろか、インクにいる全ての教職員の数値を超えている。
もしセリナがトーマス司教の言うように、絶望と死を振り撒く魔王ストライトフの生まれ変わりであるならば。
ガローラの街はとっくの昔に滅ぼされているだろう。
「トーマス司教の言うように、我々の目を欺く算段では?」
「欺いてどうするのです? 聖典では我ら人を虫けらのように扱い、暴虐の限りを尽くしたという魔王が」
「で、あるな……」
マルク司教のやや脱力しながら話す内容に、ため息のように息を吐くレイオット大司教。
推測はいくらでも建てられるが、どの説にも確証がない。
御子なのか魔王なのか、はたまた現人神なのか。
いくら考えても答えは出ず、迷走するばかり。
「やはり直接話を聞くしか無いな」
「では?」
「セリナを探し、インクに呼び戻すほかあるまい。市民の声もある」
「では、私の方で……」
「いや、私が手配しよう。君は子供たちをしっかり導きたまえ」
「了解いたしました」
レイオット大司教は意を決したように振り返り、椅子に腰かける。
ガローラの市民とオリファス教徒の間では、教会が天使を責め立て追い出したのではないかという論調が広がっている。
教会としては当然これを無視する事など出来ない。
信徒を鎮めるためにも、セリナが何者なのか見定めるためにも。
インクの、オリファス教会の方針として、彼女を探し出すという結論に至ったのであった。
―――――――――――――――――――――――
インク学長であるレイオット大司教から、世代担当解任と謹慎を言い渡されたトーマス司教。
だが、彼はそんなことは意にも介さない様子で、一人インクの廊下を歩いていた。
光を放つ魔道具は設置されているが、光量は十分とは言い難く、薄暗い。
誰もおらず、ひっそりと静まり返った不気味な空間。
そこに、トーマス司教が歩く靴音だけが響き渡る。
「まさかレイオット大司教までもがあのような建前を信用なさるとはな」
彼の中にあったのは、セリナを疑ったことに対する後悔や計画が失敗した悔しさなどではなく。
マルク司教の聖典を建前にした屁理屈と、天使の偽装に騙されたレイオット大司教への憤りだった。
「おぞましい知力を持つとされた魔王だ。こちらを欺くことなど造作もない」
聖典には魔王ストライトフはずば抜けた知力を持ち、人の軍勢を幾度となく欺き、大損害を与えたと記されている。
そんな魔王ならば、神聖魔法の才のある子に転生したり、正体を隠し人の生活深くに潜り込むことなど容易だろう。
そうして人々から信用を得て、重用されるだけの信頼と立場に着いた時。
世界に再び絶望を振り撒き、死へと叩き落すのだ。
今度は人類が組織だった妨害を出来ぬよう、中から。
「それだけは何としても阻止せねばならん。どれだけこの身に汚名を浴びようとも」
手を握りしめ、真剣な表情で歯を食いしばるトーマス司教。
その目に宿るのは決意。
魔王を復活させてはならない、手遅れになる前に何としても、と強い討伐の火を燃やす。
「トーマス司教様」
「……姿は見せるな。誰が見ているか分からん」
「御意」
不意に声をかけられたトーマス司教。
だが、廊下には誰もおらず、人の気配もない。
トーマス司教は歩みを止めることなく、姿なき声の主に向け返す。
「私は謹慎処分となった。しばらくは指示が出せん」
「レイオット大司教様とマルク司教様は?」
「話にならん。2人ともあの演出を信じ切っている」
「なんと……」
「我々だけでやるしかない」
「では?」
姿なき相手に怒気を孕んだ声で、静かに話すトーマス司教。
事を起こした反省の色など全くない。
「セリナを追え。マルク達も探すだろうが、それより早く見つけ出すのだ」
「……見つけた後は?」
「処分しろ。天使を偽るなど、万死に値する」
「了解いたしました、トーマス司教様」
「事の顛末をあの方にも伝えてくれ。頼んだぞ」
「我ら、異端を狩る天使の四腕なり……」
その言葉を最後に姿なき人物は移動したらしく、再度言葉が放たれることはなかった。
再び静まり返り、トーマス司教が歩く靴音だけが廊下に響く。
「平和ボケしたマルクには分からんのだ。大事が起こる前に、刈り取らねばならん」
もはやトーマス司教は、セリナを手にかける事に何のためらいも持っていない。
尋常ならざる神聖力、子供とは思えない言動、授章前にもかかわらずニコラ司祭を手玉に取る魔法練度。
そして、天使の姿となり人を欺こうとする小賢しさ。
魔王の生まれ変わりと疑うなという方が無理な話。
世界を魔王から救う、という正義感とオリファス教会司教という使命感から、セリナ討伐を命じる。
異端者、悪魔討伐を専門とするオリファス教会の暗部、ギフディ・オプスに。
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