第63話 オリファス教会Ⅱ
ニコラ司祭は自らの犯した罪を自覚し、完全に押し潰されていた。
彼女が放った【ジャッジメントエッジ】に耐える。
これの意味するところは、当然インクの学長を務めるレイオット大司教も理解している。
完全に意気消沈しているニコラ司祭から、隣にいる守衛騎士へと視線を向け、問う。
「君はあの場に居たという話だったな」
「は! 西方守衛騎士団所属、ハンス・オリバーであります」
レイオット大司教に、騎士団の敬礼で返すハンス。
あの一件の事で話が聞きたいとインクに呼び出され、案内されたのがなんとレイオット大司教の執務室。
居合わせているのもマルク司教やニコラ司祭といった大御所であり、場違い感から緊張を隠せないハンス。
だが、そこはガローラの街を守る守衛騎士。
彼もインクの卒業生であり、覚悟を決めて質疑に応じ、答える。
「報告書には騎士数名が、抜剣。少女に襲い掛かったとあるが」
「そ、それは……申し訳ございません。数名が彼女の力に恐怖し、制止も聞かず……」
「よい。だが双方共に被害無しとは?」
「襲い掛かった時点で輝蝶が出現いたしました。それに驚愕し、足を止めております」
「つまり、少女は攻撃魔法の類は使わなかったと」
「はい」
ニコラ司祭の【ジャッジメントエッジ】を防ぐほど強力なセリナの神聖力と練度。
インクでは初歩的な攻撃魔法も学んでいるのだ。
もし彼女が本気であれば。
辺り一面血の海になっていたであろう事は容易に想像できた。
報告書によればセリナが放った攻撃はたった一発。
初歩魔法、かつ非殺傷である【ライトボール】のみ。
攻撃を続けたニコラ司祭へ放っただけであり、騎士たちへは攻撃していない。
大勢の騎士に追い詰められてなお、彼女には不殺を貫けるほどの余裕と練度があったのだ。
ハンスから話を聞き、腕を組んで考え込むレイオット大司教。
ふむ、と一息つくと、今度はマルク司教の横に居るファリスとラシールへ視線を向けた。
「……そこのシスターは彼女と一緒にいたと聞く。普段のセリナとはどういう少女だったか?」
「平民出の特級生でありながら、己惚れたりひねくれたりはせず、同級生と励まし合う模範的生徒でありました」
「特待生や、時には一等生の子達とも仲良くしており、非常に優しい子でした。それが、魔王などと……」
口調こそ穏やかだが、2人の表情にはセリナを守れなかった悔しさと、こんなことを企てた者への激しい怒りが垣間見えていた。
ファリスとラシールはセリナが離れた直後、守衛騎士により身柄を確保されていた。
トーマス司教の計画では魔王逃亡ほう助として拘束、マルク司教を失墜させる手札にする算段を建てていた。
だが、セリナが天使、現人神としての姿を現し、逃亡したことで状況が一変。
彼女たちはセリナを魔王の生まれ変わりとし、狙った者たちから命を張って守った信徒となったのだ。
現場にいたハンスら守衛騎士に確保されたが、実質的には保護。
逃げ出した経緯などを聴取するとともに、セリナを追い詰めたトーマス司教派の引き渡し要請を拒否、マルク司教の帰還を待つ事となった。
周囲からはよく守り通したと称賛されたが、当の本人たちにセリナを守ったという自覚はなく。
むしろ逃げざるを得ない状況にしてしまったと自らを責め、後悔するばかりだった。
この事は報告書にも記載され、2人から話を聞いているレイオット大司教も知るところ。
ファリス、ラシール両名の無念さを悟りつつも、当時の状況を聞き。
最後にセリナが暮らしていた寄宿舎の寮長、マザークレアに視線を向けた。
「マザークレア。2年前、地すべりに巻き込まれた彼女を助けに行ったのもあなたでしたね。寄宿舎ではどう過ごしていた?」
「はい、大司教様。セリナはあの地すべりから助け出された時一度だけ「声が聞こえる」と言いました。その後口にする事はありませんでしたが……」
「それで?」
「時折、誰かと話しているようなしぐさを見せる事があります。隣には誰もいないはずですのに……」
「ふむ……」
セリナが地すべりから救出された直後、誰かの声が聞こえると言った事はあの時一緒にいた騎士ハンス、マザークレア、ファリス以外ではマルク司教らインク上層部数名しか知らない事。
レイオット大司教も報告は受けていたが、その後セリナが「声が聞こえる」と言わなかった事もあり、気に置く程度。
マルク司教やファリス、ラシールと言ったセリナに近い者は時折、隠れながらも誰かと話すようなしぐさをしている事を知っていた。
それはセリナがインクに入校してから2年間変わらない。
「あと、大司教様、ひとつ、気になる事が……」
「なんだね?」
「彼女の、セリナの使っていた部屋なのですが、綺麗すぎるのです……」
「ほう……?」
マザークレアの言葉に、顔を上げ明らかに興味深そうな反応を示すレイオット大司教。
ここまで話してきたことは報告書に記載があり、ある意味確認だったのだが、マザークレアのこれは報告書にはない事だ。
「もともと私物の多い子ではありません。ですが、彼女の部屋は、まるで卒業生のように綺麗に整えられておりました」
「卒業生のように……つまり、インクを離れると?」
「あ、あくまで私の推測にすぎません。普段身に着けていた修道服や教材などは残っておりましたので」
こういう事を話していいのか、悩みながらも語るマザークレア。
レイオット大司教はそんな彼女に、視線で続けるよう促し、続く言葉を待つ。
「ですが、衣服は畳まれ、教材もひとまとめにされていました。まるでもう二度とここへは帰ってこないかのように」
「受章の儀であのような事が起こると、声に教えてもらっていた、と?」
「そこまでは……私には分かりません。ですが、あまりのも、その……」
「よい、分かった」
確信はない、と。
マザークレアは申し訳なさそうに態度でそう現していた。
ここまでの事を考慮しても、あまりに状況が整い過ぎているとレイオット大司教も感じるところではある。
が、最大の問題は追い詰められたセリナが天使の姿を現し天へ飛び去ったという事実。
これを大勢の一般市民が目撃した事で「オリファス教会が天使を攻撃し、追い出した」という噂が急拡大しているのだ。
目撃者が多く、緘口令など不可能。
多くの市民からこの件に関する問い合わせがあり、有力貴族からは状況説明も求められている。
オリファス教会の威厳を保つためにも、半端な対応はできない。
「……さて、トーマス司教。魔王の生まれ変わりと判断するにはかなり苦しいと思うが、どうだ?」
「私に出来るのは、可能性を訴える事だけです」
「過ちは認めないと?」
「神に誓い、私は間違ってなどおりません」
すがすがしいまでの開き直り。
間違いを犯したという後悔や罪の意識は全くない。
全ては魔王が天使に成りすまし、我々の目を欺こうとしている。
トーマス司教の態度はそう示すものだ。
沈黙に包まれるレイオット大司教の出務室。
しばしの間をおいて、大司教が目を閉じ「ふぅ」と息を吐いき、視線を再度正面のトーマス司教へと向ける。
「司教トーマス・ジブラルタル。世代担当を解任。謹慎処分とする」
「……分かりました」
「司祭ニコラ・リンカスター。神聖魔法指導教員を解任。謹慎処分とする」
「……はい」
「その後の処遇は追って伝える。下がって良い」
「失礼いたします」
「……失礼いたします」
レイオット大司教に処分を下されてもなお、顔色一つ変えないトーマス司教。
対するニコラ司祭は顔色悪く、変わらず俯き加減。
数日前までセリナを魔王の生まれ変わりと信じていた者同士であったにもかかわらず。
正反対の反応を示しながら、執務室を後にしたのであった。
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