第75話 決闘Ⅱ


 エフィムとの戦闘を開始してすぐの事、ローラントは違和感を感じていた。

 以前はエフィムの悪人顔に体格、恫喝紛いの口調と暴力から来る強い恐怖感があった。

 戦闘ともなれば殺気も向けられるとあって、まともに動けるかどうか不安も抱いていたのだ


 恐怖心を表に出さないようにしながら、いざ戦ってみると……何も感じないのである。

 エフィムは自分より大きな体格を持ち、獲物を狩る猛獣のような眼でこちらを睨みつけ。

 斬りつけられれば、真っ二つにされてしまいそうな大剣を軽々と振り回している。


 にもかかわらず、存在感から来る圧も、大剣の太刀筋も、一挙一動にいたるまで。

 そのすべてが、セリナよりはるかに小物なのである。


 セリナは外見こそ12歳の少女だが、内に秘めている物はローラントでは推し量れないほどに強大。

 訓練であるにもかかわらず、対峙すれば足がすくみ上がり呼吸は荒く、思考は定まらない。

 動きは極めて早く、目でとらえられない事など日常茶飯事。

 それでいて彼女のか細い腕から繰り出される木剣の一撃は、それまで受けてきたどんな一撃よりも重かった。

 

 それに比べ、エフィムのなんと隙だらけな事か。

 体格と言動から来る威圧など、セリナに比べれば小動物か赤子の如く。

 教えられ、プレッシャーの中で鍛え上げた魔力循環の前ではエフィムの動きは極めて鈍重。

 大剣の一撃は脅威だが、振りかぶりが大きいにもかかわらず太刀筋が鈍く、攻撃パターンも単純。

 フェイントも仕掛けてきているようだが、練度が低くバレバレ。


 こんな奴に僕は臆していたのか、と情けなくなってくる。

 が、すぐにセリナの特訓があってこそだ、と気を引き締めなおし、目の前のエフィムに集中。


 攻撃が当たらない事にしびれを切らし、大剣をさらに大振りで振り回すエフィム。

 次第に体力を消耗。

 剣筋や動きが遅くなってきていた。


 これを好機と見て、間合いを開けるローラント。

 頭にすっかり血が上ったエフィムも追撃するべく距離を詰める。


 このタイミングを狙い、セリナ直伝の【クレイモア】を放ったのである。

 剣先に魔力を溜め、地面をすくい上げる様に斬りつけたローラント。

 巻き上げられた土が視界を奪い、大小の石がエフィムへ襲い掛かった。


「な、なんだこれは!?」


 離れたローラントを追う為、前に駆け出し疲労も溜まっていたエフィムは回避が間に合わない。

 不意の一撃に加え土石の速度が早く、とっさに腕で目を保護するようにガードするのが精一杯。


「ちっ、こけおどしか!」


 エフィムは被弾を覚悟し身構えたが、予想に反し土を浴び、体のあちこちに石が当たる程度で大きなダメージはなし。

 目くらましの攻撃しかできない鉄鋼の冒険者など敵ではない、と目を守っていた腕を下げ。

 前に居るであろうローラントを睨みつけた……のだが。


「この俺様に土をかぶせた事、後悔させてやるぜローラント! な、どこいった!?」

「リーダー、後ろだ!」

「あぶねぇっ!」

「はあぁぁぁッ!」

「なにっ! ぐがあぁぁぁッ!?」


 先程までの位置に、ローラントは居なかった。

 エフィムが【クレイモア】をガードしている間に魔力を足に集中させる事で速度を上昇。

 一気に間合いを詰め背後に回り、がら空きの背中を切りつけたのだ。


「やったーーー!」

「おぉ、見事」

「嘘だろ、あのローラントが!?」

「や、やったのか!?」


 数打ちのなまくらとは言え、真剣。

 ローラント全力の一撃を背中に受けたエフィム。

 切り口から血が舞い、グラリとバランスを崩す。


 アンナが両手を上げて喜び、観戦者からも歓声が上がる。

 手ごたえ十分と、ローラントもエフィムが倒れるのを見ていたのだが……。


「まだ終わってない!」

「えっ?」

「……ンの、クソガキがあぁ!」

「ぐはっ!」


 セリナが警告を飛ばすと同時に、倒れかけていたエフィムが踏ん張り、後方へ腕を回して攻撃してきたのだ。

 この一撃が勝負が決まったと気を抜いていたローラントに命中。

 ろくな防御も出来ず、大きく吹き飛ばされた。


「この俺様を舐めるなよ。てめぇごときの一撃でやられるワケねぇだろうがよ。クソッ、岩みてぇに硬い奴だ」


 振り返り、倒れ込んだローラントを見下ろすエフィム。

 その顔は完全にキレており、青筋を立て鬼のような形相で睨みつけていた。


「俺様の一撃は効くだろ? だが安心しろこれからもっとキツい奴を食らわせてやるからな」

「…………」

「……てめぇ、なんだそのツラは」


 エフィムの威圧的な言葉を聞きながら立ち上がるローラント。

 顔に一撃を受けた為、頬が腫れ口の端からは血も垂れてる。

 しかし、その表情は勝負をまったく諦めていなかった。

 口元の血を拭い、剣を構えエフィムと対峙する。


 今まで臆していた相手が堂々と立ち向かってくる様子が気に食わないと、エフィムも殺意をさらに増し、大剣を構え振りかぶる。

 そのまま一撃を見舞おうとしたところ、先に動いたのはローラントだった。


「なっ!? てめぇ!」

「やっ! はっ! てやぁっ!」


 ローラントはそれまでの防戦一方だった戦術から一転、攻勢に出る。

 彼は気付いていたのだ。

 エフィムは序盤から体力を使い続けた事と背中に受けた一撃で、すでに限界である事。

 そして、自分がすでにエフィムよりも強くなっている事を。


 魔力循環と紋章の力を使い、エフィムが反応するよりも早く懐に踏み込み【剣士】の利点である速度を生かした連撃を入れるローラント。

 エフィムも大剣で応戦するが、ローラントの方が速く対処が追い付かない。

 剣がぶつかり合うたびに火花が散り、修練場に両者の剣戟の音が響き渡る。


「ど、どうなってるんだ?」

「あれが本当にローラント……鉄鋼の冒険者なのか?」

「エフィムが、あのエフィムが押されている?」

「いけー! ローラントぉーーーッ!」

「やっちゃえー」


 鉄鋼のローラントが青銅の冒険者を追い詰める。

 そのありえない光景に、ギャラリーたちは口を開け茫然とするばかり。


「があぁぁ! なめるなあぁぁッ!」

「くッ!?」


 一方的に攻め込まれることにいら立ちを覚えたエフィムが、大剣での大振りの一撃を繰り出す。

 さすがにこれは受けられないと、ローラントは後向へ飛んで躱す。

 そのままさらに距離を取り、剣を振りかぶった。


「【クレイモア】!」

「はっ、その技は見切ってンだよ!」


 魔力を剣先に込め、地面を斬りつけるローラント。

 剣先の魔力が巻き上げた土と石が、エフィムに襲い掛かる。


 先程使われたばかりの技だけに、エフィムの対処は的確だった。

 疲労とダメージで回避することはできないが、大剣をかざして防御とし、視界を確保。


「死ね、ローラント!」

「はああぁぁぁッ!」


 急接近するローラントを捉え、カウンター気味に攻撃を合わせるエフィム。

 その動きを見切っていたローラントも、大剣の一撃を紙一重で躱す。


 刃に触れた髪の毛数本が宙を舞う中、【クレイモア】の要領で魔力を込めた剣でエフィムの膝に狙いを定め。

 渾身の力で振り抜いた。


「ぎゃああぁぁぁぁぁ!」

 

 『グシャッ』と、何かがへし折れるような音が響き、エフィムが断末魔のような叫び声をあげる。

 攻撃を受けた足は曲がってはいけない方向へと捩じれ、体を支えられなくなり倒れ込んだ。


「はあっ、はあっ……」

「ぐおぉぉ……てめェ、俺の足を……よくも!」


 全力を出し尽くし、肩で息をするローラント。

 膝を砕かれたエフィムは大剣を杖代わりに立ち上がろうとするも、激痛からか上手くいかず、ローラントを睨みつける。


「先生、どうですか?」

「……うむ。勝者、ローラント!」

「なっ……!」


 うめき声と罵声を浴びせるばかりで、動けないでいるエフィム。

 その様子にローラントが立会人である元冒険者へ視線を向け、裁定を求める。


 エフィム自身はまだやる気ではあるが、膝を砕かれては戦闘継続など不可能。

 あとはとどめを刺すだけである事から、ローラントの勝利を高々と宣言。

 修練場が大歓声に包まれた。


「すげぇ! ローラントがやりやがった!」

「見たか今の! とんでもない動きだったぞ!」

「鉄鋼が青銅を倒しやがった!」

「ローラント、やったね!」

「お見事」


 誰も彼もが手のひらを返したかのようにローラントを称え、感嘆の声を上げる。

 アンナとエマも思わず飛び出し、ローラントへ駈け寄ってゆく。

 それはセリナも同様だ。


「ローラント、おめでとう」

「あぁ、セリナのおかげだ。本当にありがとう」

「えへへ、ローラントが頑張ったからだよ」


 ローラントの目には、やり切った事と勝った事で感極まり大粒の涙が浮かんでいた。

 アンナとエマも、これまでのローラントの努力を思い出し、もらい泣き。

 セリナはそんな3人を暖かく、笑顔で見守っていた。



「ちくしょう……俺はまだ戦えるぞ!」

「膝を砕かれて何言ってるんだ」

「てめぇ、勝手に勝敗を決めてんじゃねぇぞ! 俺があんなザコに負けるわけねぇだろうが!」


 激痛に耐えながら、それでも負けを認めようとしないエフィム。

 近寄ってきた立会人の元冒険者にも噛みつき、悪態をつく。


「はっ、ならば続けるか? 首を落とされるか、心臓をひと突きか。どっちがいい?」

「ぐっ……」


 エフィムが戦闘不能である事は誰の目からしても明らかだ。

 すでに決着はついており、これでも続けるとなると後はもう命を絶つしかない。


 そこまで言われてはエフィムも返す言葉がなく。

 項垂れ、力なく手放した大剣が、音を立てて倒れたのであった。

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