第55話 イノの決意


 パベルが立てた、セリナは授章の儀で何が起きるのか分かっていた、という仮説。 

 状況だけでの推測だが、そう考えると腑に落ちるところが多いのもまた確か。


「でも、なんで授章の儀でああなるって分かったんだ?」

「それは僕にもわからない。でも、セリナを快く思っていない連中がいるのは確かだ」

「……郊外授業の、ミノタウロス」


 イノの言葉に、パベルは頷き、フルジオは表情を曇らせる。


「何度も考えた。あれはやっぱりオリファス教会の仕業だよ」

「そんな事……あり得るのかよ」

「ひどすぎますわ……」


 セリナが罠にはめられ、イノたちも巻き込まれ死にかけたあの事件。

 イノとルフジオは緘口令もあり、人と話したり考えたりすることもなかったが、パベルはどうしても気になり自分なりに推測。


 結界を張り逃げられないようにし、近隣にはいない凶悪モンスターをけしかける。

 このような手の込んだ仕掛けは、セリナを誘い出した同級生、キガソク一人で出来る芸当ではない。

 

 ならば誰かが背後に居るのは間違いない。

 では、それは誰かという事になるが、これも答えが初めから決まっている。

 インクの管理する森、しかも見回りをした後、インクの生徒を使って呼び出したのだ。

 オリファス教会関係者以外にいるわけがない。


 つまり、インク、もしくはオリファス教会にセリナを快く思わない一派がいる。

 郊外授業の一件以降、目だった騒動も起こらず、セリナの周囲はファリス、ラシールと言ったマルク司教に近い物が固めていた。

 これならば大丈夫だろうとパベルも考えていたのだが、セリナは違ったのだろう。


「セリナは前もって授章の儀でハメられると分かってた。だから、ここから逃げ出しても良いように準備してた」

「セリナは孤児だ。頼れる人もないだろ……」

「そんな……なんでわたくしを、わたくしたちを頼ってくれなかったんですの、セリナ?」


 力なく語るパベル。

 ヒントはいくらでも転がっていた。

 ひとつひとつは些細な点だが、すべてを紡げば線となり、経緯を推測するのは容易だった。


 が、事が起こってからではなにもかもが遅い。

 セリナは罠にはまり、インクを逃げ出してしまった。

 もう庇う事も守る事も、力になる事も出来ない。


 そう感じるのはルフジオ、イノも同じ。

 出来る事があったのに、助ける事も出来たのにと、無力感につつまれる。


「神聖な授章の儀に罠を張るなんてこと、誰が……いや、そうか、あいつだ……」

「ルフジオ?」

「トーマス司教だ。あいつ、石板が崩れた後の動きがおかしかった」

「どういう事?」


 それは授章の儀を最前列で見ていたからこそ気付いた事。

 失意に沈んでいたルフジオの目に光が宿り、怒りに染まってゆく。


「イノ、もし授章の儀で触れた石板が崩れたらどうする?」

「そ、そんな事考えもしませんわ! きっと動揺して、焦って、取り乱してしまいます」

「そう、そうなるはずなんだ。俺達も、教員も。なのに……」

「……一人だけ、素早く動く人がいたね」

「あっ……」


 ルフジオの問いで何かに気付いたイノに対し、慌てたり驚いたりする様子もなく落ち着いたままのパベル。

 つまり、彼も気が付いていたのだろう。


「トーマス司教は石板が崩れるとすぐにセリナの手を取って【無紋】を宣言した」

「まるで、石板が崩れるのを知っていたかのように、ね」

「な、なんという事を……」

「さらに付け加えるなら、寸前で石板をすり替えたのもトーマス司教だ」

「あの野郎!」


 生徒を導き、育てるべきインクの教員、それも世代主任を担う司教が生徒を貶める側になろうとは。

 それも、生徒の人生を決める授章の儀で。


「なんでこんな時にマルク司教様は……まさか」

「たぶんそれもトーマス司教の策略のひとつだと思う」

「他所で騒動を起こしてマルク司教様を遠ざけたと言うんですの!?」

「全部推測。でも、ここまでトーマス司教に都合のいい事が起きるなんて、出来すぎてる」


 むしろ、全て計画されていたとした方が辻褄が合う。

 授章の儀が行われた大聖堂にはイノたち高爵位の親の他、オリファス教会の重鎮も出席していた。

 それだけにリスクは高いが、成功すればセリナの【無紋】を周知させ、インクの校則に従い退校処分とする事が出来る。

 もしセリナが騎士たちから逃げ出さずにいたらどうなるのか?

 それは郊外授業での一件を見れば考えるまでもない。


「……エセ司教め」

「ひどすぎます、ひどすぎますわ! これが聖職者のする事ですの!?」

「2人とも落ち着いて」

「落ち着いていられるか。父上に頼んですぐにトーマス司教を……」

「駄目なんだルフジオ。証拠がない」

「でも……!」


 セリナがここを離れなければならなくなった元凶に対し、怒りを膨らませてゆくルフジオとイノ。

 パベルはそんな2人を宥めると同時に、罰することが出来ない事を告げる。


 なにしろここまではすべて憶測、推測なのだ。

 状況的には12歳であるパベルにもわかるほど黒。

 しかし、トーマス司教がこれらすべての黒幕だという確たる証拠はない。


 これでは、声を上げても相手にされることはなく、かわされてしまうだろう。


「わたくしたちは、なにも出来ないんですの……?」

「くそっ、俺にもうちょっと知恵があれば……」

「……あるよ、出来る事」


 もう、どうしようもないのかとあきらめかけた時、パベルがぽつりとつぶやいた。


「セリナを、迎えに行く」

「えっ!?」

「何処にいるか分かるんですの!?」


 迎えに行く、という言葉にイノとルフジオは目を見開いてパベルに詰め寄る。

 だが、パベルは首を横に振る。


「何処かは分からない。だから、セリナが帰ってこれるようにして、探して、迎えに行く」

「なんだ、知らないのか……」

「セリナが、帰ってこれるように?」


 居場所を知らない事にがっくり項垂れるルフジオに対し、イノは「帰ってこれるように」という部分が気になったようだ。

 パベルから視線を外すことなく、視線で説明を求めた。


「僕は今世では唯一の【極光術士】だ。このままのし上がって、尻尾を掴んでやる……!」

「パベル……」

「お前……」


 普段表情を出さず、物静かなパベルが、この時ばかりは怒りという感情を露骨に表していた。

 それは、彼の絶対にトーマス司教を許さないという意志の現れ。

 そして、全てが終わった後には必ずセリナを探し、迎えに行くという強い覚悟だ。


「……たった一人でインクとオリファス教会に立ち向かうなんて、無謀ですわ」

「無謀だ、馬鹿だと言われようと、僕は……」

「ならば、【聖女】の紋章もあった方がよいのではありませんこと?」

「……イノ?」

「わたくしも手伝わせてくださいませ。あの子の居場所、奪われたままにはできません」


 目じりに涙を浮かべたまま、パベルへの協力をイノが強く口にする。

 聖女アリアナを超える神聖力を持つ自分よりも、さらに強い神聖力を持ったセリナ。


 天真爛漫で、いつも明るい彼女との学校生活は毎日が楽しかった。

 そんなセリナとの別れが、このような物など認められるわけがない。

 ましてや、それが陰謀による結果など、絶対に。

 

「俺もやるぜ。ブルデハルム家を、【聖剣】を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやる」

「ルフジオ……」


 2人の意志に、ルフジオも同調する。

 騎士の名家に生まれ、剣術の才覚に長けていたルフジオ。

 インクに入校し今に至るまで、同世代で対等に渡り合ってくるのはセリナただ一人。

 それもメキメキと腕を上げてくる。


 女の子には負けられないと日々の訓練にも身が入り、自分の苦手な神聖魔法はおろか、回復魔法までこなすセリナに尊敬の念すら抱いていた。

 故に、否、だからこそ、罠にはめ追い詰めるという卑劣な行為など許せるわけがない。


 オレンジ色の瞳に燃えるような意志を灯し、パベルとイノを見据える。


「決まりですわね。わたくしたち三人で、セリナを取り戻しますわよ」

「物事を考えるのはパベルの方が上手い。教えてくれ、どうしたらいい?」

「そしたら……まずは味方を増やそう」

「味方?」

「うん。みんなの父さまに事情を話して、力になってもらおう」


 ルフジオの問いに、パベルは考え、答える。

 その意味するところが分からず首を傾げる2人に、パベルは続けた。


「あの場には皆の両親もいた。セリナの神聖力と、トーマス司教の不自然さを説明するんだ」

「そんなんでいいのか?」

「僕たちの父さまは高位貴族の当主だ。あれこれ言うより、疑問を持たせて調べてもらった方が良い」

「分かりましたわ」


 そこには、セリナが居なくなり失意に暮れていた姿はなく、なんとしてもセリナを連れ戻すという意思に満ちた子供たちの姿があった。


「イノハートお嬢様、こちらでしたか」

「あら、どうしましたの?」


 話がまとまったところで声をかけてきたのは、イノハート、ホーケンブルス家の厨房を預かるコック長。

 イノを探していたらしく、焦りながらも少し申し訳なさそうにイノに近付き、話しかける。


「あの……ケーキですが、いかがいたしましょうか」

「あっ……」


 ケーキと聞いて、はっとするイノ。

 そう、それは授章のお祝いとセリナの誕生日にと用意した複数の大きなケーキ。

 いくつかには聖女の紋章やオリファス教会の紋章、ホーケンブルス家の家紋が入れられている。

 その中でも一回り大きい物にセリナの名前と『お誕生日おめでとう』と言う文字を刻み、イノが指示するまで出さないようにしていた。


 イノは少し考えた後、コックを見つめ、伝える。


「お誕生日以外のケーキをお出ししてください」

「お誕生日以外を、ですか?」

「はい。お誕生日のケーキは下賜いたします。コック長たちで食べてください」


 イノの言葉に、首を傾げるコック長。

 イノは表情を変えず、むしろ目に力を籠め、続けた。


「そして、ケーキの味をしっかりと覚えてください。セリナが戻ってきた時、さらにおいしいケーキをお願いいたしますわ」


 それは名家ホーケンブルスとして。

 【聖女】イノハートとして、セリナを必ず連れ戻すという、決意表明であった。

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