第54話 様子のおかしかった日々


 主役である【聖女】イノハートの登場で益々盛り上がるホーケンブルス家主催のパーティー。

 新たなる【聖女】、剣技の極みである【聖剣】、聖魔法の頂点である【極光術士】の3紋章が一同に会したと、出席者たちの話題は尽きない。


 そんな中、ようやく来賓たちとの挨拶を終えたイノのもとに、ルフジオとパベルが両親を連れ訪れた。


「侯爵、この度はおめでとうございます」

「いやいや、こちらこそおめでとうリンドパーク伯爵。一族の悲願、遂に成ったな」

「はっ、これで先祖に良い報告が出来ます」

「閣下、私からも。ご息女の【聖女】受章、本当におめでとうございます」

「ありがとうブルデハルム子爵。君もよく【聖剣】となる子を育てた。これで我が国は最強の剣を得た」

「ありがとうございます。歴代最強の【聖剣】にするべく、我が一族に代々伝えられし剣技すべてを叩き込みます」


 2人の父親がイノの父であるボンマ侯爵に挨拶。

 同伴している母親は二人とも黙ったままであり、父親が頭を下げるタイミングで同じくお辞儀をする。


 息子であるルフジオとパベルも両親と同じタイミングで頭を下げ、最高爵位であるホーケンブルス侯爵に受章の祝辞とパーティー招待の謝意を示した。

 ここまでは通例と慣例。

 ここからが本題だ。


「侯爵、オリファス教会からは?」

「今の所、何も。教会念願の【聖女】が出たのだ。騒ぎを大きくしたくないのだろう。子爵、そちらは?」

「緘口令が敷かれました。ですが、目撃者が多く隠しきるのは無理でしょう」

「ふむ……」


 それまでの祝賀ムードが一変。

 全員が仕事の顔となり、小さく低い声で会話を始めた。


「……お父様たちはなにやら込み入った話があるようですね」

「では奥様、私達はこの辺で」

「いえ、私とイノも行きますわ。せっかくのパーティーですもの。あなた、よろしいかしら?」

「あぁ、行ってきなさい。伯爵夫人、子爵夫人、妻を頼む」

「イノ、行きましょう」

「はい、お母様」


 場の雰囲気が変わったのを感じ取り、リンドパーク伯爵夫人とブルデハルム子爵夫人が場を離れようとすると、ホーケンブルス侯爵夫人もこれに続いた。

 イノ、ルフジオ、パベルの3人もそれぞれの母親につれられて移動。


 ホーケンブルス家お抱えのシェフ達が腕によりをかけて作った食事を楽しんだ、のだが。


「パベル、この肉美味いぞ、食べるか?」

「……いらない」

「イノ、この料理なんて言う……なんか目が赤くないか?」

「そ、そんなことありませんわ! その料理はフィラッツェと言って、西方の……」

「2人揃ってこれかよ……」


 いつも以上にそっけない態度のパベルと、明らかにカラ元気で取り繕うイノ。

 机を並べ勉強をしているルフジオが、普段とは明らかに違う様子に気が付かない訳もなく。

 持っていた食器を給仕に渡すと、ワイングラスを片手に世間話をしている母親たちのもとへと歩み寄る。


「ホーケンブルス侯爵夫人、リンドパーク伯爵夫人、ご息女とご子息をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「あら?」

「どうしたの?」

「これ、ルフジオ……!」

「俺……僕達もすこし3人で話がしたく。お願いいたします」


 【聖剣】とは言え、3人の中ではルフジオの子爵が貴族位では最も低い。

 そのルフジオが侯爵夫人と伯爵夫人に申し出るのだから、母親はたまったものではないのだろう。

 明らかに焦った様子で、ホーケンブルス侯爵夫人とリンドパーク伯爵夫人の顔色をうかがっていた。


「ふふ、【聖剣】様、見えるところでお願いしますね」

「パベル、ずっと機嫌が悪いの。お願いしてもいいかしら?」

「ありがとうございます」


 授章の儀を終えたばかりとは言えまだ子供。

 しかし同世代、それも特級生の3人ならば問題もないだろうと、ルフジオに任せるイノとパベルの母。

 ルフジオは許可をくれた2人にお礼を言うと、困り顔の母を放置。

 イノとパベルを強引に離れた位置に連れて行った。


 そこはパーティー会場にあって少し暗く人気がなく、かといって母親たちからも見えているという好位置。

 ルフジオは再度周囲に人がいないのを確認し、イノとルフジオに向き返った。


「で、2人とも何考えてたんだ?」

「……何も」

「わ、わたくしは……」

「まぁ、言わなくてもわかる。セリナの事だろ」

「……っ!」

「う……」


 様子のおかしい二人に問うも、反応は芳しくない。

 だが、理由など聞く前から分かり切っている。


「セリナが抵抗して逃げ出したなんて話、信じられるかよ」

「…………」

「そう、ですわよね……」


 今日行われた授章の儀。

 成績順という事で一番最後となったセリナの時に起きたトラブル。


 セリナの触れた紋章の石板が崩れ、儀式進行を務めたトーマス司教が【無紋】を宣言した。

 大聖堂に居た人たちの中にセリナを知る人物はほとんどおらず、なにが起きたのかよく分かっていなかった。


 しかし、イノ、パベル、ルフジオの3人と特待生らは違う。

 特に同じ特級生であり、机を並べて2年間共に学んできたイノたちからしてみれば、セリナの【無紋】はあり得ない。

 何かの間違いだと詰め寄ろうとしたが抑えられてしまい、騎士に連れていかれるセリナを見ている事しかできなかった。


 ならばと授章の儀終了後、話を聞こうとした矢先。

 トーマス司教からセリナが騎士を振り払いガローラの街から逃亡した、と聞かされたのだ。


 当然、イノたちは納得しないし、出来るわけがない。

 が、今この瞬間であってもセリナが姿を見せない事だけは確かである。


「くそっ、どこ行っちまったんだよアイツ……」

「…………」

「……約束」

「イノ?」


 時間が過ぎればすぎるほど、セリナが姿を見せないという事が不安となり、焦りとなる。

 このパーティーの主役たる3人であるため、表向きは気丈に振る舞っているが、まだ12歳なのだ。

 ルフジオは落ち着きなく頭を掻きむしり、パベルは眉間にしわをよせ、イノはいつもの元気がなくなってしまっている。


 そんな中、イノは聞き取れないほど小さい声で、ぽつりと呟いた。


「約束、したんですの。一緒にパーティーに出るって。……セリナと」

「イノ……」

「わたくしとセリナ、もし2人とも【聖女】になったら、このパーティーで一緒に紋章を掲げるって。セリナの誕生日もお祝いするって」


 か弱い声で語るイノ。

 一言一言言葉を紡ぐたび、翡翠の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「ケーキもプレゼントも用意して……今日を、セリナにとって思い出に残る日にしようと……なのに、どうして、こんなことに……ヒック」


 パーティーの前にも泣いていたのだろう、我慢しきれなくなったものが言葉と共に嗚咽となってあふれ出す。

 ルフジオも静かに泣くイノにかける言葉が見つからない。

 同時に、目の前で大事な友人が連れていかれるのに何もできなかった己の弱さと悔しさのあまり、拳を握りしめ唇をかみしめる。


 イノは泣き、ルフジオは悔しがり、パベルは黙り込むという一瞬とも永遠とも感じられる空気の中。

 口を開いたのはなんとパベルだった。


「……セリナは、分かってたのかもしれない」

「えっ?」

「どういう事ですの……?」


 セリナは分かっていた。

 言葉の意味するところが分からず、イノとルフジオは思わずパベルに視線を向ける。


「数か月前から、セリナの様子がおかしくなった。気が付かなかった?」

「えっ、そうなのか?」

「セリナの?」


 数か月前と言うとガローラ近郊の森で郊外授業が行われ、セリナたちが襲われた事件から数か月後。

 パベルによるとそあたりからセリナの行動が、今までとほんの少しだが変わっていたのだという。


「放課後、図書館で読む本が増えたんだ」

「図書館?」

「たしか、いつも2人で図書館で本を読んでるんでしたわね」


 本来ならば子供とは言え2人で放課後に図書館など、同世代の子達からすれば格好のからかいネタ。

 しかし、そんな雰囲気は今の3人にはなく、パベルの話を真剣に聞く。


「最初の頃は魔術や歴史の本数冊だったんだ。それがここ最近は地理や外国語の本を20冊近くになった」

「……は?」

「それ、読めますの?」

「ページをめくるだけで熟読はしてない。深く読むよりも、とにかく本数を増やす感じ。まるで……」

「まるで、なんだ?」

「なにかに間に合わせるかのように」


 そこまで話した時、3人の間に再び沈黙が訪れる。

 昨日、どころか今朝まで何の意味があるのか分からなかったセリナの行動。

 だが、授章の儀であのような事が起きた後ならば、話が変わってくる。


「そう言えば、ファリスさまが最近セリナは夜食を取るようになったとおっしゃっておりましたわ」

「剣術の授業もここ最近えらく気合が入ってた。まるで実戦そのものをしているような……」


 普段の生活であれば、気にも留めなかったような些細な点。

 だが、ひとつひとつの点が結び付き、ひとつの結論へと至る。


「セリナは……気付いてた?」

「受章の儀で、あのような事が起きると!?」


 イノとルフジオ、2人の答えに、パベルは深く頷いたのであった。

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