第53話 受章祝賀会
日もすっかり落ちたインクのあるガローラの街、その貴族街の一角。
あのアリアナ以来100年ぶりに【聖女】を輩出したホーケンブルス家では、他の有力貴族らと共に受章記念の祝賀パーティーが催されていた。
「いやぁ、今年は本当に素晴らしい」
「ブルデハルムの【聖剣】、リンドパークの【極光術士】。そしてホーケンブルスの【聖女】」
「まさか私達が生きているうちにこの3つが同時に現れるとは」
「これで世の平穏は約束されたようなものですな」
今年の受章の儀はまさに「豊作」。
三等から一等生までの受章分布は例年通りだったが、特級・特待生で大きく跳ねた。
【神子】、【聖騎士】、【聖魔導士】といった上位紋章が大量に出現。
特級生では最上位とされる【聖剣】と【極光術士】に加え、人々が待ち望んでいた【聖女】の紋章まで現れたのだ。
イノが【聖女】の紋章を授かった時の大聖堂の熱狂を、あの場に居た者は忘れることがないだろう。
「この催しはホーケンブルス家のものだが、イノハート嬢主催らしい」
「なんと!」
「まぁ、あの歳ですでに【聖女】としての自覚があるのですね」
「いや、パーティを催すならば準備期間が必要だぞ?」
「なるほど、彼女は自分が【聖女】となる事を分かっていたのだな」
「まさに逸材。主が【聖女】の紋章を授けてくれるのも分かりますわ」
新たな【聖女】となったイノハート。
その彼女が主催する祝賀パーティーという事で、特級・特待生の生徒たちがほぼ全員出席している。
貴族家の子が多い特級・特待生クラスだけに家族ごと出席している者も多い。
自らの子の紋章を自慢したり、新たな交流を開こうと有力貴族に声をかけたり。
皆楽しみながらもパーティーを最大限活用しようと立ち回っている。
そんな中、ひと際人だかりが出来ているエリアがあった。
「パベル・サファ・リンドパーク、【極光術士】の受章、本当におめでとう」
「……ありがとうございます」
「おや、何か勘に触るようなことを言ってしまったかな?」
「ははは、お気になさらず。この子はこういうところがあるのでね」
「そうでしたか。リンドパーク伯爵におかれましても、悲願である【極光術士】誠におめでとうございます」
「ありがとう。伯爵家が成って100年余り。ようやく念願叶ったよ」
その輪の中心にいるのはパベル。
インクの制服よりも遥かに丁寧に作られ、伯爵家の家紋が刺繍された礼服に身を包んでいた。
聖魔法の名家であり、【極光術士】を家から輩出させることを悲願としていた伯爵家なだけに、祝辞を伝えに来る来賓が後を絶たない。
人の多さに辟易したのか、普段よりもさらに寡黙、不愛想になってしまっているパベルに代わり、隣にいるパベルの父が応対していた。
普段であれば愛想のない態度を指摘されるところだが、今日、今夜だけは別。
先祖も、自らも、兄弟たちも取れなかった【極光術士】をついに授かる事が出来たと、父親はずっと上機嫌。
祝辞を伝えに来た人たちも普段では見れない表情に、つい頬を緩ませてしまうほどだった。
そんなパベルのリンドパーク家から少し離れたところに、こちらも負けないくらい人だかりとなっている場所があった。
中心に居るのは、こちらも【聖剣】の紋章を受章したルフジオとその親族だ。
「やったな。【聖剣】、おめでとう」
「ブルデハルム、騎士名家に偽りなしですわね」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。ようやく肩の荷が下りた気がするよ」
「父上、これからですよ。まずはルフジオを当代随一の騎士としなければ」
ルフジオのブルデハイム子爵家もこの国では名の通った騎士の名家。
隣にいる父やルフジオの兄も騎士団に名を連ね、部下、上司からこれでもかと賛辞を浴びていた。
「そうであるな。これは終わりではなく始まりなのだ。いいかルフジオ、お前は兄より、そしてこの父よりも素晴らしい騎士になるのだぞ」
「はい、任せてください父上!」
形や礼儀よりも動きやすさと迫力を重視したブルデハイム家の礼服にルフジオは身を包み、次々に来る人々へ向け【聖剣】の紋章を示してゆく。
すでに感極まっている父に対し、兄は紋章だけではなく実力もなければ、と気合十分。
この場で稽古を始めてしまいそうなほどに興奮していた。
他の貴族家もパベルとルフジオほどではないが、同様。
子の授章を称賛され、賛辞攻めにあっていた。
なおこのパーティーには礼儀作法を学んだ平民出の特待生、インクの制服を着たレリックとパトリックも参加している。
彼らの故郷と地位の関係で両親は出席していないが、代わりにインクの教師が傍に立ち、祝辞を贈りに来る貴族家の対応をしてくれていた。
【聖魔導士】と【聖騎士】を授章した彼らの人生は、ここから大きく変貌を遂げる事となる。
すでに教師を介し、もしくは直接的に養子や婿養子の話が舞い込んでいるのだ。
何の後ろ盾もない平民出のレリックとパトリック。
そんな2人が上位紋章を受章したのだ。
家の神聖力の底上げをはかりたい者、養子として迎え入れ有力貴族との婚姻を企てる者など、その意図は様々。
しかし、これは平民出の特待生が上位紋章を受章した年には必ず起こる事。
当事者である2人は緊張のあまり何も頭に入っていない様子だが、インクの教師たちの計らいにより悪い事にはならないだろう。
広い会場でパーティーが滞りなく進む中。
タイミングを見計らったかのように一人の男性が会場の目立つ位置に歩み出ると、拡声魔道具を手に取った。
「ホーケンブルス家当主ボンマである。本日は当家主催の祝賀パーティーに参加してもらえたこと、嬉しく思う」
その声に皆が会話を止め、声の主に注目する。
この人物こそジェイオード王国のみならず、海外にも名が通る名門ホーケンブルス侯爵家当主、ボンマ・エメ・ホーケンブルス。
イノハートの父親だ。
「話したい事も多々あるのだが、今日の主役は私ではないのでね。」
ボンマの言葉で笑いが起こり、皆に落ち着きが無くなってゆく。
今夜、まだこの場に姿を見せていない主役の姿を、今か今かと待ちわびているのだ。
「それでは紹介しよう。今世の新たなる【聖女】にして我が最愛の娘、イノハート・エメ・ホーケンブルスだ」
瞬間、割れんばかりの拍手がパーティー会場に響き渡る。
そして、その拍手を合図とするかのように、鮮やかなドレスに身を包んだイノハートが姿を現した。
イノはさらに強くなった拍手を浴びながら父親であるボンマの隣まで進む。
そのまま拡声魔道具を受け取ると、期待に満ちた観衆へと向き直り、スカートの裾を掴みカーテシーで挨拶。
そこで拍手も鳴りやみ、皆が続くイノの言葉を待つ。
「お父様より紹介にあずかりました、イノハート・エメ・ホーケンブルスですわ。皆さま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
自己紹介もほどほどに、イノはスピーチを続ける。
幼いころ何度も聞いた神話と【聖女】アリアナの物語、そして【聖女】の紋章へのあこがれ。
両親や兄、周りの人達から惜しみなく注がれた深い愛情、感謝。
インクに特級生として入校し、クラスメイトたちと切磋琢磨しながら、夢に向かって邁進した事。
「……そして、これまでの努力を主にお認め頂き、【聖女】の紋章を授かる事が出来ました!」
言葉と共に手の甲に刻まれた紋章を天高く掲げ、会場の皆に披露するイノ。
100年ぶりの【聖女】に会場は拍手喝采。
これで世の平穏は約束されたと、イノハートとホーケンブルス、ジェイオード王国の名を叫び、惜しみない称賛を送る。
「それでは皆さま、どうか今日のパーティーを心行くまでお楽しみくださいませ」
鳴りやまぬ喝采にイノも手を振ってこたえ、スピーチを終える。
その後はもちろん個別の祝辞ラッシュだ。
招待のお礼と【聖女】受章の祝いを送りくる来賓を、父ボンマとスピーチを終えた事で合流した母親らと共に笑顔で対応してゆくイノ。
……そんな彼女の目が僅かに赤くなっている事には、誰も気が付かなかった。
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