第52話 新たな生活へ
シェリダンに着いたらやらなければいけない事の一つ、両替を終えたセリナは、再度大通りを散策しながら進んでいた。
「ちゃ、ちゃんとできたかな?」
『ほっほっほ。上出来じゃろう』
「ほんと? よかったー。あ、次見つけた!」
スードナムに先程の立ち振る舞いが問題なかったか聞くも、答えは上出来という事で一安心。
ほっと胸をなでおろしたところで、次の店を発見する。
「これでしょ、武具屋さん!」
『ふむ、よさそうじゃの』
「じゃあ、入るね」
次に入るのは武具屋。
大通りに面している武具屋なだけに相応の広さを持ち、2階スペースもあるようだ。
そんな中、セリナは陳列されている武器や鎧などには一切目もくれず、目的の場所へと一直線。
まだ資金が潤沢ではなく、体も小さい彼女がこの店に来た理由は武器防具を買う為ではない。
「お洋服、お洋服……あった!」
そう、目当ては洋服。
今着ているインクの制服は正装としての意味合いが強く、動き回るのには向いていない。
今後はあちらこちらへ動き回る事が多くなる上、オリファス教会関係者からの目を誤魔化すためにも、服装は変えておきたい。
「どれにしようかな……適当でいっか」
『……こだわりはないのかの?』
「なんで? お洋服なんて着れるものがあれば十分じゃない? お金もないし」
『……ふむぅ』
「変なスーおじいちゃん……」
店舗が大きい故か、セリナの着られる子供用サイズもなかなかの品ぞろえが用意されていた。
セリナ位の年頃になれば、多少おしゃれも気にしてしまいそうだが、これを一切無視。
サイズを確認し、値札を見て安いものからササっと手に取ってゆく。
「靴は……種類がないけど、まぁいっか」
『セリナよ、鞄も忘れるでないぞ』
「あっ、そうだった!」
今はいている靴もインクの制服一式に含まれている物であり、耐久性や走破性に難がある。
値段は張るが、ここはちゃんとしたものを購入する。
そしてスードナムに言われ、思い出したかのように鞄の棚へと移動する。
インクの街から身一つで出てきたセリナは、手持ちの鞄などひとつも持っていない。
これに関して実はカラクリがあるのだが、それでも鞄は必須。
「どれがいいかな?」
『左にある腰に付けるタイプがよかろう』
「これだね!」
種類が多く、知識もないセリナはどれがいいのか悩むも、スードナムが助言することですぐさま決定。
服と靴、そしてセリナの体躯には少し大きめの腰巻鞄と、両手いっぱいに荷物を持ち、購入カウンターまで移動した。
「こんにちは、これください」
「※※※※※※!?」
「あの、シグル語、出来ますか?」
「おっと、ごめんね。君が買うのかい、これを? 全部?」
「はい。おいくらですか?」
剣や鎧などを置いているお店なだけに、店員もシグル語は出来るようだ。
だが、年端も行かない少女であるセリナが大量に商品を持ってきたことに、驚きが隠せない。
「全部で2730ジオ。銀貨2、銅7、鉄3だけど、ある?」
「あります。これでいいですか?」
「……確かに。持てる?」
「鞄に入れていきます」
「いや、全部は……えっ?」
セリナが買ったのは下着などを含めた冒険者用の服数セットに、靴と鞄。
両手に抱えて購買カウンターまで来ただけに量が多く、腰巻鞄にも入りきりそうにない、のだが。
なんと明らかに入りきらない量のモノが、鞄の中に入っていくのだ。
明らかに高さも幅も足りない靴、絶対に容量オーバーになる衣服。
これらすべてが引っかかる事すらなく、鞄の中に納まってゆく。
明らかに容量や質量を無視したその光景に、店員はただただ茫然とするばかり。
「これでよし。ありがとうございました」
「ま、まいどどうも……」
理解の追いつかない店員を他所に、荷物をすべて入れ終えたセリナは鞄を腰に巻くと、店員にお礼と一礼をした後、店を後にする。
「……何だったんだ、あの子は」
後には、まるで物の怪にでも遊ばれたかのような表情で立ち尽くす、店員だけが残されていた。
武具屋を後にしたセリナは、再び大通りへ。
日はまだ高く、大通りには老若男女たくさんの人たちが行きかっており、シェリダンの街の活気を現していた。
セリナも見慣れない活気あふれた街並みを堪能しながら歩いていたのだが、次第にコクリコクリと船をこぎ出してしまった。
『セリナ、眠いのかの?』
「うん。まだおひさまは高いのに……なんでだろう」
『かなりの距離を移動したからのう。この辺りはインクより日が落ちるのが遅いのじゃよ』
「う~ん、よく分からない」
『ちょうどそこに宿屋がある。部屋を借りて休むが良い』
「はぁい……」
セリナの知らない事だが、今いるシェリダンの街は今昼だが、インクではすでに夜。
これはスードナムが日の浮き沈みに差が出るほど大きく移動したため。
加えてセリナはインクでひと騒動起こし、長距離を飛行、歩いてシェリダンの街まで来たのだ。
疲労が溜まっていて当然だろう。
いよいよもって眠気に耐えきれなくなってきたセリナは、スードナムの助言通り目の前にあった宿屋へ。
大通りにはあるが豪華すぎず、さして小さすぎもしない、旅客が目的地への中継地点での一泊に使うような宿。
セリナはそんな宿に吸い込まれるように入ると、受付カウンターに居る中年の女性に声をかける。
「こんにちは。一泊したいのですけど……」
「ん? お嬢ちゃん一人かい? ご両親は?」
「居ません。私一人です。あの、お部屋は……」
「部屋は空いているけど……一泊500ジオ。銅貨5枚で、食事は……」
「じゃあこれで。お願いします」
ここでもやはりセリナが一人で入ってきたことに疑問を抱く受付の女性。
だが、セリナにもはやそんなことを気にする余裕はないようだ。
部屋の空きと宿泊料金を確認すると、説明に被さるようにそそくさと料金を支払った。
「なんだか訳アリのようだね。部屋は……」
「ふにゅう……」
「おっと、これはいけない。トマス、トマス!」
セリナの様子に、女性も事情を察した様子。
気にはなるが、今にも寝落ちしそうな子を放り出すわけにもいかず泊めてあげる事にする。
部屋の番号を教えようとするが、カウンターに突っ伏してしまったセリナを限界とみて、店舗奥に向かって人を呼ぶ。
「どうした、母さん」
「ちょっとこの子を部屋まで連れて行っておくれよ。205号室だ」
「えっ、この子? 一人? 泊めるの?」
「訳アリのようさね。代金も既に貰ってある、頼んだよ」
「しゃーねー、分かった」
奥から出てきたのは20歳前後の男性。
どうやら受付の女性の息子らしく、一人で来たというセリナに疑問を持ちながらも、女性の指示通りセリナを支え2階へ。
そのまま部屋のドアを開けると、足もふらつきだしたセリナを何とかベッドへと運び、そのまま寝かしつける。
「これでよし。しかし、なんだってこんな子供が? 良い所のお嬢さんじゃないのか? ……まぁ、気にしても仕方ないか」
宿屋などという家業をしていれば、不思議な宿泊客に巡り合う事も少なくない。
特に、ここは人の往来が激しいシェリダンの街。
それも大通りにある宿屋なのだ。
トマスも気にはしながらも深く考える事はなく、眠りに落ちたセリナを部屋に残し外へ出ると、静かに扉を閉め、1階へと戻って行く。
『おやすみ、セリナ。今日はよく頑張ったのう』
「えへへ……ねぇ、スーおじいちゃん。これからも一緒にいてくれる?」
『おお、もちろんじゃとも。ずっと一緒におるよ』
「私、がんばる、ね……」
疲れていたのだろう、それだけ言うとセリナはすぐさますぅすぅと寝息を立て始める。
そんなセリナを守るべく、スードナムは気配察知、魔力探知、防御結界を虫一匹逃さない超高レベルで発動。
眠りを妨げるものは何人であろうとも許さぬ布陣を敷き、インクの図書館で記憶しただけで読んでいない本に目を通すのだった。
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