第51話 散策


 検問を何とか通過したセリナ。

 そのまま街道を進んで行くと、土だった道はいつの間にかレンガ道の舗装路となり、民家もちらほらと見えるようになってきた。

 進めば進むほど畑が減り、民家と商店が増え、同時に人の往来も増えてゆく。


「ここ、外壁がないんだね」

『先の方にあるにはあるようじゃの。町が発展したことで外壁から溢れたのじゃろう』

「なるほど」


 シェリダンの町は木造建築がなく、全ての建物がレンガや石で作られ、中にはコンクリート製も見受けられた。

 これはシェルバリット連合王国が土属性を重んじる事に起因している。


 国が違えば宗教も違うもの。

 連合王国では地母神セレクタリアを主神としたサトリウス教を国教と定め、日々祈りを捧げている。

 オリファス教の教会も連合王国の主要都市にはあるが、布教活動はそこまで熱心に行っていない。

 既にいるオリファス教信者たちの憩いと祈りの場として機能しているのが現状だ。


 シェリダンの町にもオリファス教の教会はあるが、顔を出すことなど出来るはずもなく。

 むしろ「インクの制服を着ている子が来た」と騒ぎになってしまう可能性すらある。

 故に、教会に助力を求める事は不可能。

 セリナはここでイチからスタートしなければならない。


 ただ、これは事前に分かっていた事であり、準備や対策も含めてスードナムと何度も協議済み。

 それを証明するかのように、セリナの顔には焦りひとつなく、むしろ初めて見るシェリダンの街並みを楽しんでいるほどだ。


 すでに周囲には畑の姿はなく、ずらりと建物が並ぶ大通りとなっていた。

 通りに面する建物はそのほとんどが商店であり、大通りの往来を邪魔しない程度に軒先に商品をずらりと並べ、威勢のいい声で客引きをしている。

 その賑やかさはセリナのいたインクのある街とは比べ物にならない。


「すごい活気があるね」

『書物によると流通の拠点との事じゃったからのう。ヒト、モノ、カネが集まると街は発展するのじゃよ』

「ふぅん? よく分かんない」


 シェリダンの町はジェイオード王国との国境に最も近い街であり、シェルバリット連合王国側のさまざまな物の生産地とも丁度良い位置にある。

 その為国内から輸出品が、国外からは輸入品が集まり、商機を見出した商人や護衛する冒険者などで人の往来が増加。

 物資を貯蔵する倉庫、往来する馬車の整備場、集まったものを売り買いする商店、宿泊施設、飲食店とヒトとモノが増えるたびに町が拡大。

 連合王国イクトバルト屈指の商業都市として栄えている。


 セリナとスードナムがシェリダンを選んだのも、人の往来が多く紛れ込みやすいというのも理由のひとつ。

 ここならばバルト語が出来ずとも「ジェイオード王国から来た」といえば不審がられることもない。


 観光気分で大通りを散策。

 見慣れないバルト語の看板を眺めながら進んでいると、とある建物に視線が止まった。


「スーおじいちゃん、ここじゃない? この文字がそうでしょ?」

『おぉ、よく見つけたのう』


 セリナが見つけたのは、バルト語で『銀行』と書かれた建物。

 バルト語での会話は出来ないが、インクの図書館にあった本でいくつかの単語は覚えている。

 その中の一つがこの『銀行』である。


「……入っていいんだよね? 怒られたりしない、よね?」

『ふぉっふぉっふぉ。大丈夫じゃよ、安心せい』


 セリナは孤児院で10年、インクで2年過ごしてきた。

 閉鎖的とはいかないまでも、どちらも活動範囲は狭く、銀行など一度も利用したことがない。

 加えて、目の前にある銀行は建物も他に比べ豪華で清潔感もある。

 見れば見るほど自分が場違いのように感じ、入った瞬間追い出されてしまうのではないかという疑念に駆られてしまう。


 だが、そんな心配をスードナムは一蹴。

 『そこまで気になるならインクで習った礼儀作法を使うとよいじゃろう』というアドバイスも貰い、覚悟を決めて中に入る。


 銀行の中は大勢の人がおり、カウンター越しに銀行員と話す人、お金を引き出す人、預ける人、順番待ちをする人など活気にあふれていた。

 セリナはそんな店内を見回しながら歩き、目的の文字を見つけると、窓口に座っていた女性に声をかける。


「失礼します。よろしいでしょうか?」

「ようこそ、我がトイッシュ銀行へ。こちらは外貨両替の窓口でございます」


 シグル語で話しかけたセリナに対し、バルト語ではなくシグル語で応じた窓口の女性。

 セリナは言葉が通じた事に安堵するとともに、さっそく要件を進めた。 


「はい。ペクトをジオにお願いできますでしょうか?」

「ありがとうございます。現在のレートはこちらで、手数料が10ジオごとに1ジオとなりますが、よろしいでしょうか?」

「お願いいたします」


 セリナが行いたかったのは外貨両替。

 国が違えば、当然通貨も変わる。

 シェルバリット連合王国は自国通貨のジオを使用しており、ジェイオード王国のお金であるペクトは使えない。


 レートと手数料の説明を受けた後、ポケットから小さな革袋を取り出すと、中からペクト銀貨を5枚取り出し机の上に置く。

 これはファリスから収入源や頼れる人もいないセリナに「万が一の時は使いなさい」と持たされていた物で、その全額である。

 おそらく彼女の言っていた趣旨とは違う方向であろうことにやや後ろ髪を引かれるが、このまま無一文というのも厳しい。


 心の中でファリスに感謝と謝罪をしながら、両替を銀行員の女性にお願いする。


「こちらになります。ご利用ありがとうございました」

「あ、ありがとうございますですわ」


 銀行員の礼儀正しい態度に、セリナも慌てて貴族の礼で返す。

 もちろんここまで礼儀正しくしなくて良いのだが、セリナは初めての事ばかりで焦り、条件反射的に出てしまったのだ。


 その様子は小さな子供が両親にお使いを頼まれ背伸びをしているようであり、担当した銀行員も思わず笑みをこぼすほど。

 スードナムもこのしぐさをほほえましく思いながら、その実、笑いを堪えるのに必死だったのだが。


 ぎこちない動きながらも、セリナは両替の済んだジオ銀貨3枚と多数の銅貨、鉄貨を袋に仕舞うと、銀行を後にしたのであった。

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