第50話 シェリダンの街へ
「私を、インクに帰れるようにするため?」
『そうじゃ。力任せに騎士らを攻撃するなどしておったら、魔王とされていたからのぅ』
「そんな単純に?」
『司祭に扇動され、攻撃を仕掛けてきた騎士もおったじゃろ?』
「うん、いた」
『それと同じじゃて』
人前でセリナを天使に仕立て上げるという、手の込んだ離脱方法を取ったスードナム。
その理由は、幼いセリナでは考えつかない物だった。
『強い力だけを振り回しても事態は好転せん。流れを作らねばいかん』
「流れ?」
強大な力を行使するだけでは、人々の考え方は変えられない。
これは生前スードナムが嫌というほど実感したことだった。
当時、世界屈指の魔力を持っていたスードナム。
彼が若い時は敵対勢力には容赦せず、力を行使し、強引に黙らせて来た。
しかし、それで敵対勢力が治まるかといえば否であり、逆に「奴は危険だ」と吹聴され追いやられていった。
そうしたいざこざが数十年、百年と続き。
ついにスードナムは人との関わりに愛想が尽き、晩年は世捨て人の様な生き方を選んだ。
だが、セリナは違う。
この子はまだ幼く、やり方はいくらでもある。
ふと立ち止まった時、周りに誰もいないという自分と同じ道を歩ませるような事は、させたくない。
不安になった時、困った時、力になってくれる人々を、彼女の近くに作りたかったのだ。
しかし、【紋章】がエンブレムシステムだった場合、セリナに紋章を付けさせるわけにはいかない。
そうなるとインクにはいられなくなり、魔王の生まれ変わりと疑う勢力に付け入るスキを与えてしまう。
そこでスードナムはひと芝居打つことにした。
セリナがインクを出る時、まるで天使だったかのように振る舞い、姿を消す。
上手くいけば敵対勢力に「天使様を追い出した」という汚名を着せられると踏んだのだが、結果は予想以上。
相手方が都合よく授章の儀で仕掛けてきたことで、一般市民や騎士たちも巻き込んでの大騒ぎにする事に成功した。
後はあの場に居た市民たちから広がった世論、それを後押しにセリナを推していたマルク司教らが情勢を作ってくれるだろう。
その流れで敵対勢力が力を失えば、インクに復学は無理でも町の出入りくらいは出来るようになるはずだ。
なれば、セリナの大事な友人であるイノたちとの再会もかなう。
『マルク司教やシスターらがその流れを作ってくれるじゃろう』
「そしたら……みんなに会える?」
『間違いなく。わしが保証しよう』
「ほんとう!?」
笑顔満点、元気いっぱいで答えるセリナ。
受章の儀があのような形になり、イノたちと別れの言葉も交わせぬままインクを離れてしまったのだ。
もう2度と会えないかもしれないと覚悟していただけに、スードナムがまた会えると言ってくれるのは何よりも頼もしかった。
スードナムが話す、流れの説明はいまいち分からなかったが。
「じゃあ、私達もそろそろ動き出さないとだね! ……で、ここはどこ?」
飛行の恐怖で力が入らなかった足腰もようやく立ち直り、勢いよく立ち上がる。
そして周囲を見渡すが、目に入ってくる物は草原と森、奥の方に山々、上には相変わらずの青空だ。
飛行をコントロールしていたのもスードナムであり、セリナには今自分がどこにいるのか全く分からない。
『シェルバリット連合王国、イクトバルトじゃよ』
「ええっ、もうシェルバリットまで来ちゃったの!?」
シェルバリット連合王国はセリナのいたインクを有するジェイオード王国から見て西にある大国である。
が、問題はその距離。
シェルバリット連合王国は連合の名の通りジオルバルト、イクトバルト、ゼータ、ノイシュビッツ、カリーナという5つの国の集まりであり、広大な国土を持つ。
今いるイクトバルトは連合王国の中では最も東、ジェイオード王国と国境を接している位置にある。
それでもインクのあるガローラの街からは、馬車でも数か月はかかる。
そんな長距離を一瞬で移動したことに、セリナは驚きを隠せない。
『事前に決めておったではないか』
「でもはやすぎるよぉ! もっと時間がかかると思ってた」
インクを離れる時、来る場所は前もって決めていた。
セリナとスードナムで何度も相談。
ある程度言葉が通じ、治安もよく、セリナも行ってみたいという事でシェルバリット連合王国を選んだのだ。
しかし両国間の距離から、移動には相応の日数が必要だろうと考えていたのだが、まさかこれほど早いとは。
『ここからさらに西に行けばシェリダンの街じゃ』
「そっか、もうジェイオードじゃないんだね。なんか不思議」
見た事のない景色ではあるが、雰囲気はどこかインク近郊にある草原や森とよく似ていた。
加えて飛んでいた時間もそこまで長くなかったため、シェルバリット連合王国にいるという実感がイマイチわかない。
だが、他ならぬスードナムのいう事。
ここは本当にシェルバリット連合王国なのだろうと、セリナは近くの街道に出ると、道なりに移動を開始。
風景を楽しんだり、これからの事を相談しながらのんびりと歩いてゆく。
時折馬車とすれ違い、草原や森の方に人の姿もちらほら。
遠くに街の建物が見えてくるころには、周囲には麦畑が広がり、作業をする人の姿や巡回に当たっているのであろう守衛騎士の姿もある。
そのまま街道を進むと検問所に差し掛かる。
馬車の積み荷検査などをしているようで、複数の守衛騎士たちが荷を満載した馬車の品目を確認しているようだ。
セリナも検問所を通る際、守衛騎士に呼び止められる。
もっとも、大きな街であり人の出入りも激しい為検査も簡易的なもの。
簡単な手荷物検査や来訪目的を問われる程度……なのだが。
「※※※※※※?」
「えっ?」
「※※※※※、※※※※※※※※※?」
シェルバリット連合王国とインクのあったジェイオード王国では使用している言語が違う。
その為、守衛騎士が何を言っているのか全くわからなかったのだ。
だが、これも想定済み。
「あの、シグル語でお願いできますか?」
「お、こっちか。すまないね」
セリナの言葉をすぐに理解し、言語を変える守衛騎士。
シェルバリット連合王国で広く使用されているのはジオルバルト、イクトバルト両国にツールをもつバルト語だ。
対し、セリナのいたジェイオード王国、オリファス教会で使用されているのはシグル語。
このシグル語が世界共通言語として広がっており、基本的にシグル語さえできれば言語で苦労することは少ない。
実際、バルト語が母国語である守衛騎士のシグル語は流ちょうな物であり、会話に違和感も出なかった。
その後はシェリダンへ来た目的や手荷物検査なのだが、ここでもひと悶着。
「え、君一人?」
「はい」
「お父さんとお母さんは?」
「2人とも死にました。シェリダンに母の親戚筋が住んでいるので、そちらを頼って」
「荷物は?」
「何も。全て売って旅費にしました」
「……紋章は?」
「ありません」
そう言って手の甲を守衛騎士に見せる。
神により授かる紋章はこの世界に住む人々にとって、自分を示す証明にもなっている。
有名人は顔と共に紋章も知られ、犯罪者を指名手配する時にも紋章の情報が明記されているのだ。
セリナは紋章をもたないが、セリナの12歳という年齢ではまだの授章を終えていない子も多く、辻褄は合う。
「……分かった。通っていいよ」
「ありがとうございます」
幼い子供一人、鞄ひとつ親戚に当てた手紙すらも持たないという状況に対し訝し気な守衛騎士。
しかし、ふぅ、と一息吐いた後、セリナの通過を許可した。
乗合馬車などを使っていない、身綺麗すぎるなどいくつか気になる点はあるが、ここ最近の犯罪者、行方不明者などに該当する人物もいない。
むしろこんな幼い子一人、町の外に置いておく方が危ないと判断したのだろう。
「親戚の家は分かるか? 誰か道案内をつけるが」
「いえ、住所は覚えているので大丈夫です」
「そうか……もし何かあれば東区に教会があるから頼りなさい」
「分かりました」
セリナにはスードナムという最強の保護者がついているが、他人からは確認することはできない。
たった一人、広いシェリダンの町で親戚の家を探すのも大変だろうと気を利かせてくれる。
しかし、セリナはこの申し出を丁寧に断りし、カーテシーで挨拶を行った後、小走りでかけていったのであった。
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