シェリダン編
第49話 スードナムの策
インクから遠く離れた東の空。
雲交じりの青空の中を、飛翔する一人の少女の姿があった。
……そう、セリナである。
「スーおじいちゃん、これどこまでいくのおおぉぉぉ!?」
『もう少しじゃ。数分で目的地じゃぞい』
「おろしておろしておろしてええぇぇぇ!!!」
インクの受章の儀で罠に嵌められ、追い詰めらた後大空へと飛び去った。
セリナには空を飛ぶ大掛かりな魔法は使えないため、これはスードナム制御によるもの。
なお頭上の光の輪と背の羽は、地上から気付かれないようすでに消している。
スードナムは生前何度も空を飛んでいるため慣れているが、セリナはこれが初めて。
地に足が付いていない感覚、髪をなびかせる風、視線と同じ位置にある雲、そして遥か下にある大地。
飛び立ってすぐの頃は耐えていたが、さすがに限界となりスードナムに泣きついていた。
『ふむ、しばし歩くことになるが、よいじゃろう。ほいっと』
「いやあああぁぁぁぁ! おちるーーーーーー!!!」
セリナの意を汲み、スードナムが降下を開始。
だが、角度鋭く頭から急降下となったため、セリナは目に涙を浮かべ絶叫を上げる羽目に。
スードナムが着陸地点に選んだのは、街道から少し離れた位置にある草原。
空を飛び、降りてくる姿を人に見られたくないのがその理由。
みるみるうちに迫ってくる大地に、恐怖のあまり目をつむるセリナ。
スードナムはそんな彼女を他所に、頭を下に向けていた姿勢から反転。
足を地に向ける形にし、減速。
風魔法の応用のため、周囲の草を風ではためかせながらゆっくりと地面に降り立った。
両足が地面に着いたところで体の制御をセリナに返還。
瞳の色も黄色から翠眼へ元に戻る。
瞬間、セリナは膝から崩れ落ちてしまった。
「スーおじいちゃん、これ……禁止」
『おや、空の旅はお気に召さなかったのかのう?』
「嫌! もう絶対にお空は飛ばない!」
風の影響を受け髪はボサボサ、身に着けていたインクの制服も乱れに乱れている。
なにより地に足を付けず身一つで空を飛ぶという恐怖。
少なくとも、セリナにはこれを何度も行おうという気にはさらさらなれなかった。
「でもスーおじいちゃん、あれでよかったの?」
『あれとは?』
「なにもかも全部放り投げるように逃げてきちゃったけど……」
いくら受章の儀で罠にはめられ、追い詰められていたとしてもやりようは他にもあった。
それこそ、スードナムの力をもってすればあの場をやり過ごし、ファリスとラシール、イノたちともちゃんとした別れの挨拶を交わすくらいは出来ただろう。
騎士たちの目を掻い潜り、人気が無くなってからこっそりと抜け出す。
そう言った手段もあったが、スードナムはそれを良しとしなかった。
限界まで追い詰められた場合、セリナの神聖力を見せつけ、飛び立ち離脱する。
これはセリナがラシールに抱えられ、騎士たちからガローラを逃げ回っている最中、スードナムが提案した事なのだ。
その時は切羽詰まっており、詳細な説明がなかったが、ここまでくれば十分時間はあるだろう。
『インパクトがあるのじゃよ。光魔法しか使わぬ子が、天使の輪と光の羽を生やし天高く飛び立つ』
「ふむふむ……」
『それを騎士を含め多くのガローラ市民が目撃しとるじゃろう』
「う~ん、それ何の意味があるの?」
『そうじゃのう、セリナの目の前にそんな子が現れたらなんと思うかの?』
「私の目の前に?」
そうスードナムから問われ、首を傾げるセリナ。
『わしと出会う前の感覚で考えるのじゃ』と補足され、頭の中でイメージする。
孤児院で皆と生活していた時代。
死なないまでも最低限の衣食住、子守唄代わりに聞かされる聖典。
そんな時、輝蝶をまとわせ、天使の輪と光の翼を持った人物が目の前に現れたとしたら……。
「天使さまだと思う」
『じゃろう? おぬしが輝蝶を出した時の騎士らの顔、思い出しただけで笑いが……ほっほっほ』
「うわぁ……」
天使が持つとされる光の輪と翼。
これだけならばまだ誤魔化しも効いただろう。
魔王が人々を欺くため、天使の姿に偽っている、と。
だがしかし、そもそも聖典には「魔王は神聖魔法を使う事が出来ない」という一文が明記されている。
これだけでもセリナが魔王ではない事の証明。
それ以上に問題となるのがスードナムの助言により大量出現させた「光り輝く蝶」だ。
聖典では「輝蝶」とされ、魔を絶ち、心正しき者を救う聖神オリファスの御使いとされている。
魔王ストライトフに対抗する人々の導き手であり、守護精霊としている神話まであるのだ。
そんな「輝蝶」を天使の輪と光の翼と共に使用したセリナ。
しかも、身に着けているのは魔王討伐を掲げるオリファス教会、養成機関インクの特級・特待生の制服。
これでは目撃した人々が「天使が舞い降りた」と誤解するのも無理はない。
「光魔法の練習に使ってた輝蝶がこんな形で役に立ってくれるなんて思わなかった」
『ほっほっほ。世の中そう言うものじゃて』
「う~ん……よく分かんない」
そう言って、周辺に輝蝶を出現させるセリナ。
じつはこの輝蝶、以前水魔法の練習で使用した水龍と同系統のもの。
スードナムは当初、光の鳥を指示したのだが、セリナが「光の蝶々がいい!」と申し出たため輝く蝶に変更。
その後、図書館で読んだ聖典とセリナの話から、輝蝶がオリファス教ではかなり重要な位置にあると知り、何かに活用できると懐で温め続けていたのだ。
「あ、もしかして光の輪と翼を出したのって……」
『もちろん、セリナを天使に仕立て上げるためじゃ』
「……スーおじいちゃん悪い人だ」
『ふぉっふぉっふぉ! 誉め言葉として受け取ろう』
ニコラ司祭から攻撃を受けた事で、セリナが我慢できなくなり防御結界を発動さ、【ライトボール】で反撃したあの場面。
そこでタイミングよく光の輪と光の翼を発生させたのもセリナではなく、スードナム。
目的はもちろん、セリナを天使、神の御使いと周囲に誤解させるため。
しかし、疑問は残る。
「でも……なんでそこまでする必要があったの?」
『ふむ。そうさのう……此度の騒動、先ほどと同じく他者目線で考えてみるが良い』
「他の人の? ……あっ」
スードナムに問われ、第三者として、孤児院に居た頃の感覚で居合わせた場合を考え、はっとするセリナ。
大勢の騎士たちが2人のシスターと幼い女の子を追い詰め、殺す気で神聖魔法を発動。
少女が防御結界で防ぎ、天使の輪と光の翼を表しても「魔王が偽っている」と叫び騎士たちまでもが攻撃。
対する少女は殺傷能力のない魔法と、自らと信徒を守る防御魔法で応戦。
周囲に神の御使いであることを示すかのように大量の輝蝶をひらめかせ、大空へと消える。
その光景はまさに……。
「これ……ニコラ司祭さまと騎士のみんなが天使さまを追い詰めて、言っちゃいけない事言って追い出しちゃったことに……」
『ふぉっふぉっふぉ! よろしい、百点満点じゃ!』
「ええぇーーーーーーっ!」
青空のもと、どこまでも響くような大声で叫ぶセリナ。
そう、これこそがスードナムの狙いである。
身を挺して庇ってくれたシスターたちを守るかのように姿を現した天使様を、司祭と騎士たちが「魔王の生まれ変わり」と断じ攻撃。
天使様は身の潔白を証明するように輝蝶を舞わし、飛び去った。
その構図はどう見ても「オリファス教会が天使様に言いがかりをつけ、追い詰め追放した」である。
「ど、どうしよう、これ大変なことになってるんじゃ……」
『もちろん、大騒動になるじゃろう』
「スーおじいちゃんの悪魔!」
あの現場には一般市民も沢山いたのだ。
当事者であるセリナですら天使と見紛うのだから、市民からすればどこをどう見ても天使である。
そんな天使様を、あろうことかオリファス教会の司祭と騎士が追い詰め、攻撃を仕掛け、追放したのだ。
教会の沽券にかかわる大失態である。
関わった騎士たちは顔面蒼白、市民からも苦情と問い合わせが殺到。
ニコラ司祭も事の重大さに気付き、愕然としている事だろう。
「スーおじいちゃん、なんでこんなに手の込んだことを?」
『……わからんかの?』
「うん。だって私を天使に見立てなくても、逃げられたでしょ?」
『それはじゃな、セリナがあそこに戻れるようにじゃよ』
「えっ、私が?」
スードナムの予想外の回答に、セリナは思わず首をかしげるのだった。
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