第48話 脱出
ニコラ司祭の【ジャッジメントエッジ】。
神聖なる裁きの刃で相手を切り裂くという、高威力、高難易度の神聖魔法である。
この場に【聖魔導士】がいればその練度と精度に見とれてしまうであろう究極の一撃を、ためらいもなく全力で撃ち放った。
回避も防御と無理と判断し、せめてセリナだけはと身を呈して庇ったラシールとファリスに直撃。
衝撃はすさまじく、周囲に炸裂音と強烈な閃光を放ち、爆風で騎士たちをも仰け反らせるほど。
ハンスら騎士たちはその威力から、ニコラ司祭がファリスたちもろともセリナを殺すつもりで放ったものだと確信。
形も残らない、凄惨な結果となる事を覚悟した。
「ニコラ司祭、なんという事を……!」
「相手は魔王です。手加減など出来ません」
「あの子が魔王だという証拠は!?」
「ファリスたちまで巻き込む必要はあったのですか!?」
警告や投降の呼びかけもなく一撃を見舞ったニコラ司祭を、騎士たちは思わず問い詰める。
そもそも騎士たちは逃亡したセリナたちの確保しか命令されていない。
抵抗すれば規則に従い処すしかないが、この人数であれば抑え込むことは容易。
武装解除させ拘束できれば、命まで取ろうなどとは微塵も考えていなかった。
それはラシールが抜刀を躊躇していた事からもうかがえる。
敬虔な信徒である普段の彼女らを知る者たちからすれば、何かあったのだと考えるのが妥当。
少なくとも拘束し話を聞かなければと思っていただけに、ニコラ司祭の凶行は理解できなかった。
「事情は後で説明し……ま……っ!」
「それで私達が納得すると……!?」
騎士たちの糾弾にも表情一つ変える事のなかったニコラ司祭。
立ち込めた土煙が治まってくると、その表情がみるみるうちに青ざめていった。
ハンスら騎士たちが変化に気付き、視線を司祭が向けている先、【ジャッジメントエッジ】が放たれた場所へと向ける。
肉塊が飛び散る目も背けたくなるような状況を覚悟していた騎士たち。
彼らが見たものは血の海ではなく、強固な防御魔法により【ジャッジメントエッジ】を防いだセリナたち3人の姿だった。
「あ……あれ? 生きてる」
「まさか……どうして?」
死を覚悟したファリスとラシールは体内の魔力を高め、自らをセリナを守る盾とした。
万に一つも生存の可能性などなかったはずが、何故か傷どころか服の乱れすらなく生き延びていたのだ。
何故生き残ったのか分からず首を振り周囲を見渡すファリスとラシール。
すると、自分たちが防御結界の中にいる事に気が付いた。
同時に、二人の体の間から、小さな幼子の手が伸びている事に。
「……どうして、こんなことするんですか?」
「ひっ!」
それは間違いなく10代女の子の可愛らしい声だった。
だが、ニコラ司祭や周りの騎士たちにとっては驚愕ものである。
「い、生きている!?」
「ニコラ司祭の【ジャッジメントエッジ】を耐えた!?」
「な、何者なんだあの子は!」
呆然とするファリスとラシールの間から幼いセリナが姿を現し、ニコラ司祭と対峙する形で2人の前へ出る。
「私の【ジャッジメントエッジ】を耐えるなんて……やはり貴女は!」
「ニコラ先生、どうしてこんなことするんですか!」
「魔王め! 【セイントレイピア】!」
ニコラ司祭はセリナの問いかけに応じず、再度攻撃魔法を発動。
空中に複数の光の細剣が現れ、セリナたちに襲い掛かった。
しかし。
「すべて防いだ、だと?」
「嘘だろ、ニコラ司祭だぞ!?」
「おのれ……!」
光の細剣は全てセリナの防御結界の前に弾かれ消滅。
その後も様々な高威力かつ高難易度の攻撃魔法を繰り出すも、防御結界を破れず衝撃音と土煙を巻き起こすばかりだ。
「スーおじいちゃん……」
『いいのかのう?』
「うん」
『分かった。光魔法、出力は5%、最低位魔法で十分じゃ』
幾度も話しかけるも答えは貰えず、ひたすらに攻撃魔法を繰り出してくるニコラ司祭。
この攻撃魔法の数々が、殺すつもりで放たれている事は当事者であるセリナにもよくわかる。
インクであれほど親身になって魔法を教えてくれていたニコラ司祭から、なせこれほどまでの殺意を向けられるのかセリナには分からない。
それもで、このままでは埒が明かないとセリナは対話を断念。
攻撃に打って出る。
「【ライトボール】」
「きゃああぁぁっ!」
セリナが使用したのは、神聖魔法の初歩である【ライトボール】。
光を放つ球体を発生させるだけの非殺傷魔法だ。
セリナはこれを防御結界を維持したまま発生させ、ニコラ司祭へ向け投げつけた。
力も腰も入っていない、手で払うかのように投げ出された【ライトボール】。
しかしそれはニコラ司祭がこれまで放ってきた全ての魔法よりも高速で飛翔。
防御姿勢すら取る事の出来なかったニコラ司祭に直撃。
衝撃で大きく後方へ吹き飛び、構えていた騎士たちに激突し、もろとも地面に倒れ込む。
「なんだ、今の!」
「攻撃魔法?」
「いや待て、今【ライトボール】って……」
吹き飛び倒れ込んだニコラ司祭を抱き起こすハンス。
幸い司祭に外傷はないようだが、あの猛攻の中反撃を見せたセリナに騎士たちは警戒感をあらわにする。
さらに。
「お、おいあの姿は……」
「嘘だろ」
「おいおいおい……」
「天使……様……?」
事態が呑み込めず、圧倒され呆然とする騎士たち。
そんな彼らが見たものは、頭上に光の輪を出現させ、背に光の翼を生やしたセリナだった。
その姿は聖典やおとぎ話で幾度となく語られる神の御使い、天使そのもの。
「だ、騙されてはいけません! あれは魔王が天使様に姿を偽ったもの!」
「は……?」
「いや、しかし……」
「何をしているのですか! あなた方も見たでしょう? 私の攻撃魔法を防ぎ、初歩魔法の一撃で私をひれ伏させた異常な力を!」
騎士たちはおろか、そばにいるファリスとラシールですらこの状況が理解できずにいた。
セリナはこれまで日常でも授業でも、これほど強力な神聖魔法は使ってこなかった。
使用すれば命を狙われる危険があった事と、今までの日常が激変してしまう事を恐れたため。
もともとの神聖力が高く、内にスードナムという師がいるセリナの魔法学習速度は通常の生徒のそれをはるかに凌駕している。
人前でこれらを使えばなぜ使用できるのか問い詰められ、イノたちと机を共にして生活できなくなってしまうだろう。
だからこそ、人前で使用するのはインクで習った魔法と、同世代と同程度の威力にとどめてきたのだ。
それ故、ニコラ司祭の言葉に信憑性が生まれてしまった。
「今ならまだ間に合います! 魔王が完全に復活する前に、私達の手で!」
「ま、魔王……!」
「そんな……」
「初歩魔法ですらこの威力、魔王が本気を出したら街が……世界が滅んでしまいます! だから、今ここで!」
セリナの姿を見て天使や神の御使いだと感じる者もいた。
だが、同時に自分から、否、常識から逸脱した力に恐怖する者がいたのもまた事実。
そういった者に、ニコラ司祭の言葉は強く響いた。
目の前の幼子は異常である。
……本来美しい天使様の姿のはずなのに、恐怖しか感じない。
…………何故?
………………あの子が魔王の生まれ変わり?
……………………魔王の復活は、なんとしてでも阻止しなければならない。
今ならまだ……間に合う。
「う、うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「馬鹿、お前ら!」
「わああぁぁぁぁぁ!!!」
ニコラ司祭の言葉に同調した騎士数名が抜剣。
ハンスの制止も聞かず、声を上げセリナへと襲い掛かる。
『輝蝶を使うのじゃ』
「うん!」
瞬間、辺り一面に光り輝く蝶が大量に出現した。
この蝶にはもちろん殺傷能力などはなく、本物のようにひらひらと宙を舞うのみ。
しかし、セリナたちの周辺を埋め尽くすように突如出現した輝蝶に騎士たちは驚き、足を止める。
その表情は愕然。
絶対にありえない事だと完全に動きを止めていた。
「輝……蝶……」
「そんな……神話の通りじゃないか……」
「神よ……おいでになられたのですか……?」
それはセリナに突撃を仕掛けた騎士だけではなく、後方に布陣していた騎士たちも同様だ。
攻撃の手が止んだのを確認したセリナは、完全に呆けているファリスとラシールに向き返ると、視線を合わせるように腰を落とした。
「ファリスさま、ラシールさま、守ってくれてありがとうございました」
「あ……」
「セリ……ナ?」
2人に感謝の言葉を述べると、視線を合わせたまま立ち上がる。
そのまま数歩後退すると、セリナの体がふわりと宙に浮く。
「イノたちに、よろしく伝えてください」
「え……?」
「まさか、駄目っ!」
目じりに涙を浮かべながら、それでも必死に笑顔を作るセリナ。
分かっていた、こうすることも決めていた。
だが、それでも別れは辛く、涙をこらえる事が出来なかった。
雰囲気から何かを察したファリスとラシールが止めようと身を動かした瞬間。
セリナの体がほのかに光輝き、瞳の色が翠眼から黄色へと変化した。
……そして。
「ごめんなさい、さようなら」
別れの言葉と光の軌跡を残し、雲一つない青空へと飛び立ったのだった。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
1章はここまでとなります。
たくさんの応援とレビュー、本当にありがとうございます!
次話から2章スタート。
大空へと旅たったセリナが向かった先は……?
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