第47話 対峙
トーマス司教の策にはまり、連行されていたセリナを救出したファリスとラシール。
騎士たちの相手を仲間に任せ、セリナを担ぎインクからの脱出を試みていた。
「ファリス、そっちは?」
「大丈夫、誰もいないわ」
「よし、急ぎましょう」
受章の儀はセリナが最後だった。
【無紋】となったことで多少ごたつくと思われるが、終了するのはそう遅くはないだろう。
トーマス司教がセリナ逃亡の一報を聞けば警備が強化され、追手がかかるのは間違いない。
その時インク内部に居ては逃げ場がないのだ。
セリナ最大の味方であるマルク司教が帰ってくるにはまだ数日かかる。
インク内部ではファリスたちの立場上、トーマス司教には太刀打ちできない。
「セリナ、これからガローラ市内にあるマルク司教様のセーフハウスに行きます」
「もう少しの間我慢してね」
「はい、ラシールさま、ファリスさま」
ラシールは戦闘も考慮しており、簡単な皮鎧を装備。
セリナはそんなラシールにだっこされる形で抱えられており、走るたびに鎧の硬さが伝わってくる。
ラシールはその事を気にしているようだが、セリナそんな気遣いを知って微笑で返した。
人気のない廊下を最大限警戒しながら小走りで進む一行。
時折ファリスたちの仲間、いわゆるマルク司教派と思わしき人たちの助力も得て、ついにインクの正門まで来る事が出来た。
「よし、ここまでくれば……」
「いたぞ、こっちだ!」
「そこの2人、止まれ!」
「しまった!」
「急ぎましょう!」
校門周辺が開けていたことが災いした。
校舎から騎士が数名姿を現し、大声を上げ駈け寄ってくる。
ファリスたちはこの声を当然無視。
騎士はトーマス司教派の手の者ではなく、ただの守衛騎士。
セリナの逃亡が発覚し、捉えるよう指示が出ているのだろう。
ファリスとセリナを抱えたラシールがインクの外に出るのと同時。
鐘の音が響き渡る。
普段は予鈴に使われている鐘だが、鳴らし方のパターンにより警鐘の意味も持つ。
今ならされているパターンは『非常事態発生』。
これによりガローラにいるオリファス教会の騎士はすぐさま警戒体制を敷き、隊長クラスには所持している魔道具により詳細が知らされる。
その内容は簡単に予想が出来る。
『セリナを捉えろ』だ。
「思ったよりトーマス司教派の動きが早い……!」
「時間稼ぎは上手くいきませんでしたか」
予定ではこの警鐘が鳴る頃にはセーフハウスにかなり近づいているはずだった。
一度セーフハウスに入ってしまえば、マルク司教の名を使い騎士の立ち入りを制限。
司教が戻ってくるまでの時間を稼ぐ算段を建てていた、のだが。
「とにかく急ぐしかないわ。ファリス、着いて来てよ?」
「私だってインクの一等生卒なんだから!」
【武僧】の紋章の力を使い走るラシール。
ファリスの紋章は【回復術士】だが、それでもラシールに置いて行かれないよう必死に走る。
人々の間を抜け、表通りから裏路地、また表通り。
オリファス教会の騎士を見かけたらルートを変え。
息を切らしながら、セーフハウスを目指す。
……しかし。
「駄目、騎士がいる」
「先回りされてる?」
「おそらく。私達が逃げ込むのはそこしかないってバレてるわね」
セーフハウスに近付けば近付くほど騎士の数が増え、移動ルートが限られてゆく。
知恵の回るトーマス司教の事、ファリスたちの逃げ込むだろうと思われる場所に騎士を配置しているのだろう。
「見つけたぞ!」
「ファリス、ラシール、動くな!」
「しまった!」
「っ、逃げましょう!」
どうしたらいいか考えているうちに付近を探索していた騎士に見つかってしまう。
もはやここまでと、2人は騎士たちの目を気にすることなく走りやすい大通りに抜け、走る。
騎士たちは当然追ってくる。
皆ファリスたちとは顔なじみであり、インクで同期だった者の姿もある。
その為、騎士たちも抜刀や攻撃魔法などは使用してこず、声で制止を呼びかけるのみ。
強く出てこないのであれば、そのまま逃げきれるかとも考えた、のだが。
「2人とも、止まれ!」
「しまった!」
「挟まれた……!」
前方から人をかき分け、オリファス教会のエンブレムを付けた騎士が現れ、道を塞がれてしまった。
背後からは騎士が迫って来ており、脇道にも逃げられそうにない。
「その子の捕縛命令が出ている、こちらへ引き渡してくれ!」
「嫌です!」
「セリナをトーマス司教に渡したらどうなると思ってるんですか!」
「このままだと君達も罪に問われてしまうぞ!」
セリナを必死に守るラシール達も必死だが、騎士たちも困惑した表情で説得に当たっている。
そこには2年前、地すべりに巻き込まれたセリナ救出の時にもいたハンス・オリバーの姿もあった。
彼らとしても見知ったラシール達を乱暴に扱うことなどしたくないのだ。
「くっ!」
「ラシール、抜くな! 抜くとこちらも抜剣せざるを得なくなる!」
「こちらの人数を見ろ! 俺達にお前を切らせる気か!」
「ううっ……!」
セリナを逃がそうと、一縷の望みをかけ剣を掴むラシール。
だが、その剣を抜けば「相手に敵意あり」と騎士たちも抜刀、強硬手段に出ざるを得なくなる。
軽装のラシールたち2人と、完全装備十数名の騎士。
どうなるかなど火を見るより明らかだ。
だが、それでも何とかしなければとラシールが覚悟を決めて剣を抜きかけた、その時。
「何をしているのですか」
「ニコラ司祭殿!?」
「どうしてここへ?」
人込みとハンスら騎士たちをかき分け、ニコラ司祭が姿を現したのだ。
「ラシール、ファリス。その子をこちらへ」
「何度言われても嫌です!」
「セリナは御子です。あなた方には……!」
「御子? ……その子が? なにを言っているのですか?」
瞬間、ニコラ司祭の表情が歪む。
「セリナは忌み子です。神から何の紋章も与えられなかった、魔王の生まれ変わり」
「何を!」
「あなた達が勝手に言っているだけじゃないですか!」
「そちらこそ! その子の神聖力がおかしいと思わないのですか!」
まるで化け物でも見るかのような視線をセリナに向けるニコラ司祭。
今までため込んでいたものを吐き出すように、語気を強くして叫ぶ。
「聖女アリアナを超える神聖力などありえません! 教えた事を一瞬で理解し、教えていない火の魔法まで自分で使うなど、なんとおぞましい!」
「それは貴方の解釈ではないですか!」
「その子が【無紋】となったことが何よりの証。主が定められた理の外にいる異端者。魔王ストライトフ……!」
「勝手な……!」
「では……目を覚まさせて差し上げます」
長年インクで教師として勤めてきたニコラ司祭。
そのニコラ司祭にとって、セリナは異端だった。
幼子にはありえない神聖力、吸収の早さ、教えていない魔法すら使いこなすセンス。
全てにおいて常識外れという事実は、畏怖の対象となった。
そして恐怖のあまり、ついにはセリナを受け入れる事を拒否したのだろう。
トーマス司教の魔王ストライトフの生まれ変わりという言葉を心の安定のために受け入れ、信じ込んだ。
そしていつしかセリナへの畏怖は殺意となった。
「ニコラ司祭殿!?」
「本気ですか!?」
「魔王の復活は、ここで阻止しなければ!」
呪文を唱え、魔力を高めてゆくニコラ司祭。
彼女にとってこれは正義の執行であり、800年前魔王を逃した先人達の悲願を今ここで討つ。
「滅びなさい【ジャッジメントエッジ】!」
かつては【聖魔導士】の紋章で聖魔導騎士団で名をはせたニコラ司祭。
幾多の魔物を屠ってきた裁きの刃を今、手加減なし、全力でセリナに向け放つ。
「ファリス!」
「駄目ッ、セリナを!」
ラシールがファリスの名を呼ぶも、ファリスは防御不可を瞬時に察した。
【聖魔導士】の放つ高威力魔法は同格の【聖魔導士】かそれ以上の紋章でなければ防げない。
鍛錬を怠っている相手であれば、ファリスにもまだやりようはあった。
だが、【ジャッジメントエッジ】を放ったのはインクで教員を務めるニコラ司祭。
【武僧】のラシールと【回復術士】のファリス、そして【無紋】のセリナには止める術などない。
ファリスの意図をすぐさま理解したラシールがセリナを庇い、ファリスも2人に覆いかぶさった瞬間。
ニコラ司祭の放った【ジャッジメントエッジ】が、3人に直撃した。
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