第46話 受章の儀Ⅲ


 イノハートという新たな【聖女】誕生に沸き立った大聖堂。

 歓喜の声と拍手がようやく落ち着いた時、トーマス司教はセリナの名を口にする。


 すると、それまで熱気に満ちていた大聖堂の雰囲気が一転。

 ザワザワとした異様な物に変わってゆく。


 受章の儀は成績順であり、基本的に世代の名となった子が最後となる。

 過去にはインクに入った後に頭角を現し、主席の座を世代の名となった子から奪う事もあるが、それも名貴族の子がほとんど。


 セリナのように平民出の子が最後に来るというのはあり得ない。

 通例に従うならば、イノ、パベル、ルフジオたち前なのだ。


 それでもセリナが最後となったのは膨大な神聖力と成績から。

 世代主任であるマルク司教が、どうしても最後にと多方面を説得して取り計らったのだ。


「いよいよ最後だな、セリナ!」

「僕たちが大丈夫だったんだ、君も大丈夫だよ」

「胸を張って行ってきてくださいまし!」

「うん。行ってくるね」


 そんな周りの雰囲気を他所に、イノたちは威勢よくセリナを送り出した。

 目標としていた紋章を授った自分達よりも高い神聖力を持つセリナ。

 彼女が高位の紋章を受章することは疑うまでもない事であり、もしかしたら誰も知らない新たなる紋章を授かるかもしれないという期待もあった。


 そう興奮気味に送り出したのだが。


「あれ、なんか様子がおかしくないか?」

「僕たち貴族家の後だから気後れしたのかな?」

「だ、大丈夫ですわ。セリナなんですから!」


 授章を終えたみんなを笑顔で出迎えてくれた時とは違い、明らかに元気がない。

 まるで作り笑い、どこか寂しさすら漂わせるその姿に、一抹の不安さえ覚えるイノたち。


 セリナはそんな彼女たちに背を向け、トーマス司教の待つ祭壇へと足を進めた。


「遅い。早くしなさい」

「はい。あの、それは?」

「君は以前、測定器具を壊しただろう? 石板は貴重なのでな。対策を施したものに交換する」

「……なるほど」


 挨拶を行い祭壇へ上ると、教員らが置いてあった石板を交換していた。

 トーマス司教によると測定器具を破壊する程の神聖力を持つセリナに対応した物なのだという。


 測定器具を破壊したことは事実のため、セリナも疑いは持たず、そのまま交換された石板の前まで移動する。

 石板は祭壇の中央、大聖堂を一望できる場所にあり、イノたちや他生徒、保護者らの視線が向けられていた。


 しかし、セリナにはその視線を気にする余裕はない。

 この石板に触れれば、全てが動き出すのだから。


『不安かの?』

(……ううん、自分で決めた事だから)


 スードナムの声に、セリナが答える。

 息を吐き、集中するようなしぐさを見せるセリナに、わずかにざわつく大聖堂。

 そして、しびれを切らしたかのようにトーマス司教が声をかけてくる。


「早くしろ。紋章を授かるのが嫌なのか?」

「いえ、そんなことは……」

「ならばとっととやれ」


 威圧的な言い方をしてくるトーマス司教に、嫌悪感を抱くセリナ。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないと、覚悟を決めて石板に触れる。


『む……?』

(どうしたの、スーおじいちゃん)


 スードナムが何かに気付いたような声を発するのと同時に、石板が今までと同じく光を放ち始める。

 予定では、これがエンブレムシステムなのかどうかスードナムが確かめる手はずなのだが。


 石板がいくら輝こうとも、セリナの手に紋章が現れる事も、スードナムが判定を下すこともなかった。

 それどころか……。


『やはり、謀られたか』

(えっ?)

『罠じゃ』

(えぇっ!?)


 石板の放つ光が弱くなってきたと思った瞬間。

 なんと石板がボロボロと崩れ落ちたのである。


 それは大聖堂にいる人々からも見えており、皆驚きと恐怖のあまり騒然となった。


「貴様!」

「いたっ!」


 目の前で石板が崩れるという事態に茫然としていると、背後より叫び声が聞こえ、乱暴に手を取られる。

 突然の事にセリナが痛みをこらえながら慌てて振り返ると。

 そこには悪魔の様な邪悪な笑みを浮かべるトーマス司教の姿があった。


「この者は神より紋章を与えられなかった! 【無紋】である!」


 トーマス司教が取ったセリナの手。

 それは先ほどまで石板に触れていた手であり、そこには紋章など刻まれていなかった。


 トーマス司教はそれをこの場に居る人すべてに見せつけるかの如く突き上げ、セリナの【無紋】を宣言する。


「セリナ!」

「セリナに何をするんですか!」

「トーマス司教様、手を放してくださいませ!」


 紋章の石板が崩れ、触れた者が【無紋】となる前代未聞の事態に騒然となる大聖堂。

 そんな中、最前列に居たイノたちがトーマス司教に掴まれたセリナを助けるべく動き出す。

 しかし、祭壇に上がる前に教員たちによって阻まれてしまう。


「この者の【無紋】は明らかである! 処分は追って下す。騎士よ、連れていけ!」


 そこまで叫ぶと、トーマス司教はセリナの手を放す。

 だが、すぐさまどこからともなく現れた騎士に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。


「セリナ!」

「くそっ、なんなんですか!」

「セリナ、セリナ!」

「み、みんな……!」


 そのまま祭壇を降り、大聖堂から連れ出されてしまうセリナ。

 後ろではルフジオ、パベル、イノが教師たちに抑えられながら必死にセリナへと声をかけ続けていたのであった。



―――――――――――――――――――――――


 四方を武装した騎士に囲まれ、セリナはほとんど身動きが取れないまま大聖堂からインクへと移動。

 無言で廊下を歩いていた。


 そんな中、セリナは状況が今一つ掴み切れず、たまらずスードナムに助言を求めた。


(ねぇ、スーおじいちゃん、これってどういうことなのかな?)

『あの石板は偽物じゃよ』

(偽物!?)

『あれには紋章を刻むような仕組みはない。魔力を流すと崩れ去る仕掛けが施してあった』

(えぇっ!?)


 無言のまま、驚きを露わにするセリナ。

 もともと紋章を刻む気はなく【無紋】になる事は決まっていた。

 だが、石板が崩れるとは思ってもみなかった。


 しかし、スードナムによればそうなるよう仕組まれた罠だったという。


『石板を交換するというのはおかしいと思ったんじゃがな』

(そうなの?)

『セリナに紋章を得られると都合が悪かったのじゃろう』

(それって……)

『うむ、郊外授業でセリナたちを襲った連中じゃろな』


 郊外授業でセリナたちがミノタウロスに襲われた事件。

 仕掛けがかなり大掛かりな物だったことから、セリナを危険視する組織があると推測していた。


 あの一件以後、特に事もなかったのだが、まさか授章の儀で仕掛けてこようとは。


(まって、スーおじいちゃん。じゃあ、私を嫌ってる人たちの代表って、もしかして……)

『トーマス司教じゃろう』

(司教様が……)


 それはセリナにとって衝撃の事実であった。

 本来であれば世代主任のマルク司教が務めるはずだった、受章の儀の進行役。

 それが突如トーマス司教になり、授章直前で細工が施してある石板に変えられた。


 これが仕組まれたことであるなら、黒幕は先の事件を含め全てを手回しできるトーマス司教の他に居ない。


(じゃあ、この騎士様達も……)

『トーマス司教の息のかかったものじゃろうて』


 セリナとしても、石板が崩れてからのトーマス司教の動きは疑問が残る。

 石板が崩れ去るとすぐにセリナの手を取り、【無紋】を宣言。

 待機していたかのように騎士たちが現れ、連れて行くよう仕向けられた。

 まるで、石板が崩れるのが分かっていたかのように。


 そう考えれば、この騎士たちはトーマス司教の手の者達に間違いないだろう。

 郊外授業で自分を殺そうとした、トーマス司教の。


(わ、私、どうなっちゃうのかな……) 

『ほっほっほ。そう心配することもなかろうて』

(えっ?)

『ほうら、来たようじゃぞ』


 連れていかれた先で何が待ち受けているのか。

 一度殺されかけただけに、恐怖に包まれてしまう。


 だが、スードナムはこれを危機とは感じていない様子。

 普段通り飄々とセリナに心配ないと語りかけた、次の瞬間。


 天井から、石柱の影から、はては真横の扉をつき破り。

 四方からセリナを囲む騎士へ向け、数名が襲い掛かったのだ。


「ぐはっ!」

「貴様ら! がはっ!」

「何のつもりだ!」

「お前らこそ何をしているのか分かっているのか!?」

「目を覚ませ!」

「はにゃあぁ!?」


 いきなりの事態に、動けなくなってしまうセリナ。

 襲い掛かったのはセリナを囲っていた騎士と同じ人数であり、奇襲の甲斐あってセリナへの注意が外れてゆく。


「セリナ!」

「ラシールさま!」

「セリナ、遅くなってごめんなさい!」

「ファリスさま!」

「こっちへ!」

「はい!」


 そこへ駆けて来たのはラシールとファリス。

 奇襲をかけた者たちが騎士と対峙している間にラシールがセリナを担ぎ、この場から離れて行くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る