第42話 追放計画


 生徒も教師も姿がほとんど見えなくなったインクの校舎。

 その廊下を、トーマス司教が歩いていた。


 夕刻となり、薄暗くなった廊下を歩くトーマス司教。

 ある扉の前で足を止め、ドアをノック。

 中から帰ってきた声と一言二言言葉を交わすと、内側から扉が開かれた。


「お待ちしておりました、トーマス司教様」

「遅くなった。皆はもう集まっているか?」

「はい。揃っておりますわ」


 扉を開け、トーマス司教を招き入れたのはセリナたちの神聖魔法指導担当教員であるニコラ司祭だった。

 部屋の中には彼女以外にも多数の人物がおり、皆深刻そうな表情のままトーマス司教を迎えていた。


「首尾はどうだ?」

「……駄目です。守りが硬く近づけません」

「もう受章の儀まで時間がないというのに」

「おぉ、神よ……」


 集まった者たちインクの教員やオリファス教会の人間だが、性別、年齢など多種多様。

 それでもこれだけの人数が集まったのには、当然理由がある。


「あの忌み子を何とかできないのか?」

「このままではインクはおろか、教会が乗っ取られてしまうぞ」

「あの子は……セリナは日々神聖力を高めています。もはやインクに彼女を抑えられる者はいません」


 そう、この場に居るのは皆トーマス司教が声をかけた、セリナを魔王の生まれ変わりと信じ危険視する者たち。

 世代主任のマルク司教がセリナを御子として扱っているため、トーマス司教を筆頭としたグループはこうして人目を避けるように会合を行っている。


「そもそも、あの忌み子は郊外授業の時に始末する手はずだったはずだ」

「聖者殺しの牛頭人を使ったとも聞いたぞ。何故まだ生きている?」

「そ、それは……」

「よい、私が話そう」


 郊外授業でセリナが罠にはめられ、巻き込まれたイノたちごとミノタウロスに襲われた事件。

 あれを仕組んだのが何を隠そう、トーマス司教だったのだ。


 始まりは1年ほど前、セリナが魔王ストライトフの生まれ変わりではないかと疑ったあの日。

 魔王復活を阻止するためトーマス司教は行動を開始した。


 セリナを危険視する同胞を集めつつ、セリナが本当に魔王の生まれ変わりか確かめる日々。

 結論から言えば、セリナが魔王ストライトフの生まれ変わりという物的証拠は何も出てこなかった。


 だが、今までの生徒からはあり得ないレベルでの習熟の速さ。

 品行方正で己の神聖力におごることなく、常に礼儀正しく。


 インクでの生活に怪しい所など一つもなかった。

 否、無さ過ぎたのだ。


 長年インクで教鞭を取ってきたトーマス司教やニコラ司祭には、それこそ異様なものとして映っていたのである。

 10歳そこそこ、家を出てきたばかりの子供たち。

 わがままを言ったり、失敗したり、泣いたりするのが当然だ。


 が、セリナにはそれらが一切ない。

 それこそ、常に隣に保護者か教導者がいるかのような振る舞いを続けていた。


 それは同世代からかけ離れた神聖力と合わさり、彼女の異常さを一層引き立てている。

 まるで、幼い子供の身なりでありながら、数十年と生きた人の様に。


 以上の事から、トーマス司教らは状況証拠でセリナを魔王の生まれ変わりと断定した。

 人の子として生まれ変わり、世界を再び自らの手に収めんとインクに潜り込んだのだ、と。


 そして自らのツテを使い、異端者狩りを得意とするギフディ・オプスを動かした。

 目的はもちろんセリナの暗殺。


 いくら強大な神聖力を持っていようとも、まだ幼い子供。

 闇に堕ちた暗黒魔術士や、異端に走った神聖魔導士を相手に戦うことを専門とするギフディ・オプスであれば、粛清は可能と読んだのだ。

 日ごろからセリナの魔法を見ているニコラ司祭の報告を参考に、神聖魔導士対策を施したミノタウロスを差し向ける念の入れよう。


 実行するのは郊外授業のキャンプ。

 ニコラ司祭が馬車の不具合を世代主任のマルク司教に申し出て注意を逸らし。

 その隙にセリナをキガソクに誘い出させ、結界を張り逃げられないようにした上でミノタウロスを放つ。

 これならば如何に魔王の生まれ変わりであろうとも、確実に殺すことができるはずだ。


 ところが、セリナは殺されるどころか逆にミノタウロスを屠って見せたのである。


 返討ちにされたことは、ミノタウロスを操っていたギフディ・オプスの人間が反応を失った事と、結界が消滅した事ですぐに把握した。

 すぐさま状況を確認するべく動いたのだが、現場は既にマルク司教配下の者に抑えられており詳細不明。


 ニコラ司祭にも詳細は伝わってこず、セリナたちは森で迷ったところを猪に襲われたという事で片付けられてしまった。


 ならばと再度暗殺計画を練るも、セリナの周りを正規の騎士団員で固められてしまい、タイミングがつかめない。

 何度か隙を見てギフディ・オプスの人間は仕掛けたが、全員行方不明になるという始末。

 今では近づく事すら不可能になりつつあった。


 今に至るまでの経緯をトーマス司教に説明され、部屋は重い空気に包まれた。


「ギフディ・オプスの人間でも無理だというのか?」

「やはりかの者は魔王を宿した忌み子であるな」

「しかし、ならばどうする?」

「もし受章の儀で【聖女】の紋章を授かってしまえばいよいよ打つ手が無くなるぞ」

「イノハート世代は歴代でも最高の才能揃いだという。このままでは……」


 セリナたちの成績表と、紋章の判定はインク関係者であれば誰でも見れるため既にここに居る全員が目を通している。

 もし判定通りセリナが【聖女】の紋章を授かった場合。

 トーマス司教らがいくら「魔王の生まれ変わりだ」と騒いでも「神が【聖女】であると認めた者が魔王の訳がない」と返されるだろう。


 むしろ【聖女】の紋章を手にした事でマルク司教派がさらに勢いづき、手が付けられなくなる。

 トーマス司教派にとっては、セリナが紋章を授かるまでが勝負なのだ。


 セリナが【聖女】の紋章を得たとしても、それは神の意志ではなく魔の力で強引に奪ったものに違いない。

 全能なるオリファス神が正しく裁定をくだすことを願うが、セリナのおぞましい程に高い神聖力の前には不安がぬぐえない。


 暗雲立ち込めるトーマス司教派の面々。

 そこに、トーマス司教は頬に笑みを浮かべながら不安が隠せない者たちへ向け語りかけた。


「問題ない。策はある」

「ほ、本当ですか!?」

「この状況を打破できる秘策が?」

「うむ。この策を用いれば合法的にあやつを追い出し、倒すことが可能だ」


 トーマス司教の言葉に、希望の光を目に宿す一同。

 セリナをインク退学にする事が出来れば、当然マルク司教のガードが外れるのは間違いない。

 そうなればギフディ・オプスが動きやすくなり、魔王の復活を阻止することも出来るだろう。


「ですが司教様、一体どうやって?」

「インクの校則にある【無紋】は退学とする、を使う」

「セリナを【無紋】に?」

「そんなことが可能なのですか?」


 セリナの成績はインクの長い歴史を見ても最上位。

 まかり間違っても【無紋】となるようなものではない。


 だが、トーマス司教の表情は明るい。


「特殊な石板を用意した。紋章の石板に酷似しているが、神聖力を流すと崩れる仕掛けになっている」

「なんと……!」

「そんな事が……」

「しかし、石板をどうやってすり替えるのです?」

「受章の儀の立ち合いはマルク司教様です。そのような隙は……」


 受章の儀は世代全員を大聖堂に集め行われる。

 紋章の石板は祭壇に置かれ、名前を呼ばれた三等生から順に石板に触れ、手に紋章を刻んでゆく。


 立ち合いもオリファス教会の幹部やインクの世代担当者であり、石板をすり替えたりする隙などないように見える。

 それでも、トーマス司教は表情を崩さない。


「マルク司教は当日急用が出来て立ち会えん。石板はセリナが儀式を行う寸前に入れ替える」


 セリナは以前神聖力検査の時機器を壊してしまった事がある。

 2年近くたった今では当時より神聖力も上がっており、その上昇は留まるところを知らない。


 今回はそれを逆手に取り、セリナの直前で「石板が壊れる恐れがある」と入れ替えるのだ。

 これならば違和感なく細工の仕掛けてある石板をセリナに使わせ【無紋】とする事が可能。


 万全を期すため、裏で手を回し世代担当であるマルク司教を当日受章の儀から遠ざける。

 代わりにトーマス司教が表に立ち、儀式を仕切る算段だ。


「さ、さすがトーマス司教様!」

「よもやそこまで綿密な策を練られていらっしゃるとは……」

「これならばあの忌み子を追い出すこともかないましょう」

「あやつを【無紋】としたらならばこちらのものだ。捕らえ、裁きにかける」


 暗がりの中、トーマス司教の目が妖しく光る。

 石板が崩れた直後、セリナを【無紋】としマルク司教の手が入る前にセリナを拘束。


 校則に則り退学処分とし、拘束したまま街はずれまで移動させたのち、待機させていたギフディ・オプスと共に襲い掛かるのだ。


「やれます、これならば!」

「神よ、我らが魔王に引導を渡します」

「800年前に刺せなかったトドメ、今こそ……!」

「これが最後のチャンスだ。魔王の生まれ変わりを世に放つわけにはいかん。頼んだぞ」

「はい!」

「任せてください、トーマス司教様」


 こうして、受章の儀当日の段取りを決めてゆくトーマス司教派の面々。

 その表情は、魔王の復活を確実に阻止するため、全てを賭す覚悟を決めたものだった。

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