第37話 事情聴取


 セリナたちがキャンプをしている森の一角。

 キャンプ道具を運んできた多数の馬車を止めている薄暗い区画にマルク司教の姿があった。

 彼の横にはファリスとラシールがおり、司教と対面する形でキガソクが立っている。


「……それでは何も話せぬというのだな?」

「はい」

「この私が話せと言っても?」

「はい。もう行っていいですか?」

「……分かった。下がりなさい」

「失礼します」


 頬を腫らし、不機嫌を隠そうともしないキガソク。

 マルク司教が行っていたのはセリナ達が襲われた事件の事情聴取だ。


 キガソクが担当班から抜け出し、セリナを森の中へ誘い出したのは複数の生徒から確認が取れている。

 その先に凶悪な罠が仕掛けてあったことから、誘い出した彼が事情を知っていると推測。


 いつの間にかキャンプに戻っていたキガソクを呼び出し、聴取したのだ。


 にもかかわらず、ルフジオに殴られたことで明らかに苛立っているキガソク。

 ファリスとラシール立ち合いにもかかわらず太々しい態度のまま、マルク司教の問いかけに淡々と答えてゆく。


 だが、肝心の誘い出した理由は話そうとしなかったのだ。

 罠があったのを知っていたか、という問いに関しても答えない。


 その後もいくつか問いかけるも、核心を突くような回答は得られなかった。

 世代担当であるマルク司教に対し、悪びれた様子もない。


 あまりの態度の悪さにファリスが顔をしかめ、ラシールが血管を浮かべ始めるが、それでも態度が変わる事はなく。

 結局、キガソクの方から聴取を打ち切り、張れた頬を抑えたままキャンプの方へと帰っていった。


 向かっているのは回復術士のいる救護テント。

 おそらく殴られた所を治してもらうつもりなのだろう。


「司教様、よろしいのですか?」

「かまわん。あの様子では拷問にでもかけねば話さぬだろう」

「ですが……」


 去ってゆくキガソクを表情ひとつ変えず、眺めているだけのマルク司教。

 ゆっくりとファリスが近づき声をかけた。


「大体の見当はついている。ファリスたちが見た斧には四つ腕で武器をもつ天使が描かれていたのだろう?」

「はい……」

「では間違いなくギフディ・オプスだろう」

「ですが……!」


 ファリスたちがセリナたちを探しに行ったとき、地面に刺さっていた斧。

 そこに描かれていた紋章を、彼女たちはしっかりと覚えていた。


 『四つの腕を持ち、それぞれ剣、斧、槍、杖を持った天使』。

 これはオリファス教会で裏の仕事を専門で扱うギフディ・オプスの紋章だ。


 そのギフディ・オプスが背後にいるのであれば、大掛かりな仕掛けを施した罠を用意することなど容易。

 キガソクのあの態度も納得が出来る。

 

「……半年ほど前から、教会内で不穏分子が暗躍しておる」

「不穏分子?」

「セリナを神の御子ではなく、魔王ストライトフの生まれ変わりとする者たちだ」

「そんな……!」

「セリナはありえませんよ!」


 心配そうな表情をするファリスに告げた言葉に、ファリスはおろかラシールまでもが激しく反応を示す。


「あんな優しい子が、魔王の生まれ変わりのはずがありません」

「司教様、一体どういう事なんですか?」

「少数ではあるが、セリナの持つ膨大な神聖力を危険視する者が現れ始めたのだよ」


 インクの入校時神聖力、歴代最高記録を大きく超える数値を叩き出したセリナ。

 その数値があまりに人並み外れていたため、危険視した者が出たのだ。

 さらに「あんな人外な数値を出すなど、魔王の生まれ変わりに決まっている」と周囲に吹き回り、マルク司教やセリナと敵対する勢力を作り始めているという。


 敵対勢力は普段のセリナの振る舞いを「全て魔王が教会に入り込むための策略」と決めつけ、魔王の生まれ変わりと信じて疑わない。

 これまで直接的な行動をとって来ず、勢力としても小さかったため、注意するだけに留めていた。


 それが、まさかギフディ・オプスまで動かし暗殺を仕掛けてくるとは。


「これほど大胆に仕掛けてくるのには驚いたが、敵の陣容も見えた」

「司教様、敵の陣容とは……?」

「なに、いくらインクと言えども、ギフディ・オプスを直接動かせる人物はそう多くない」


 オリファス教会の暗部であるギフディ・オプス。

 その力は強く、表向きの最強格ペロテネフ騎士団にも引けを取らないといわれている。


 それだけに、ギフディ・オプスを動かすには数多くの制約が設けられ、私怨では動かせないようになっているのだ。

 だが、今回のセリナ暗殺にはギフディ・オプスが使われた。


 これの意味するところは……。


「敵対勢力のトップはギフディ・オプスにパイプを持つ人物だ」

「インクにそのような方が……?」

「インクもオリファス教会の数多い下部組織の一つ。そうした経歴をもつ者もいるのだよ」


 オリファス教会で司教の地位に就くマルク司教は、何か分かったかのように髭を触りながら何度か頷く。

 対し、教会では末席の修道女(シスター)であるファリス、ラシールは首をかしげるばかりだ。


「ファリス、ラシール。これからはセリナから目を離さぬよう」

「分かりました」

「この命に代えても」

「今回の執行者は相当に強力な物だった。二人とも、心しておくように」

「あぁ……神よ……」

「タルトリオーネ様、どうかセリナをお護りください……」


 ファリスとラシールの覚悟を決めた表情に、マルク司教も真剣な顔で返す。


 『執行者』とは、ギフディ・オプスが使役している魔物をさす隠語だ。

 ギフディ・オプスでは対象に裁きを下す時、捕獲し呪術を施した魔物を使役する事がある。


 教会の建前では魔物を捕らえ使役する事を「魔王に染められし者を開放し、転生させる」としている。

 故に「魔物ではない」とされ、神が下した裁きを行う『執行者』とされた。


 ギフディ・オプスが使役する『執行者』には種類があり、対象に応じて使い分けている。

 セリナたちを襲ったミノタウロスは執行者の中でも上位。

 もとから高いの攻撃性と戦闘力を呪術でさらに向上させ、神聖魔導士や聖騎士相手に優位となるよう神聖魔法耐性を付与した殺戮者だ。


 マルク司教はイノの「牛の化け物」という言葉と付近に落ちていたという斧。

 そしてパベルの「神聖魔法が効かなかった」と言う話から、今回の執行者がミノタウロスだと確信していた。


 本来ミノタウロスはインクの生徒、それも受章の儀も迎えていない11歳そこそこの子供が倒せるような相手ではない。

 今回はセリナがこれを倒せたのは奇跡と言っていいだろう。


 そこにはやはりセリナは神から愛された存在であると同時に、ギフディ・オプスを動かした者がどれだけ危険視しているのかが伺える。


 ギフディ・オプスが闇の組織という事もあり、執行者の詳細を知る者はオリファス教会の中でもそう多くはない。

 ファリスとラシールでも名前を知っている程度。


 審判者の種類と強さなど、分かるはずもない。

 マルク司教が2人に求めるのはあくまでも表向きの警護。

 何かあればこちらも大きく動くしかないと、誰にも告げず覚悟を決めた。


「奴ら今回は失敗したが、また仕掛けてくるだろう。その時は頼んだぞ」

「お任せください」

「神王オリファスに誓って」


 マルク司教の言葉を心に深く刻み、ひざを折って誓いを立てるファリスとラシール。

 そこには絶対にセリナを護り抜くという覚悟が見える。



 その後、キャンプでのこの一件は建前上「無かった」事とされた。

 キガソクは泳がせ背後関係を調べるため、セリナを森に誘い出したのは単なる「いやがらせ」とし注意のみ。

 セリナ達が負傷したのは「たまたま周囲偵察で見落とした猪に襲われた」とされ。


 セリナ達とおとがめ無しとなったキガソクの対立が決定的となりながらも、キャンプを終えたのであった。

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