第36話 全員生還


 イノが去った後の救護テント。

 セリナはしばらく暇を持て余していたが、目が覚めたことを聞いたマルク司教とファリスが入ってきた。


 事情が聴きたいとの事らしく、セリナは問われるとおりに回答してゆく。

 キガソクに誘い出された森に一人残され、追ってきたイノたちと合流。

 突如結界で閉じ込められ、生息していないはずのモンスターに襲われたこと。


 唯一改変点は、スードナムの存在を隠しモンスターを倒したのはセリナにした事。


 セリナから話を聴き、入ってきた時から険しかったマルク司教の表情が一層険しいものになっていった。

 それは横で一緒に話を聞いていたファリスも同様だ。


「まさかこの場所でそんなことが起こるとはな……」

「司教さま、いかがいたしましょうか?」

「緘口令を敷く。この事は私の許可なく他者に話さぬように。セリナもいいですね?」

「はい、分かりました」


 マルク司教は何か思わせぶりな表情をしていたが、それ以上何かを話すことはなく、救護テントを後にする。

 ファリスもセリナの背中に傷の跡が残ってないか確認し、体を拭いたあと朝までここに居るよう言づけ出ていった。


『ふむ、司祭の様子を見ると何か知っておる様じゃな』

「そうなの、スーおじいちゃん」

『うむ。わしの推測を裏付けるには十分じゃわい』


 セリナには考え込んでいるようにしか見えなかったマルク司教だが、スードナムには何か隠しているように見えたようだ。

 そして、それは先程スードナムが話そうとしていた事の確証となった。


『あの結界とミノタウロスはオリファス教会が差し向けたものじゃ』

「えぇっ!?」


 スードナムの考えを聞き、セリナは驚きのあまり声を上げてしまった。

 それもそのはず、スードナムの推測ではあの結界もミノタウロスもセリナが居るインクの母体、オリファス教会のものだというのだ。


「な、なんで!?」

『こういった大きな組織には光もあれば闇もあるという事じゃ』

「光と闇……?」

『何事もきれいごとだけでは難しいという例えじゃよ』


 スードナムは生前大きな組織のトップにいた事もあり「暗部」という存在を知っている。

 人々に希望と光をもたらすとされているオリファス教だが、教会運営は綺麗ごとだけではやっていけないという事なのだろう。


 もっとも、当のセリナは意味が分からず首をかしげているのだが。


「でも、なんで私が狙われたの?」

『ふむ、これも推測なのじゃがな。セリナが強すぎるんじゃよ』

「強すぎるとダメなの?」

『人は強大な力を目の前にした時、恐怖する生き物じゃからのう』

「えぇ~、そんなの勝手すぎるよ」


 人の心は弱い。

 自分からかけ離れた力を持つ者を見た時、称賛し尊敬する者もいるが、同時に畏怖を覚える者がいるのもまた事実なのだ。


 スードナムは若かりし頃、その類まれなる才能と勤勉さですぐさまトップの魔導師となった。

 だが、世に出れば出るほど立場と強力な魔法の数々から妬まれ、疎まれ、憎まれる事すらあったのだ。


 彼はそう言った声を力でねじ伏せ、黙らせていったのだが、反抗勢力は大人しくなるどころかさらに肥大化。

 いわれなき誹謗中傷など日常茶飯事。

 罠を張らされる事もあれば、暗殺という強硬手段に出る者もいたのだ。


 今回はセリナが出した神聖力の数値と成長度合いに恐怖を覚えたものが起こした、暗殺計画なのだろう。


『力を持つ者は妬まれるのじゃよ』

「どういう事?」

『ほっほっほ。セリナは気にせんでよい事じゃて』

「変なスーおじいちゃん」


 前世では人の黒い面を嫌というほど見てきたスードナム。

 だが、セリナがそれを知るにはあまりにも幼い。


 せめてもう少し。

 出来る事ならばずっと。

 人の闇を見ることなく健やかに育ってほしいと願う。


「セリナ、入ってよろしいかしら?」

「イノ? うん、いいよ」

「失礼いたしますわね」


 しばらくスードナムと話していると、テントの外からイノの声が聞こえてきた。

 セリナに了解を得て中に入るイノ。

 彼女はお盆を持っており、上にはパンやサラダを載せ、おいしそうなスープの匂いまで漂ってきた。


「うわぁ、いい匂い!」

「セリナはまだご飯食べていませんでしたから。お持ちいたしましたわ」

「ありがとう、イノ!」


 同時に「グゥ」と空腹を訴えるセリナのお腹。

 慌ててお腹を隠すが、その音はイノにしっかりと聞こえており、クスリと笑われてしまう。


 恥ずかしさのあまり赤面してしまうが、イノはそんなセリナをからかうことなく歩み寄り、横に食事を置いてくれた。


「セリナが作ってくれたスープ、絶品ですわよ」

「本当? よかった!」

「お代わりが欲しければ持ってきますので、いつでも言ってくださいませ」

「あれ、イノは食べないの?」

「わたくしは一足先に頂きましたの。ですので、どうぞお気になさらず」

「ありがとう! じゃあ、いただきます」


 突然の出来事ばかりで忘れていたが、セリナがキガソクに連れ出されたのは夕食を作っている時だったのだ。

 直後に戦闘を行い、傷つき寝ていただけにどれだけ時間がたったのか分からない。


 お腹はぺこぺこであり、セリナはすぐさま食事に手を付ける。

 本来であれば礼儀作法も気にしながらになるのだが、今回ばかりは省略。


 食べる順番や食器の順番などお構いなしに食事する。

 その間イノはずっと隣に座っており、時折二人で談笑しながらの夕食となった。


「セリナ、入るぞー」

「失礼します」

「ルフジオ! パベルも!」


 イノと食事を楽しんでいると、先に意識を取り戻していたルフジオとパベルが入ってきた。

 パベルは意識を取り戻してからは魔力を回復するポーションを摂取。

 ルフジオは重傷であったが、救護要員である回復術師によりすっかり完治しているようだ。


「セリナがあいつを倒してくれたんだってな、すまない」

「気にしないで。むしろ私が皆を巻き込んじゃったんだから……」

「それこそセリナが気にする必要ないよ。悪いのは罠にはめた奴」

「だからキガソクの奴は俺が思いっきりぶん殴っておいたぞ」

「えぇっ!?」


 どうやらセリナより先に目を覚ましたルフジオはすぐさまキガソクのもとへ行き、有無を言わさず一撃を見舞ったという。

 普段からの態度もさることながら、同級生を罠にはめ命を狙うとはどういうことかと。


「もうセリナに近付くなって言っておいたからもう大丈夫だ」

「無茶するなぁ……」

「セリナ、僕もごめんよ。制御が甘くて気を失ってしまった」

「ううん、あれだけの神聖魔法、効かない方がおかしいもの」


 ルフジオに続き、セリナに謝罪するパベル。

 彼が使った【セルドゲルブ】は確かにまだ習っていない神聖魔法だ。

 しかし、親兄弟からは何度も見せてもらっており、日ごろの授業の手ごたえから使えるように練習していたとの事。

 

 実際、制御が甘く魔力ロスが多かったが術は発動し、ミノタウロスにも直撃している。

 もしミノタウロスに光魔法耐性がなければ、あれで決まっていただろう。


 そうパベルに話すが、それでも悔しそうにしている。

 普段から大人しく、表情を前に出さない彼からするとかなり珍しい事だ。


 それだけ、あの一撃で何もできなくなってしまったことが悔しいのだろう。


「お二方、それくらいにしてくださいまし。セリナはまだ食事中ですのよ?」

「そうだった、悪いセリナ。……で、俺が捕ってきたうさぎ肉はどうだ?」

「うん、とっても美味しいよ!」

「へへ、やったぜ」


 セリナの回答に、満足そうな笑顔を見せるルフジオ。

 彼も一歩間違えば死んでいたというのに、そんなことを気にする様子もなくいつもの笑顔を振りまいてくれた。


 そんな彼の気強さに感心しながら、セリナは皆とたのしくおしゃべりしながら食事を続ける。



 スードナムはセリナたち才能豊かな子供たちの会話に目じりを下げながら、最上位の感知と警戒魔法をひっそりと発動させた。

 誰にも気づかれないよう最上級の隠蔽魔法も併用しながら。

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