第34話 暗殺計画Ⅳ


 ミノタウロスを滅し、イノたちの居る場所まで戻ってきたスードナム。

 セリナと代わる前に話しておきたいことがあるのだが、こちらに気付いたイノは明らかに警戒していた。


「少しよいかのう?」

「あ、あなたは誰? セリナをどうしたんですの!?」


 ルフジオを庇うように前に出るイノ。

 やはり相当怖いのだろう、表情はこわばり、体も声も震えている。

 それでも取り乱したり、逃げ出したりしないのは彼女の強い精神があってこそだろう。


「ワシはスードナム。魔王ではない。セリナが危なくなった故、今はこうして表に出てきておる」

「魔王ではない? ではその姿は何だというのですか!」


 スードナムは興奮状態のイノを刺激しないよう、穏やかに話しかける。

 しかし、今にも恐怖に押し潰されそうな彼女は語気を強くし、魔法攻撃の準備を始めてしまう。

 もっとも、この距離であってもイノの魔法ではスードナムに傷ひとつ負わせられないのだが。


「黒髪紅眼が聖典通りなのは確かじゃが、角も牙も奇怪な羽も持っておらんじゃろう?」

「…………っ」

「そも、ワシが本当に邪悪な魔王なら、このような会話もせずおぬしらを殺しておるはずじゃ。違うかの?」

「わ、わたくしたちを取り込もうとする狡猾な罠ですわ!」

「むむ、困ったのう……」

「セリナを返してくださいまし!」


 オリファス教会の聖典に記されている魔王ストライトフは怪物そのもの。

 黒髪紅眼、家ほど大きな体と角、牙を持ち、コウモリの様な羽まで持っているとされる。


 他の国の伝承や聖典では、姿形の細部には差異があるのもまた事実。

 が、それほどの数がある魔王の姿であっても、「黒髪紅眼の少女」というものは存在しない。


 この事を説いても聞き入れようとせず、こちらを睨み続けるイノ。

 警戒を解こうとしない彼女にに困り果て、スードナムはアプローチを変える事に。

 イノの横を素通りし、いまだ行く手を阻む結果へと手を当てる。

 すると。


「……ではわしではなくセリナを信じてやってくれんかのう?」

「えっ……結界が……」


 突如ガラスが割れたような音が響き、周囲を囲っていた結界が消滅した。

 呆気にとられるイノに、スードナムは諭すように続ける。


「セリナは友達を死なせたくないと、ワシに頼んだのじゃ」

「セリナが……」

「さよう。あの魔物はセリナでも倒せなんだ。セリナはワシの姿を見ておぬしらに嫌われる事よりも、助ける事を選んだのじゃよ」

「そんな……」

「この際ワシは信用せんでもよい。じゃが、嫌われてでも皆を助けたいと思ったセリナだけは、信じてやってくれんかのう?」

「…………」


 そこまで話すとイノが両手に集めていた魔力が霧散。

 何事か深く考え込んでしまう。


 その様子にスードナムはほっと胸をなでおろし、イノのそばに腰かける。


「もうすぐ助けが来るじゃろう。あと一つ頼みがあるのじゃが」

「な、なんですの? 早くその体をセリナに返してくださいませ!」

「ほっほっほ。そう急ぐでない。じつは背中の傷が癒えておらんくての」

「……は!?」

「セリナに戻ったらそこの小僧と一緒に回復魔法を頼む」

「な、あなた!」

「それでは、任せたぞ。イノハート・エメ・ホーケンブルスよ」

「セリナ! あぁ、なんてこと!」


 イノにスードナムがセリナに戻った後の対処を頼み、その場に倒れ込む。

 同時に黒髪がセリナの綺麗な金髪に戻ってゆく。


 が、その金髪はすぐに背中の傷で赤く染まっていてしまう。


 その光景にイノはそれまでの険しい表情が一変。

 一気に青ざめ、慌ててセリナに回復魔法をかける。

 もし先程の人物が魔王ストライトフであり、今もセリナの中に居たとしても。

 大事な友人を見捨てるという選択肢は、彼女の中には存在しないのである。

 

 幸いキズも出血量の割には深くなく、命に別状がない程度に回復。

 一息ついたのち、再度ルフジオにも回復魔法を施した。


 周辺を見渡せば心地よい風や虫の声が聞こえ、何事もなかったかのような穏やかな森が広がっていた。

 誰かを呼びに行こうかと考えたが、意識を失っている3人を置いてなどいけない。


 どうしようかと途方に暮れるイノ。

 すると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「イノハート! セリナー!」

「パベル君、ルフジオ君、どこー!」

「ここです、ここに居ますわ!」


 声の主は特級・特待生クラスに帯同しているファリスとラシールだ。

 どうやらいつの間にか姿が見えなくなっていたセリナたちを追って森に入り、ここまで探しに来てくれたらしい。


 イノは聞こえてきた2人の声にすぐさま応答。

 反応があったと2人の声が大きくなり、足音も聞こえてきた。


「あ、いたいた。こんなところで何を……えっ?」

「ようやく見つけた! もうみんな先にご飯……は?」

「た、助かりましたわ。わたくしもう……もう……うわあぁぁぁぁん」


 2人の声でなく、姿まで見えた事でイノの緊張の糸が解け、それまで必死に耐えていた物が一気に溢れだす。


 だが、それ以上にファリスとラシールは状況が把握できなかった。

 この森はインクの管理下にあり、周辺に凶悪な魔物や野党が居ない事は確認済み。


 先程行った見回りでも異常などひとつもなかったのだ。

 しかし、今目の前に広がっている光景はどうだ。


 まだ紋章を持ってはいないながらも、現役騎士顔負けの能力を誇る特級生のうち3人に意識がなく、うち2人には外傷あり。

 それも見た目で分かるほどの深手であり、命に関わりかねない出血量。


 唯一意識のあるイノも魔物らしき血を浴び、綺麗だった髪も動きやすさを重視したインク支給の服も血まみれ。

 周辺の土は抉れ、木々には多数の切り傷。

 折れた枝、散った葉が散乱し、何かが焼けたようなにおいまで漂っている。


「戦闘!? こんな場所で!?」 

「イノ、なにがあったの!?」

「セリナを迎えに……逃げられなくて……牛の化け物が……うわあぁぁぁぁん」

「牛の化け物!?」


 武に長けたラシールがすぐさま剣を抜いて周囲を警戒。

 ファリスはイノを守るように抱きかかえ事情を聞く。


 しかし、イノは感情の波に押し流されまともに話せず、断片的な受け答えしかできなかった。

 その中で何とか伝える事が出来た牛の化け物と言うモンスターの存在。


 ファリスとラシールは「こんな場所でありえない」と否定する。

 が、近くの血だまりには大型モンスターの腕が沈み、地面には斧が刺さっている事から何かしらの凶悪モンスターが居た事は事実と判断出来た。

 そして、斧に描かれた紋章も。


「……っ、ファリス。セリナとルフジオは?」

「2人ともあまり良くないわ……でも動かすくらいなら……」

「なら、イノとセリナをお願い。ルフジオとパベルは私が。……逃げるわよ」

「分かったわ」


 ファリスはいまだ泣き止まぬイノを背負い、深手を負ったセリナを抱きかかえる。

 ラシールは剣を収め、体の左右にルフジオとパベルを担ぎ上げた。


 ぐずるイノにしっかりつかまっておくよう伝え、ファリスたちは撤退を開始。

 来た時とは真逆、全方向に神経を集中させながら、急ぎキャンプまで戻ったのであった。

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