第33話 暗殺計画Ⅲ
セリナの放った【ボルカニックマグナム】により火だるまとなったミノタウロス。
体を振り、捩じり、何とか火を消そうとするが叶わず、その場に倒れ込む。
セリナはそんなミノタウロスには目もくれず、大けがを負ったルフジオに必死に回復魔法をかけ続けるイノへ駈け寄り、声をかけた。
「イノ、大丈夫!?」
「セ、セリナ! 駄目です、わたくし、手が震えて……」
見れば、イノの顔は恐怖から来る涙と汗でグショグショ。
手どころか体まで震わせ、迫りくる死に対し必死にあらがっていた。
彼女の年齢、かつ状況を考えれば、錯乱しなかっただけすごい事だ。
しかし、焦りと不安から集中できず、詠唱もままなっていない。
何とか震えを抑え回復魔法をかけようとするも、体の芯から来る震えに抗えず、より焦ってしまうという悪循環。
「見せて! ……大丈夫、まだ息があるよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
慌ててイノの隣に座り、ルフジオの様子を確認。
先程よりも血色が悪くなり、呼吸は粗く変な音も混じっているが、まだ息があった。
セリナは一度深呼吸。
焦りながらも落ち着いて詠唱を行い、ルフジオに回復魔法をかけた。
「ふぅ、これでもう大丈夫……」
「申し訳ありません、セリナ……」
「ううん、気にしないで。イノ、ちゃんと回復魔法かけられてたよ」
「いえ、わたくしなど……セリナが居なければ死なせてしまっていましたわ」
死の一歩手前まで来ていたルフジオ。
イノは回復魔法が全く使えなかったというような素振りだったが、実際には若干ではあるが使えており一命をとりとめていたのだ。
危機を脱したとあって、イノの震えもようやく収まり出し、セリナは魔力切れで倒れ込んでしまったパベルのフォローに入る。
完全に魔力切れを起こしてしまったパベルも意識がない。
さすがにこのままほおっては置けないと、地面に突っ伏してしまっていた彼を引きずって動かし、近くの木を背もたれに座らせる。
そして、セリナは再度ルフジオの様子を見る事に。
「イノ、落ち着いたらルフジオに回復魔法をお願い。傷が深すぎて私でも駄目みたい」
「わ、わかりましたわ。今度は大丈夫、やって見せますわ」
先程よりは顔色よく、呼吸も落ち着いている。
しかし、皮鎧を付けてたとは言えダメージがひどく、苦悶に満ちた表情で額には汗も浮かんでいた。
それでも生死の境は脱している。
このまま回復魔法を助けが来るまでかけ続ければ問題はないはずだ。
セリナはいまだ消滅しない結界の対処をしようと、イノにルフジオを任せ立ち上がる。
……その時だった。
『セリナ、後ろじゃ!』
「えっ!?」
「GUBOOOOOOO!」
「きゃああぁぁぁぁっ!」
セリナの背中を、ミノタウロスの斧が襲ったのだ。
「セリナ、セリナ! いやあぁぁぁぁぁ!」
「GURrrrrr……」
セリナ渾身の【ボルカニックマグナム】で焼かれ火だるまとなり。
地に倒れ込んだが、それでもミノタウロスは生きていた。
全身焼けただれ、顔の半分は原形をとどめていない。
それでも執念で耐えきり、致命の一撃を見舞ったセリナを殺そうと強襲してきたのだ。
「セリナ! ひっ、血が……」
「Grrrrrrr……」
「いや……いやあぁぁぁぁぁ!!」
ミノタウロスの切り上げの一撃で宙を舞ったセリナはそのままイノのそばに倒れ込んだ。
背中には見るも絶えないほどに痛々しい傷が広がり、辺りにはおびただしい量の血が広がってゆく。
イノも「セリナを助けなければ」「戦わなければ」と考えるが、目の前に迫った怪物に怯え、なにも出来ずに泣き叫ぶ。
今の一撃に手ごたえを持ち、その後もピクリとも動かなくなったセリナを仕留めたと確信したミノタウロス。
次に定めるのはもちろんその隣で泣きわめく子供。
ゆっくりと近づき、間合いに捉え、振りかぶる。
「GYAOOOOOO!」
恐怖から一歩も動けなくなったイノへ向け、ミノタウロスの斧が、振り下ろされる。
防ごうにもセリナは動けず、溢れる血と共に命が抜けていくのを感じていた。
視界はかすみ、手にも力が入らず、もはや自分の力ではどうする事も出来ない。
だが、みんなをこんなところで死なせるわけにはいかないと、心の中でこの状況を打開できる唯一の存在に語りかけた。
(スーおじいちゃん……)
『セリナ、しっかりせい! えぇい、咄嗟に防御障壁を張ったが時間が短すぎたわ!』
(おねがい……みんなを……みんなを……)
『……よいのか?』
(うん……もう……目の前で誰かが……友達が死ぬのはいや……)
『……そうか。おぬしは良い子じゃのう』
(……おねがい、スー……おじい……ちゃん……)
『任せよ』
――瞬間。
セリナから光が走り、ミノタウロスの斧を腕ごと切り飛ばした。
「GOAAaaaaaaaa!」
繋がりを失った腕が宙を舞い、斧は勢いそのまま音を立てて地面に突き刺さる。
ミノタウロスは叫び声を上げながら噴き出る血を残った手で断面を抑え、2歩3歩後退する。
「あ……あ……」
「…………」
「……魔王ストライトフ」
殺されると思った瞬間、顔にミノタウロスの血を浴び、なにが起きたのかと放心状態のイノ。
そんな彼女の視界に入ってきたのは、背中に傷を追いながら、右手に魔力の剣を発生させミノタウロスと対峙するセリナだった。
しかし、その姿はイノの知る彼女からは遠くかけ離れている。
鮮やかだった金髪は黒へ。
横目でこちらを見つける瞳は、美しい翠眼から禍々しい光を放つ紅眼へと変貌を遂げている。
その姿はまさしく、聖典にある魔王ストライトフそのものだ。
イノは度重なる恐怖から悲鳴を上げる事すらできず、魔王の名を呟き震える事も忘れ茫然とするのみ。
スードナムはそんな彼女へ声をかける事はなく、腕を失ってなお殺意を失わないミノタウロスと対峙する。
「GAAAAAA!」
「…………」
雄叫びを上げ、スードナムの頭以上の大きさを持つ拳を振りおろすミノタウロス。
だが、その渾身の一撃も、スードナムが展開した光の壁の前にあっさりと阻まれる。
「GUOOOOO!」
「無駄じゃ」
諦めの悪いミノタウロスは失った腕の傷口から出る血をあたりに飛び散らせながら、何度も光の壁を殴りつける。
対してセリナの光の壁はびくともせず、衝突するたびに甲高い音を発生させるのみ。
そんな往生際の悪いミノタウロスになにを言うでもなく、表情一つ変えず見据えるスードナム。
幾度となく殴られてもヒビどころかピクリとも動かない光の壁に手をかざす。
すると、あれほどまでに強固だった光の壁があっさりと弾け、反動でミノタウロスを吹き飛ばしたのだ。
「GUO、ooo……」
「滅するが良い【インフェルノフレア】」
数十メートルは吹き飛ばされ、大木に激突して止まるミノタウロス。
激突の衝撃から体勢を立て直せない敵へ向けスードナムは一瞬で距離を詰め、地獄の業火の名を口にした。
瞬間、ミノタウロスの足元に魔法陣が出現。
火柱が上がった。
それは先ほどセリナが使用したオレンジ色の火柱とは違い、炎の揺らめきもなく轟音と共に天高く伸びる白色の炎柱だ。
ミノタウロスは断末魔を上げる事も出来ず光に飲まれ、ひとかけらも残さず焼き尽くされた。
「さて……」
ミノタウロスを文字通り跡形もなく消滅させたスードナム。
周囲を見渡し、残敵や魔法の余波がない事を確認し、イノのもとへと駆け戻って行ったのだった。
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