第32話 暗殺計画Ⅱ
「な、なんですの、あれ……」
「気味が悪いな」
セリナたちの背後で地面から湧き始めた黒い塊。
最初は球状だったが、湧き出るうちにみるみると形が定まってゆく。
上に伸びた部分は角のある牛顔となり、左右に伸びたものは手となり、手の先にあった塊は斧に。
全身茶色の毛で覆われているにもかかわらず、筋肉質。
足は、逆関節の偶蹄目。
黒い影が全て消失した後に立っていたのは、体長2mを超える巨大なモンスターだった。
『ミノタウロスじゃ。これはまずい』
「ミウタウロス?」
ミノタウロスは各地に点在する「ダンジョン」に生息する凶悪な魔物である。
スードナムの生きていた時代ではその危険さ故、討伐のために部隊が編成されるほど脅威であった。
「そ、そんなモンスターが何でこんなところに?」
『おそらくはセリナを葬り去らんと考えた輩の仕業じゃろう』
「私を? なんで……」
キガソクを使ってセリナを誘い出し、結界を張り逃げられないようにし、この辺りには生息していない凶悪なモンスターを出現させる。
これは明らかにセリナを殺す事を目的とした策略だ。
だが、当のセリナにはその理由が分からない。
辺境の街で孤児として過ごし、この1年はインクの特級生、聖女候補生として勉学に励んできただけなのだ。
殺されなければならない謂れなど全くない。
しかも、この場にいるのは自分だけではないのだ。
「くそっ、なんだよこの化け物は! パベル!」
「駄目だ、この壁結界みたいで出られない!」
「わ、わたくし達どうなってしまうんですの!?」
姿が見えなくなったセリナを探し、迎えに来てくれたルフジオ、パベル、イノ。
キガソクがルフジオたちが居ない時を狙ってセリナを誘い出したことから、彼らは間違いなく巻き込まれている。
「BAOOOOOOOOO!」
「畜生、アイツやる気だ!」
「とりあえず逃げよう!」
目のまえにいるセリナたちを見据え、叫び声を上げるミノタウロス。
どう考えてもルフジオたちが戦って勝てるような相手ではなく、4人全員で走りだした。
「どこへ逃げるんですの!?」
「とりあえず距離を開けて考える!」
「GYAOOOOOOOO!」
「うわっ!」
「跳んだ!?」
「ま、回り込まれましたわ!」
ミノタウロスが襲い掛かるよりも早く逃げ出したルフジオたち。
だが、目の前の標的をミノタウロスが見逃すはずもなく、大きく跳躍。
再びルフジオたちの前に立ちふさがった。
「……こうなったらやるしかない!」
「ほ、本気ですの!?」
「セリナ……とパベルは神聖魔法で攻撃してくれ!」
「うん!」
「わ、わかった!」
逃げられないと悟ったルフジオが剣を抜く。
本来であれば剣術も上手いセリナと同時に攻撃を仕掛けたかったが、彼女は剣はおろか防具すら付けていない。
ルフジオも支給のなまくら剣に加え皮鎧と、ミノタウロスを相手にするには心許なさすぎる装備だ。
しかし、ここで目の前のモンスターを倒さなければ皆殺されてしまうと、覚悟を決める。
「俺が相手だ、化け物牛め!」
「GYAOOOOOOOO!」
剣を構え、身体強化の詠唱を行い、ミノタウロスへ突っ込むルフジオ。
迎え撃つミノタウロスは斧を片手で振りかぶり、振り下ろしの一撃を繰り出す。
ルフジオはこれを紙一重で躱し、斧が地面へ突き刺さる。
側面から地面が爆発したかのような音と弾けた土が降りかかる。
真横に死の気配を感じながら、それでもとルフジオはがら空きの胸部へ向け剣を突き出す。
……しかし。
「GUOOOOOOOO!」
「ガフッ!」
「ルフジオ!」
「いやああぁぁぁぁぁ!」
剣が届くよりも早く、ミノタウロスの斧を持っていなかった拳がルフジオに襲い掛かった。
剣技に優れている彼であっても、まだ11歳。
剣と腕を含めた長さよりも2mを超えるミノタウロスの腕の方がリーチがあったのだ。
拳の勢いに剣は砕け、脇腹に致命の一撃を受けたルフジオはセリナたちの方向へ吹き飛ばされてしまう。
「危ない! ……ぐうっ!」
地面にたたきつけられようかという瞬間、セリナが咄嗟に動き、ルフジオを受け止めるた。
「ルフジオ、ルフジオ!」
「……がはっ」
「よかった、生きてる」
傍から見れば即死の一撃にも見えたが、皮鎧のおかげか一命は取り留めていた。
だが、鼻と口からは血を吐き、呼吸も荒く意識もない。
「こ、これって……」
『いかん、あばら骨が折れて肺に刺さっておる』
「そんな……イノ!」
「あ……あ……」
「イノ!」
普段から頼りになり、剣術の腕も随一だったルフジオがたったの一撃でやられたことにイノとパベルは顔面蒼白。
目の前に差し迫ってきた恐怖に一歩も動けなくなっていた。
セリナはそんなイノへ必死に声をかけながら、ルフジオを引きずってゆく。
「イノ、ルフジオをお願い!」
「わ、わたくしどうしたらいいんですの!?」
「回復魔法! 早く!」
「は、はい! あぁ、血が、血が……!」
普段の穏やかで高貴な彼女からは想像も出来ないほどに泣きじゃくるイノ。
恐怖と混乱から詠唱を間違えながら、瀕死のルフジオへ必死に回復魔法をかける。
「パベル、ミノタウロスが来る!」
「僕がデカいのを入れる。セリナは時間を稼いで!」
「任せて!」
パベルの詠唱時間を稼ぐためセリナはその場から離れ、ミノタウロスへ向け攻撃魔法を放つ。
「ほら、こっちだよ!」
「Grrrr……」
威力よりも連射速度を重視した神聖魔法であるせいか、ダメージを受けている様子はない。
当のミノタウロスも被弾を気にも留めておらず、セリナをギロリと睨みつけた。
「そこだ【セルドゲルブ】!」
その隙の突き放たれる、パベル渾身の魔法【セルドゲルブ】。
神話で神槍としての名を持つ【セルドゲルブ】は神聖魔法の中でも上位の攻撃魔法。
全ての魔を絶つとされてるこの攻撃魔法をまだ11歳であるパベルが使用したことは、インクの関係者がここに居れば全員が驚愕し歓声を上げていただろう。
光り輝く神槍は一瞬にして距離を詰め、ミノタウロスに避ける間を与えず直撃。
周囲に爆発音と爆風が吹き荒れる。
「す、すごい!」
「やったか!?」
パベルが放った渾身の一撃。
セリナも見た事がないその迫力に、撃破を疑わなかった。
……だが。
「GYAOOOOOOOO!」
「……嘘」
「これで……駄目なのか」
閃光と爆煙が治まるとともに、ミノタウロスが叫び声を上げた。
しかも、あれほどの攻撃魔法を受けたにもかかわらず、傷ひとつ負っていないのだ。
『光魔法に耐性を持っておったか!』
「どういう事?」
『端的に言えば神聖魔法は効果がないのじゃよ』
「そんな……!」
あれほどの攻撃を受けて無傷でいるはずがない。
そう不審がるセリナの問いに答えてくれたのはスードナムだった。
どうやらミノタウロスは光魔法、つまり神聖魔法に耐性をもっているらしく、どれだけ高威力の神聖魔法を当てても効果がないのだ。
パベルの一撃で勝利を確信したのが一転。
さらに絶望へと追いやられ、セリナの表情が曇る。
「パベル、そこにいると危ないよ、動いて!」
「セリナ……ごめん……」
「パベル!」
ミノタウロスが攻撃対象をパベルへと変え、歩き出す。
焦ったセリナはパベルに逃げるよう叫ぶが、彼は動くどころかその場に倒れ込んでしまった。
『……魔力切れじゃな』
「みんな!」
本来、神聖魔法【セルドゲルブ】はセリナたちの学年はおろか、インク在学中には教わらない。
攻撃力が高い反面制御が難しく、消費する神聖力、魔力も大きいためだ。
パベルがこの神聖魔法をどこで知ったのかは分からないが、その消耗に耐えきれず魔力が枯渇。
意識を保つことが出来ず、倒れてしまったのだ。
そのパベルの後ろにいるのは、致命傷を負ったルフジオに泣きながらも必死になって回復魔法をかけるイノ。
ミノタウロスは視界にイノを捉えると邪悪な笑みをこぼし、歩みを止めることなく近付いて行く。
「だめ、止めなきゃ!」
『光魔法以外を使え。効果があるはずじゃ!』
「……っ、分かった!」
スードナムの助言に、一瞬戸惑うもすぐさま魔法を発動させるセリナ。
普段、人の居ない夜の自室では毎日訓練しているため、地水火風の基本的なものは使えるようになっている。
だが、セリナは初めて行った神聖魔法の授業の時以降、神聖魔法以外の魔法は人に見せていない。
それは教師の言っていた「神聖魔法以外は教えない」「神聖魔法以外を使用すると紋章を授けられない」という事を踏まえての事。
もちろんルフジオやパベル、イノの前であってもだ。
ここで使えばイノに神聖魔法以外を使える事がバレてしまう。
しかし、自分の暗殺計画に巻き込まれ危機に瀕しているイノたちを前に、悩んでなどいられない。
「【ファイヤーウォール】!」
「GYAOOOOOO!」
左手に魔力を込め、ミノタウロスの前方へ向け撃ち放った火球。
それは地面に弾着すると横長の炎の壁となり、ミノタウロスの行く手を遮った。
ミノタウロスが突如として現れた炎の壁に困惑している隙を突き、両手を合わせ今の自分が込められるだけの魔力を込める。
「【ボルカニックマグナム】燃え尽きろおぉッ!」
「BUOOOOOOO!」
ミノタウロスが再度こちらに視線を向け、体勢を整える前に打ち放った【ボルカニックマグナム】。
見た目は人の頭ほどの火球だが、ミノタウロスに命中すると爆ぜ、高温の火柱となって夕焼け空へ立ち昇る。
命中を確認したセリナは、急ぎイノのもとへと駈け寄っていったのだった。
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