第31話 暗殺計画Ⅰ
特級、特待生クラスのキャンプ準備は順調に進んでいた。
テントは建て終わり、机を並べ、上には食器類にパンも並んでいる。
スープもすでに完成しており、あとは捌いてきたうさぎを焼いて並べるだけ。
班ごとの作業を終えた子供たちも夕食作りに参加しており、和気あいあいとした雰囲気となっていた。
「マルク司教様への報告終ったぜ」
「あら、おかえりなさいませですわ」
「遅かったね。もうほとんど準備終ってるよ」
そこへ見回り偵察の報告を終えたルフジオが合流。
イノやパベルらが出迎え、並べた机の適当な所に腰かけた。
「うさぎ、捌き終わったよ」
「おう、パトリック。早かったな」
「ラシールさまも手伝ってくれたからね」
「騎士団に配属されたら必須事項だからみんな復習しておくようにね」
さらに沢へうさぎを捌きに行っていたパトリック達も帰還。
うさぎを捌くのが初めてだった貴族の子供たち数名が青い顔をしているが、パトリックと指導員であるラシールは気にしていないようだ。
「じゃあ、私も報告に……あれ、ファリスは?」
「ファリスさまはニコラ司祭様に呼ばれておりましたわ。その後マルク司教様の所に行かれたようでしたけれど」
「そう……。ちょっと行って様子を見てくるわ。イノ、ルフジオ、この場をお願い」
「分かりました」
「お任せくださいですわ」
何かトラブルがあったのかと考え込む様子のラシール。
この場をイノとルフジオに任せ、ラシールとマルク司教を探して離れてゆく。
「ルフジオ、肉どうする?」
「そうだな、もう焼いちゃおうぜ。セリナとパトリックなら大丈夫だろ」
「さすがのわたくしもお腹が空いてきましたわ」
綺麗に捌かれ、枝肉となったうさぎ肉を手に持ったパベルがどうするのかと、場を任されたルフジオに相談。
ルフジオは少し悩んだ後、食事の準備を進めるため肉を焼くことに。
簡単な調理はすでに授業で何度も行っている事に加え、平民出のセリナにパトリックもいるなら大丈夫だろうと、炊事場を取り仕切っていたセリナを探す。
……ところが。
「……あれ、セリナは?」
「おかしいですわね。さっきまでお鍋を見ていてくれていたのですけれど」
「ナナ、セリナを知らないか?」
「セリナならキガソクと森の中に入っていったよ?」
「キガソクと?」
先程まで鍋でスープを作っていたはずのセリナの姿がなく、鍋の前には同じ炊事担当のナナが座っていた。
セリナはどこに行ったのかと首をかしげ、ナナへ行方を知らないかと問いかける。
だが、ナナの「キガソクと森の中へ入っていった」という返事に、ルフジオたちは思わず顔を見合わせる。
入校してすぐの頃にあったセリナとキガソクの喧嘩は皆の知るところ。
両者の関係はあれ以後完全に冷え切っており、よほどの事が無いと声をかける事すらしない。
特にキガソクがセリナを毛嫌いしている印象が強く、セリナもそれを感じてか近寄ろうともしないのだ。
何度かやり合う事もあったが、結局全てセリナが完封しており、勝負にすらなっていない。
そんなキガソクとセリナが2人で森の中に入っていくなど、普段の様子からすれば考えられない事だった。
「なんでキガソクが? あいつもうさぎを捌きに行ったはずだろ」
「セリナが持ち場を離れてキガソクを誘うとは考えられないね」
「キガソクが何か口実を付けて誘い出したのかしら?」
「お前ら、何か知らないか?」
「し、知らない!」
「俺もだ!」
セリナが持ち場を離れ、キガソクに声をかけ森に入るのは考えにくい。
むしろシスターラシールやパトリック達と共にうさぎを捌きに行ったはずのキガソクがキャンプに戻っている方が疑わしい。
普段キガソクと一緒にいる聖騎士候補の特待生に聞いてみるも、明らかに焦った様子で知らないと口にする。
この様子からすると本当に何も知らないようだ。
「何かあったらまずいな。俺探しに行ってくる」
「まてルフジオ、僕も行く」
「わたくしも行きますわ!」
ただならぬ雰囲気を察し、探しに行くことを決めたルフジオ。
普段から仲のいいパベルやイノも続き、キャンプを同級生たちに任せ、森の中へと入っていった。
―――――――――――――――――――――――
夕暮れ時の森の中。
平地の森であるため起伏は少なく、間隔もあり見通しもそれほど悪くない木々の間を、セリナとキガソクが進んでいた。
「……ねぇキガソク、パトリックはどこ?」
「呼び捨てにするんじゃねぇよ平民風情が。黙ってついてこい」
相変わらずの横暴な態度に嫌気がさすが「パトリックが怪我をした」と言われれば、ついて行かざるを得なかった。
しかし、行けども行けどもパトリックの姿は見えず、彼らが居るはずの沢の音も聞こえない。
(スーおじいちゃん、これってやっぱりおかしいよね?)
『怪我をしたというのは嘘じゃろう。何か良からぬことを企んでいると見える』
(やっぱり……)
先程は怪我をしたと聞いて焦り、すぐさま森へ入ってしまったが、よくよく考えればいろいろとおかしい。
特級、特待生クラスで回復魔法が一番上手いのは確かにセリナだが、それを呼びに来るのがキガソクと言うのが腑に落ちない。
セリナとキガソクの不仲はクラスメイト全員が知るところ。
他にも、キガソク自身の横暴な態度に素行不良など、到底連絡員とするには不適切。
この事は当然剣術の教官で、郊外授業の指導員でもあるシスターラシールもしっている。
その彼女がセリナを呼びに来させるのにキガソクを使うというのに無理があるのだ。
おそらくシスターラシールとパトリックの名を使いセリナを一人おびき出し、何かを企んでいるのだろう。
「……ここか」
「えっ?」
「セリナ、お前ここでちょっとまってろ。パトリックの奴を呼んでくる」
「ちょっと、どういう事なの?」
「うるせぇな、呼んでくるつってんだろうが! お前はここに突っ立ってりゃいいんだよ!」
ある程度進んだところで急に立ち止まると、セリナをひとり置き去りにしようとするキガソク。
慌てて事情を聴こうとするも、乱暴に怒鳴り散らし森の奥へと消えてゆく。
一人残されたセリナは不機嫌を隠そうともせず、地団駄を踏む。
「もう、なんなのあいつ!」
『キャンプに戻るかの?』
「でも、本当にパトリックが怪我してたら……」
訳が分からず、もうキャンプ地まで戻ってしまおうかとも考えた。
しかし、万が一本当にパトリックが怪我をしておりキガソクが呼びに来たのだとしたら、この場を離れるのはまずい。
何か策があったとしても、態度ばかりで実力の伴っていないキガソク相手なら問題ないだろうと、その場で待つことに。
すると。
「あ、いたいた! セリナ!」
「ルフジオ?」
「よかった、見つかりましたわ!」
「こんなところにまで来てたのか」
「イノに、パベルまで。どうしたの?」
キャンプのある方向から足跡が聞こえ、フルジオとイノ、パベルが姿を現したのだ。
3人ともセリナを見つけ安心したような表情をしており、思わず首をかしげてしまう。
「どうしたのって、それはこっちのセリフだよ」
「キガソクに連れ出されたと聞き、迎えに参りましたの。なにがあったんですの?」
「パトリックが怪我をしたって聞いたんだけど……」
「パトリックが?」
「怪我なんてしてないぞ。さっきうさぎを捌いて帰ってきたからな」
「えぇっ!?」
キガソクの嘘が確定した瞬間である。
セリナはパトリックが怪我をしてなかったことに安堵するとともに、キガソクに対する怒りと呆れから思わず脱力してしまう。
「もう、あいつなんなのよぉ!」
「もうすぐ日が暮れる。戻ろう」
「わたくしもあとでとっちめてやりますわ」
こうなるとパトリックを呼びにこの場を離れたキガソクが戻ってくることはないだろう。
訳が分からず叫ぶセリナをイノたちが宥め、帰路に就くことに。
幸いまだ日はあり森の中は明るいが、日没まではもう時間がない。
足元を確認するためにルフジオが先頭に立ち、キャンプへ来た道を戻ろうと歩き出した、その瞬間。
『いかん、罠じゃ!』
「えっ!」
「痛ッ!」
何かを察知したスードナムが叫んだのだ。
同時に、先頭を歩いていたルフジオの脚が急に止まってしまう。
まるで、何かに衝突したように。
「どうしましたの、ルフジオ」
「いや、ここに見えない壁が……」
「壁? ……本当だ。来るときにはなかったのに」
目の前にある見えない壁に当たったルフジオが、痛そうに額をこする。
イノとパベルが手をかざすと、そこには彼の言う取り透明で見えない壁が確かに存在していたのだ。
目の前の壁を前に不思議そうにする3人。
それに対しセリナは壁とは反対側、先ほどまで自分が立っていた場所を注視していた。
何故なら。
「みんな、気を付けて。何か来る!」
「なにが……って、なんだありゃ!?」
セリナの視線の先には、地面から謎の黒い物体が沸きだし始めていたのだから。
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