第30話 郊外授業
インクのある町から数キロ離れた森の中。
その開けた一角に多数の馬車とインクの制服を着た生徒、そして引率の教員の姿があった。
「一等2組3班、4班、馬車からキャンプの道具を降ろせ!」
「水は東に沢があるから、そこから汲んできて!」
ここで行われているのはイノハート世代特級・特待・一等生合同の郊外授業。
馬車にキャンプ道具と食料を積み込み、郊外の森の中でキャンプをするという簡単なものだ。
特級、特待生クラスは24人の1クラス、一等生は60人の2クラスであり、それぞれで班分けされている。
班分けは生徒の自由ではなく、今後の活動も踏まえ教師側が組んだもの。
回復魔法、神聖魔法、剣術が得意な者同士や成績を考慮し、今後の活動にも生かせるよう考慮された班分けだ。
そんな中、セリナはイノや他回復魔法が得意な特待生と一緒の4人班。
ルフジオら剣術に長けた子たちの班が周辺の偵察、パベルたち神聖魔法が得意な子たちがテントを張る。
セリナら回復魔法が得意とされてる子たちの担当は炊事の準備だ。
「イノ、お皿持ってきてくれる?」
「お任せくださいですわ」
「ナナ、薪をもらってきてほしいのだけど」
「うん、任せて」
「イスカ、野菜の皮むきお願いしてもいい?」
「分かった!」
特級、特待生の子は貴族の子が多く、炊事はおろか料理をした事もない子ばかり。
そこで、インクではこうした野営に備え1年目から料理の授業が組まれており、貴族の子達も皮むきなど簡単なことは出来るようになっている。
しかし、やはり本番となるとどうしていいのか分からず、右往左往する子が多い。
が、そこは孤児院出身のセリナ。
孤児院時代は年齢関係なく炊事洗濯などを行っていただけに、こうした事はお手の物。
オロオロするイノや同級生を横目に、すぐさま一番大変なかまどの準備に取り掛かり、周りの子に指示を出してゆく。
「セリナは手際が良いですね」
「孤児院ではよくやってましたので」
「ふふっ、これでは私の出番がなくなっちゃうわね」
郊外授業には世代担当のマルク司教や各学科の担当教師も来ており、クラスごとに数名のシスターも補佐として同行。
セリナたち特級、特待生クラスにはフィリスやラシールほか数名が付いてくれている。
「フィリスさま、ラシールさまは?」
「彼女は近場の見回りに同行しているわ。そろそろ……あ、帰ってきた」
少し前から姿が見えなくなっていたシスターラシール。
【武僧】の紋章を持つ彼女は、ルフジオら剣術が得意な生徒たちと共に見回りに出ているとの事。
ファリスとその話をしているとちょうど草陰からルフジオたちが姿を現し、一番後ろにラシールが付いていた。
「みんな、お帰り!」
「おう、戻ったぜ! 見ろよセリナ、メインディッシュだ!」
「野兎!」
周辺の偵察や見回りを行うルフジオたち聖騎士候補は皮鎧を身に着け、剣を腰に所持している。
この周囲には危険な獣や魔物が出ない事は確認済みだが、実際の遠征を考慮し必ず偵察を行う事になっているのだ。
同時に行うのが食料の調達。
実際の遠征にも馬車を用い食料は持っていくが、それはあくまで最低限。
不測の事態や状況に応じ、遠征先で食料調達も行わなければならない事を踏まえ、この郊外活動でも見回りと一緒に簡単な狩りを行う事になっているのだ。
今回ルフジオたちが捕まえたのは野兎。
動物の死体になれていない子供たちは顔を青くさせているが、セリナを含め数名はへっちゃらな顔をしている。
「これで今日のご飯が豪華になるな!」
「それ、食べるの?」
「かわいそう……」
「ルフジオ君、その前にやる事があるんじゃない?」
「あ、そうだ。マルク司教様に報告しなきゃ!」
特級、特待生クラス聖騎士候補生の代表は成績を考慮しルフジオとなっている。
ファリスはあくまで指導員と万が一に備えての同行であり、隊の指示や上司への報告は彼の仕事。
「誰かうさぎ捌ける奴!」
「お、俺は無理だぞ!」
「俺もやったことない」
「あ、僕出来るけど……」
「よし、ならパトリックに任せる! 他の連中はパトリックに捌き方を教えてもらえ!」
「ええっ!」
「俺は報告に行く!」
生き物を捌いたことなどほとんどない子が多い中、平民出のパトリックがおそるおそるながらも手を上げた。
それを見たルフジオは彼にうさぎの処理を任せ、馬車の近くで教員に指示を出しているマルク司教のもとへと走っていった。
「行っちゃった……」
「パトリック、私も手伝うからやっちゃおう」
「分かりました。血抜きもまだなので沢でやります」
「聖騎士候補の子達も一緒に来て。捌き方教えるから」
ラシールの後押しもあり、パトリックを含めた聖騎士候補の子達が野兎を捌くため再度移動を開始。
セリナたちはそのまま食事の用意を続ける。
適当に石を並べて作ったかまどに持ってきてもらった薪を並べ、火をつける。
魔法が使えれば早いのだが、同級生がいる時は使えない。
そこで、火を起こす魔道具を使用し、着火。
鍋を置き、水を入れて沸かし、切ってもらった野菜他具材を入れ、スープ作りを着々と進めてゆく。
あとは報告に行ったルフジオやうさぎを捌きに行った子とラシールを待つばかりだ。
「よし、こんなものかな」
「さすがセリナ、お上手ですわ!」
「うん、味もばっちり。すごいわね」
「孤児院では料理もよくやってましたし、授業で何度も作りましたので」
普段料理をしないだけに、イノや同級生の女の子たちからは感心の嵐。
指導員のシスターファリスからの太鼓判も貰い、ついつい表情がこぼれてしまう。
そんな時だった。
「シスターファリス、少しよろしいかしら」
「はい、今まいります! セリナ、少し離れるわね」
「分かりました、ファリスさま」
ファリスがセリナ達の神聖魔法担当ニコラ司祭に呼ばれ、席を外す。
すると、ニコラ司祭と少し会話した後、マルク司教の方へと向かってゆく。
気にはなるが、自分が気にする事でもないと、再度スープの火加減などを見ておくことに。
「セリナ、少しいいか?」
「……キガソク?」
そこに姿を見せたのはキガソクだ。
彼とは入校してすぐの頃にトラブルがあり、あまり良好な関係ではない。
……というよりはあちらから一方的に敵意を向けられており、会話をする事もほとんどないのだ。
それがここにきて急に話しかけられ、驚きを隠せないとともに警戒感をあらわにしてしまう。
「へへ……そんなに警戒するなよ」
「……何か用? パトリックたちとうさぎを捌きに行ったはずでしょ?」
聖騎士候補の彼は当然ルフジオと同じ見回り担当。
班長であるルフジオと指導員ラシールの指示でうさぎを捌きに行っているはずであり、本来はここに居ないはず。
その事を問うが、キガソクは慌てる要素もなくふてぶてしい態度のままセリナに返した。
「シスターラシールからお前へ伝言なんだよ。パトリックの馬鹿が捌くときにうっかり自分を切っちまってな」
「えぇっ!」
「それで俺が回復魔法の一番上手いお前を呼びに来たんだ」
「分かった、すぐ行く。ナナ、お鍋お願い!」
「こっちだ、ついてこい」
パトリックが怪我をしたと聞いて大慌て。
ほぼ完成し、あとは煮詰まらないかだけ見ていればよくなった鍋を班員に任せ、キガソクを追って森へと入ってゆく。
背を向け前を走るキガソクの顔が、悪魔のように歪んだ笑みを浮かべているなどと気付かぬまま。
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