第28話 セリナの剣術
とある日の剣術の授業。
日数が進み、素振りからそれぞれが同等の実力の者と軽く打ち合いをするまでになっていた。
インクに入校するまで経験のなかった者同士、騎士貴族出身で剣術の心得がある者同士。
または女の子同士など、順当な組み合わせで木剣での打ち合いをしている中。
セリナが打ち合っているのは、なんと騎士貴族出身で同じ特級生でもあるルフジオだ。
素人目から見ても綺麗かつ実践的な型から攻撃を繰り出すルフジオに、剣術を初めて1年足らずのセリナは防戦一方……かと思いきや。
拙い動きながらもルフジオの攻撃を巧みに木剣で防ぎ、あわよくば反撃さえ繰り出しているのだ。
「ねぇルフジオ、これってやっぱりおかしいと思うんだけど!」
「なんだよセリナ! どこがおかしいってのさ!」
「すごい剣の腕前を持ってるルフジオの相手が、なんで私なの!?」
「俺と対等に打ち合ってるヤツのいう事かよ!」
この1年、こと剣技に関しては全力で取り組んできたルフジオ。
才能はみるみるうちに開花し、同世代の男子生徒では練習相手にもならなくなってしまった。
剣術担当の教師が彼の練習相手に空いている騎士団員でも用意しようかと思っていた矢先。
ルフジオが「一度セリナと打ち合ってみたい」という提案を試してみたところ、セリナが思った以上に健闘。
セリナの指導という意味も含め、それ以後はルフジオの相手がセリナとなっている。
ルフジオに比べ数段練度が落ちるセリナの剣術。
何故ルフジオと対等にやれているかと言えば、やはり身体強化魔法の精度の違いだ。
インクの「体を鍛えタルトリオーネ様に認めてもらい扉を開ける」という信仰的なものと違い、セリナには全ての魔法、魔術に精通しているスードナムが付いている。
彼の助言と指導により、セリナの魔力操作を用いた身体強化は、既にインク在校生レベルのものではない。
しかし、スードナムはまだまだ満足していなかった。
『ほれ、魔力練り込みが甘いぞい。相手にも集中するのじゃ。彼奴の魔力の流れを読み取り、動きを読め』
(やる事が多すぎるよぉ!)
『なんの。多少才はあるがまだまだ小僧。練習相手にはちょうど良い。ほれ、また甘くなった』
(スーおじいちゃんの鬼! 悪魔! 魔王!)
『ふぉっふぉっふぉ。誉め言葉として受け取ろう』
(ばかーーーー!)
セリナに身体強化の精度に加え、相手の魔力の流れを感知し、動きを先読みすることも求めてくるのだ。
言われた当初はまったくできなかった事ではあるが、最近になってようやく形になってきた。
ある程度先読みすることで防御しやすくなり、反撃することも出来るようになったが、同時に身体強化が甘くなり打撃力は低下。
スードナムからはこれを再三指摘されているのだが、剣の攻防と身体強化、魔力感知とやる事が多く、セリナは涙目である。
「動きは甘いのに防がれる。意味わかんねぇ!」
「一杯一杯なの! やる事が多いの! 少しは手加減して!」
「やだよ! 同世代で本気でやりあえんのセリナだけだし!」
「ばかーーーー!」
セリナ必死の叫びもむなしく、打ち込みの手を緩めないルフジオ。
木剣が当たる音が響く中、少し離れた位置でイノとパベルが二人を見つめていた。
「……凄いですわね、セリナ。ルフジオの打ち込みをあれほど見事に」
「剣の腕も日に日に良くなってる。セリナに勝てるのはもうルフジオだけかな」
「さすが神の御子と言われるだけありますわね。もちろんセリナの努力があってこそですが」
剣術があまり得意でないイノとパベルではあるが、そんな二人からしてもセリナの成長ぶりは群を抜いていた。
初日には剣の握りや素振りの仕方まで注意を受けていたセリナが、幼い時から剣の申し子と言われてきたルフジオと打ち合っているのだ。
担当教師からは「非常に高い神聖力から来るタルトリオーネ様との繋がりの強さの結果」と言われているが、それだけでない事をパベルは知っている。
「魔力操作と循環を応用して反応速度を上げてるんだろうね」
「神々から授かった力を操作、体の隅々まで行き渡らせる術でしたわよね? でも、わたくしあそこまでできませんわ……」
「僕も無理だ。練習はしてるんだけど……」
イノ、パベルともセリナから魔力操作に関しては多少の指導を受けている。
イノは相変わらず魔力を神から授かった力だと思っているが、パベルは自分のうちにしっかりと魔力を認識できるまでになっていた。
だからこそわかる、セリナの凄さ。
魔力を圧縮し、全身に行き渡るよう循環させ、筋力と反応速度を向上させる。
インクの教師たちが「タルトリオーネ様の力」と呼ぶ物であり、以前セリナとキガソクの戦いで直接見る機会を得た。
故に理論と頭では理解しているのだが、それを実際に出来るかと言うとまた別問題。
自身で再現した時は圧縮も循環も不十分。
効果もイマイチだったうえに、体を動かしながらとなるとさらに難易度が跳ね上がった。
今も剣術の授業の度に練習はしているのだが、セリナのそれには遠く及ばない。
「打ち合いそこまで! 休憩した後柔軟を行い、授業を終了する!」
二人で打ち合うセリナとルフジオを見ていると剣術の担当教師から号令がかかる。
打ち合っていた二人も号令に従い剣を収め、イノたちのもとへと歩み寄ってきた。
「セリナ、ルフジオ、お疲れさまですわ。はい、タオル」
「ありがとうイノ」
「おっ、サンキュー!」
「二人ともよくやるね」
「私はやめたいのにルフジオがやめてくれないの!」
「へへっ、わりぃ。何でも防ぐセリナが面白くって」
二人とも汗びっしょり、肩で息をしているが疲労困憊と言うほどではなく、しっかりとした様子でイノからタオルを受け取った。
汗を拭きとり、革袋で水分補給。
「あんまり張り切り過ぎると、明日からの郊外授業に支障をきたしますわよ?」
「俺とセリナがそんなことするわけないだろ」
「ルフジオと一緒にしないで!」
「ルフジオは脳筋すぎるよ。セリナは女の子なんだからさ」
「女だろうと男だろうと強い奴は強い!」
「駄目みたいですわね」
「誰か代わって……」
郊外授業とはインクや街の中ではなく、外に出て行う授業のこと。
インクは高学年になるとオリファス教会騎士団に従軍。
魔物退治の補佐などを行うが、2年次のセリナたちは外に出て1泊2日で帰ってくるキャンプとなる。
1年次の時は外に慣れるため宿泊はなく、郊外への日帰り遠足。
これを数回行っている。
特級・特待生は人数が少ないため一等生との合同。
普段インクの寄宿舎で生活している子たちにとっては郊外に出られる数少ない授業であり、人気が高い。
セリナを含め、イノやルフジオ、パベルも楽しみにしている。
そんな郊外授業を前に、激しい打ち合いをして体力消耗を心配するイノだが、ルフジオは気にもしていない。
もちろんセリナも全く問題ないが、ルフジオの威勢のよさに押され、そちらの意味でぐったりだ。
その後クールダウンを兼ねた柔軟体操を行い、剣術の授業は終了。
イノたちは貴族邸宅からの通学であるため、入浴後馬車で帰宅。
セリナは寄宿舎に戻り、明日のための準備。
日課である魔法の訓練も軽めにし、早めの床に就いたのであった。
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