第27話 セリナ@スードナムの姿


 インクに入校してから1年余り。

 日々神聖魔法、剣術を学び、礼儀作法に苦戦しながらも、セリナは楽しみながら過ごしていた。


 今日の授業はすでに終了。

 日も暮れ、セリナは夕食も入浴も済ませ、後は寝るだけとなり寄宿舎の自室でゆっくりしていた。

 

 インクの寄宿舎は基本的に2人1部屋だが、セリナには同室の子がおらず、一人部屋として使っている。

 天井や学習机には照明となる魔道具が置かれ、夜でも明るい寄宿舎の部屋。


 その中で学習机に座り、目の前に置いたスタンドーミラーを見つめるセリナ。

 しかし、その様子はいつもと違っていた。


 綺麗な金髪は闇を連想させる黒髪。

 鮮やかな翠眼は燃えるような紅い眼に変化していたのだ。


「セリナ、みえるかのう?」

『うん……よく見える』


 そう、今セリナの体を動かしているのはスードナム。

 日頃はセリナの中に居るスードナムだが、こうして表に出てくることが可能。

 髪の色と瞳の変化はその証拠である。


 転生の秘術に失敗し、セリナの中に宿って1年。

 彼が完全に表に出てくるのはあの地すべりに巻き込まれ、死の危機に瀕した時以来。


 出合ってからずっと学生生活を送り機会がなかった事。

 スードナムの力が必要となる危険な状況がなかった事が主な理由だが、もう一つ。


『スーおじいちゃん……魔王みたい』

「……怖いかの?」

『少し……』


 そう、黒髪紅眼と言うのが、聖典や世界各地の伝承で伝えられている魔王ストライトフと同じなのだ。

 この世界を生きる人々にとって、魔王ストライトフは世界を破滅寸前にまで追い込んだ恐怖の象徴。

 いたずらをした子供を「魔王ストライトフが来るよ」と叱るなど、物心つくまえから刷り込まれ、恐れられている。


 聖典や伝承、神話により姿、形は違うが、全てで共通しているのが黒い髪や体毛であり、赤い瞳を持っているという事。

 これはスードナムが表に出てきた時と同じだ。


 もちろんスードナムは悪魔などではない。

 が、インクの入校式の祝辞にあった「魔王ストライトフ」の言葉が気になり、図書館で調べること魔王が黒髪紅眼という事を知った。


 これをすぐにセリナが知ってしまうと「悪魔に取り憑かれた!」とパニックを起こし、大騒ぎになってしまう。

 そこで、打ち明けても取り乱さず、落ち着いて話が出来るまで待つことにしたのだ。


 そして、それが今日、この時である。


『ス、スーおじいちゃん本当に魔王じゃないんだよね?』

「無論。世界を破滅に導いて何の得があるのじゃ」

『だよね? ……よかった』

「安心したかの?」

『うん』


 実際、黒髪紅眼になったセリナは取り乱すことなく、スードナムと話をしてくれた。

 セリナにとっても、魔王ストライトフは恐怖の象徴だ。

 が、瀕死だった所を救ってもらい、1年かけていろいろな魔法を教えてくれたスードナムはもはや家族の様な存在。


 たとえ聖典と同じ姿であっても、魔王でない事は分かる。

 気にならない、と言えば嘘にはなるが。


『……騙してない?』

「騙す必要がないのう。ワシがもし本当に魔王なら意識ごと乗っ取るじゃろうし」

『そ、そうだよね』


 もしスードナムが本当に魔王ならセリナの意識を押し潰して体を乗っ取り、すぐさま破壊行動を起こすだろう。

 当然そんな気はさらさらなく、今はセリナを育てることを楽しんでいる。


 セリナほどの才能の持ち主は彼の時代にはおらず、これほど幼い弟子を取る事もなかった。

 今スードナムの興味は教えること全てを吸収し、自らでは使う事がかなわなかった回復魔法も使えるセリナがどこまで伸びるのか、この一点のみ。


「今後もし命の危機に瀕したらワシがこのように表に出て何とかしようぞ」 

『スーおじいちゃんが?』

「そうじゃ。大抵の事は何とかする。安心せい」

『それは分かるんだけど……その』

「うむ、ワシを出す時は人目に注意するのじゃよ。魔王の生まれ変わりと思われてしまうのぅ」

『だよね……うん、分かった!』


 スードナムの凄さは、この1年魔法を教えてもらっているセリナはよく理解していた。

 彼が表に出れば、ほとんどの問題はすぐに解決するだろう。


 問題はやはり黒髪と紅眼。

 何も知らない人がこの姿を見ればまず間違いなく魔王ストライトフを連想し、セリナを魔王の生まれ変わりかその眷属と思うだろう。


 実際、セリナも何も知らないままこの姿を見れば、恐怖のあまりパニックを起こすことを否定できないのだから。


「さて、では今夜の魔法の訓練と行くかのう」

『え、いまから!?』

「久しぶりに体を使えるからのう。今夜は水魔法を使った魔力操作、水龍じゃ」

『水を? ……うわぁ、すごい!』


 セリナをこの姿に慣れさせたところで授業開始。

 この1年ほぼセリナの中に籠っていたスードナムには久しぶりの外の世界となる。


 魔法の発動もかなり久しぶりになるが、操作自体はセリナの中で何度も行っており、この程度はブランクにもならない。


 両手を前方にかざし、詠唱。

 淡く光る水球を空中に出現させ、形を龍へと変化させる。


 見事な水龍が出来上がったところで、部屋の中を動きまわらせた。

 スードナムにより完全に制御された水龍は一滴の水も零すことなく、キラキラと光り輝きながら縦横無尽に駆け回る。


 その姿はまさに水の龍だ。


『すごい……綺麗』

「ほっほっほ。これは王妃が好きでのう。祝いの席ではよく披露した物じゃ」


 ちなみにこの魔法、殺傷能力はほぼなく、スードナムは宴会芸として開発した物である。

 一見美しく簡単そうだが、実際には水を零さない魔力圧縮、水を龍の形にする形状変化、これを全て維持したまま操る魔力操作が必要であり、かなりハイレベルな水魔法である。


「こんなものじゃな。ほれ、やって見なさい」

『うん、わかった!』


 そう言うと髪の色が黒から金へ、瞳の色が紅から翠へと変化し、体の操作権がセリナへと移行する。


「えぇっと、こうやって……こう!」

『ほっほっほ。可愛らしい龍じゃのう』

「もう、スーおじいちゃんったら! 操作は……こう!」


 体に戻ったセリナはさっそくスードナムの操作を真似し、水球を発生させ龍を形作った。

 スードナムが体を動かす時もセリナの意識は体の中にあり、スードナムの魔力操作をその目で見て、流れを体感している。


 その為、口頭で教えられるよりもはるかに効率がよく、セリナのセンスもあり初見でもある程度のものが形作れるのだ。


「えいっ、えいっ……!」

『ほほう! 初めてにしては上出来じゃ!』

「スーおじいちゃん、これ、むずかし……あぁっ!」


 スードナムの水龍よりもデザインが甘く、動きも緩慢。

 飛び回るたびにピチャピチャと水を飛ばしてしまうが、それでもセリナは必死に水龍を操作する。


 が、細かい制御を失敗。

 龍の形が崩れ、水が部屋中に飛び散った。


「わぁ! お部屋が水浸しに……どうしよう」

『ふむ、セリナよ、ちょっと変わってくれんかのう?』

「え、スーおじいちゃんと? うん、いいけど……」


 スードナムの要望により、さっそく体の操作権を入れ替える。

 髪の色が再度黒に染まり、瞳が燃えるような紅眼へと変化。


「濡れたのであれば乾かせばよいのじゃよ」

『うわぁ、すごい! お部屋が乾いていく!』


 体の操作権を得たスードナムはさっそく魔法を使用。

 簡単な詠唱をすると、暖かい風が巻き起こり、濡れた部屋をみるみるうちに乾かしていった。


「この魔法は操作が難しいでな。セリナは先に水龍を覚えるが良い」

『うん、わかった! ありがとうスーおじいちゃん!』


 こうして、この日よりスードナムによるさらに高度な魔法のトレーニングがスタート。

 昼間の授業では神聖魔法と回復魔法を学び、夜は他の全属性魔法の勉強と練習。


 失敗し、部屋が汚れるたびにセリナとスードナムが入れ替わり、一瞬で部屋を掃除。

 物理的損傷が出そうなときはスードナムが魔法障壁を発動させ防御。


 感知魔法も張り巡らせることで他の生徒や寮監に見つかることなく、高度な魔法訓練を行っていったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る