第26話 あり得ない成績


 イノハート世代職員会議を終えた直後のニコラ司祭を呼び止めたトーマス司教。

 声を掛けられたニコラ司祭も、分かっていたように頷き、司教の後について行く。


 トーマス司教は会議室から出てくる教員たちを避けるように廊下を移動し、人気のない教室に入ると、続けて入室したニコラ司祭に振り返った。


「ニコラ司祭、どうだった?」

「……皆セリナやほか特級生たちの成績を聞いて歓喜しておりました。イノハート世代は神の恩寵だと」

「危機感の足らぬ馬鹿どもめが。この異常な成績を見ても何も思わぬのか」


 ニコラ司祭が語る職員会議の様子に、顔をしかめるトーマス司教。

 そんな彼が手に持っているのはイノハート世代特級、特待クラスの成績表だ。


「つい先日まで孤児院にいたような娘に、このような評価が出せる訳なかろうが」


 若干手を震わせながら成績表を睨みつける。

 そこに書かたセリナたち特級生の成績。


 セリナ

 神聖魔法・秀

 剣術・優

 回復魔法・秀

 礼儀作法・可


 イノハート・エメ・ホーケンブルス

 神聖魔法・良

 剣術・可

 回復魔法・優

 礼儀作法・秀


 パベル・サファ・リンドパーク

 神聖魔法・優

 剣術・可

 回復魔法・良

 礼儀作法・優


 ルフジオ・ルベ・ブルデハルム

 神聖魔法・可

 剣術・秀

 回復魔法・可

 礼儀作法・良


 セリナ以外の3人も成績優秀だが、それぞれの得意分野が明確に表れている。

 が、それはそれぞれの家が得意としている所でもあり、幼いころから身近で教わっている分野だ。


 しかし、孤児院出身のセリナにはそう言った予備知識が全くない状況でこの成績。

 いくら人並外れた神聖力を持っていたとしても、説明できることではない。


「連中にはつくづく愛想が尽きるわ。ニコラ司祭、君はセリナをどう思う?」

「あの……」

「構わぬ。ここには私と君しかいない。思った通りの事を述べよ」

「では……」


 ニコラ司祭はセリナ達の神聖魔法担当であり、成績表の神聖魔法欄も彼女が記したものだ。

 だからこそ、トーマス司教は彼女にセリナの印象を聞いたのだが、彼女は俯き口ごもってしまう。


 司教が他言しない、問題にしないと口にした事で、ようやくその重い口を開いた。


「私は、あの子が怖いです。あの子はどんなことも……いえ、教えていない事ですら簡単にやってのけてしまいます」


 インクの教員として長く神聖魔法を生徒たちに教えてきたニコラ司祭。

 そんな彼女から見て、セリナは異常であり、恐怖の対象だった。


 本来であれば数日、上手くいかない子ならばひと月はかかる英知の女神セルタリアーネとの扉。

 それをセリナは一瞬にして開き、熟練した聖魔導士でさえ不可能なレベルの輝きを放つ【ライトボール】を発現させたのだ。

 挙句、教えてもいない火の魔法を使い、他の課目もほぼ一発で成功。


 精度は現役の聖魔導士顔負け。

 すでに教師であるニコラ司祭よりも練度が高くなっているのだ。


「例え神の御子であったとしても、あの子の成長は早すぎます。なにか……そう、得体の知れない何かの様な気がして」

「……ニコラ司祭、セリナは教えてもいないのに火の魔法を使ったと言ったな?」

「はい。それも初めての授業で。私も長い事教師をしていますが、あんなことは一度も……」

「……もしや、魔王ストライトフか?」

「ま、まさか!」


 トーマス司教が話を聞き、深刻な表情をしながらぽつりと呟いた『魔王ストライトフ』。

 その名を聞いてニコラ司祭の顔が驚きと共に恐怖に変わる。


 聖典によれば、800年前、突如として現れ世界を混沌に堕とした魔王ストライトフ。

 神聖魔法以外すべての魔法を使い、死と破壊を振り撒き、魔物を操り、人々を破滅と滅亡へと追いやった。

 この前人未到の危機に国の輪を超えた大軍が結成され、決戦に挑むこととなる。


 長い戦いの末、辛くも戦いに勝利する事が出来た人類だが、往生際の悪い悪魔ストライトフは死に際に禁術を発動。

 1万もの兵士たちを地獄への道連れにするとともに、周囲一帯を瘴気に満ち何人も近寄れぬ呪いの地としてしまった。


 挙句多大な犠牲を払い討伐したにもかかわらずその魂は滅びず、いつの日か再び世に姿を現し破滅を招くとされている。


 これと似たような伝承が世界各地に残っており、とある場所には呪いの地も存在し、魔物の出現は今も止まっていない。

 まさに聖典に書き記されたとおりであり、魔王ストライトフもいつか復活するとされているのだ。


「セリナが、彼女が魔王ストライトフの生まれ変わりだと……?」

「分からぬ。だが教えられてもいない火の魔法を使ったとするならば、あるいは」

「そんな……すぐにレイオット大司祭様にお伝えしなくては!」

「待ちなさい!」


 世界を破滅に導く悪魔の復活と聞いて、ニコラ司祭はすぐさまインク学長であるレイオット大司祭に報告に行こうとする。

 まるで世界の終わりの様な表情をし、飛び出していこうとするニコラ司祭を、トーマス司教があわてて止めた。


「今はまだ証拠がない。レイオット大司祭様にお伝えしても、マルク司教がうやむやにしてしまうだろう」

「あぁ……神よ……」


 トーマス司教とニコラ司祭はセリナを怪しんでいるが、世代主任であるマルク司教他教員たちは彼女が神の御子、神の恩寵だと信じている。

 この状況でレイオット大司祭に報告しても、確たる証拠はなく、あちらの意見が通ることは必至。

 むしろ、こちらが異端者として処罰されかねない。


「ニコラ司祭よ、機を待つのだ。其方にはこのまま教鞭をとっていただきたい」

「わ、私に魔王を育てよとおっしゃるのですか……!?」

「アレが魔王の生まれ変わりだと言う、確証がいるのだ」

「ですが……」

「私は日々の様子を見る事が出来ぬ。これは其方にしか頼めぬこと」


 話をすればするほど、顔色が悪くなってゆくニコラ司祭。

 そんな司祭をトーマス司教は必死に説得し、セリナが魔王の生まれ変わりだという証拠をつかむよう頼み込む。


「正体を見定める必要があるのだ。私はその時に備え準備する」

「トーマス司教様……分かりました」


 結果、ニコラ司祭はこのままイノハート世代の特級、特待クラスの神聖魔法担当教師として授業を続ける事を決意。

 常日頃からセリナの動向に注意し、もし何かあればすぐに報告することを約束した。


 トーマス司教はセリナを危険視する仲間を集めることを決意。

 万一の事態に対処できるよう準備を進め、即座に行動できるようにする。


 それはこの世界に住む人であれば誰もが予想する、予想してしまう魔王の復活を阻止するための行動だ。



 幼い頃より学び、人生と常に共にあったオリファス教会。

 その聖典に書かれている事が世界の全てであると、信じて疑わないのである。

 

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