第25話 職員会議


 セリナがインクに入校してから三か月ほど。

 慌ただしくも平和な日々を過ごす中、インクの会議室に教職員が集まっていた。


「それではこれよりイノハート世代第一期報告会議を行う」


 教職員が座る机の前方にいるのは世代主任を担うマルク司教だ。

 イノハート世代と言うのは入校式の際、新入生代表挨拶をした者の名をその世代を表す言葉として使うインクの風習。

 そう、これから行われるのはセリナ達の世代を総括した職員会議だ。


「それでは三等生からお願いする」

「はい。三等生担当セヤックです。三等生は例年同様……」


 三等生担当教師が入校してから三か月の経過報告を述べてゆく。

 授業の進み具合、神聖魔法の習熟度、各分野の成績優秀者など。

 全等級の中では彼が担当する三等生が一番人数が多いが、特質すべき生徒も想定の範囲内に収まっている事もあり、口調もどこか淡々としたものだ。


 他の職員たちもそれを分かっており、自分と関係のある分野だけはしっかりと聞くが、それ以外だとやや気怠そうに聞き流しているようにも見える。


「……以上です」

「では次、二等生」

「はい。二等生は私、ビアンカが報告いたします。」


 三等生の報告が終わり、二等生の報告が始まる。 

 だが、教職員の反応は三等生の時と変わらず。


 二等生が終わり、一等生の報告が始まる。

 先ほどよりも教師たちが興味深げに報告を聞き、隣の教師と何かしら話し込む様子も見え始めた。


「ここまでが一等生の報告となります。ここまではスケジュール通りに進んでいます」

「ありがとう。それでは、私が特級生と特待生の報告をさせてもらう」


 一等生の報告が終わったことでいよいよ本題。

 マルク司教が直接担当する特級・特待生クラスの報告が始まった。


「皆も知っての通り、今年は特級生がなんと4人も存在する。これはインクの長い歴史を見ても初めての事だ」


 インクが定める特級生の条件は神聖力30000以上。

 特待生の条件となる神聖力10000以上でも数十名しかいないことから、世代によっては特級生該当なしという年も珍しくはない。


 居たとしても世代に1人か2人。

 3人と言うのはインクの歴史を紐解いても50回以下だ。


 だが今年。

 このイノハート世代では特級生がなんと4人もいる。


「中でも世代名にもなっているイノハート・エメ・ホーケンブルスはあの聖女アリアナを超える神聖力を有している」


 既にこの会議室にいる教職員全員が知っている事ではあるが、再度世代主任の口から語られたことでざわつく会議室。

 しかし、マルク司教はまだまだと言わんばかりの笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「そして、シェットシープの孤児院から来たセリナという少女。この者が神聖力130000をその身に宿している」


 マルク司教が力強く語った言葉に、より一層ざわつきが大きくなる。


「マルク司教様、質問をよろしいでしょうか?」

「受けよう」

「ありがとうございます。セリナという少女の神聖力はまことの物でしょうか? 入校したての者がセオディウロ聖魔導士団と同レベルと言うのはどうにも信じがたく」

「我が主、オリファスに誓ってまことの事だと断言する」


 投げかけられた質問に、威圧するかの如く語気を強くして答えるマルク司教。

 セリナの簡易検査も精密検査もマルク司教立会いのもと行っており、不正などありえない。


 さらにマルク司教が言い放った「主、オリファスに誓って」という文言はオリファス教では最も重い言葉である。

 もしこの文言を放ったにもかかわらず、間違っていた場合は教会からの除名もあり得るほど、責任が伴うのだ。


 そこまで言われれば質問者も信用するほかない。

 それは他の教員も同様で、互いに顔を見合わせながらも納得する。


「よいか? それでは報告を続けさせてもらう」


 回答を終えたマルク司教は会議室を見渡し、他に質問がないか確認した後、手に持つ報告書類に視線を戻す。


「特級、特待生の授業は例年より早く進んでいる。これは生徒の質が高い事に加え、セリナに触発されてのものだろう」


 インクので授業は年度事に教える内容が決まっている。

 1年次と2年次では授章の儀に向けて神聖魔法と剣術、回復魔法の基礎を徹底して学ぶ。


 この2年間の成績が授章する紋章に反映され、神聖魔法成績優秀者は聖魔導士、剣術ならば聖騎士、回復魔法ならば回復士の紋章を授かる事が多い。


 そんな指導内容をセリナ達イノハート世代は例年より早く消化している。

 それと言うのも……。


「わずか3ヵ月ではあるが、セリナの成績は神聖魔法・秀、剣術・優、回復魔法・秀である」


 インクの成績評価は秀・優・良・可・不可の5段階。

 セリナは礼儀作法の項目こそ可だが、他の神聖魔法、剣術、回復魔法では極めて優秀な成績を収めていた。

 もちろんセリナ自身が日々努力した結果だが、スードナムという最高峰の魔導師が常に付きっ切りで教導してくれている点も非常に大きい。

 

「彼女が他特級生、特待生の手本となり、全体のレベルが大きく上がっている」


 実際にはセリナがスードナムから教わった魔力操作などをイノやパベルに教え、彼女たちがさらに特待生たちに教えるという形。

 イノがセリナから教わったことを「神様との扉の開け方」と誤解してくれたことで、イノを含めた特待生たちもこれが体内に宿す魔力ではなく、神の御業だと解釈している。

 おかげでセリナが神聖魔法ではなく魔法そのものの訓練をしているという事は、誰にも気付かれていない。


「彼女の他特級生三人も成績がきわめて優秀だ。このまま育てば全員が稀有な紋章を授かる黄金世代となるだろう」


 マルク司教の言葉に、沸き立つ会議室。

 この数百年聖女や剣聖、極聖魔術士といった有力な紋章を持つ生徒が出てきておらず、期待に夢を膨らませる。


「イノハート世代、そしてセリナこそ神が魔族、魔物に苦しむ我らに与えて下さった恩寵である。各々方、これを心して教鞭を執っていただきたい。報告を終わる」


 マルク司教の締めの言葉で、拍手が巻き起こる会議室。

 職員全員が後の世に間違いなく名が残るであろう世代の子供たちの指導に当たれることを誇り、やる気に満ち溢れていた。


 その後は簡単な質疑応答、今後の指導内容の確認をおこない、解散。

 閉められていたドアが開かれ、教員が次々に退出。

 教室や職員室などそれぞれの場所へ散って行く。


 そこへ見計らったかのように物陰から一人の男性が現れ、一人の女性に声をかけた。


「ニコラ司祭。少し良いか?」

「トーマス司教様……?」


 会議が終わるのを待っていたかのように現れたのは違う世代を担当しているトーマス司教。

 そして彼が声をかけた女性こそ、セリナたち特級・特待生クラスの神聖魔法担当教師、ニコラ司祭だった。

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