第24話 礼儀作法と回復魔法


 インクでの生活にもだいぶ慣れて来たセリナ。

 神聖魔法の筆記、実技に剣術、歴史といった授業にはスードナムの助力もあり問題なく過ごせていた。


 そんな中、彼女がどうしても苦手な授業があった。


「セリナさん。そこはスプーンではなくフォークを使います」

「はい……」

「そんなにがっついてはいけません。もっとしとやかに、おごそかに」

「ふえぇ~……」


 そう、礼儀作法の授業である。

 つい先日まで孤児院で礼儀作法とは無縁の生活をしてきたセリナにとってはまさに異世界。


 挨拶ひとつとってもスカートの端をつまんで腰を折り頭を下げるが、教科書にはそのすべてに角度まで記載されている。

 歩く速度、歩幅、話し方など、礼儀作法の内容は多岐にわたり、食事ひとつとってもこの有様だ。


 これに関しては同じ特級生であるイノや特待生の女子生徒たちの方が上手。

 というより彼女たちは貴族家の生まれであるため、物心ついた時から習っていたため体に染みついているのだ。


 これは男子生徒も同様で、セリナと同じく平民出身の特待生2人が担当教師から事あるごとに注意を受けている。


(たすけてスーおじいちゃん……)

『んん? ほっほっほ。こればかりはセリナが身に着けんと意味がないからのう』

(堅苦しいよぉ……)


 なおこの礼儀作法の授業、1等生以下では貴族の子がいるクラスでしか授業がない。

 それはインクの卒業後に関係している。


 インク卒業後はオリファス教会騎士団に属す事になるが、騎士団も数があり役割も様々だ。

 卒業生は一部騎士団の方から指名されることはあるが、基本的には卒業時の神聖力で配属先が決まる。


 上位の騎士団ともなれば国王や教皇に謁見する機会も多く、身だしなみや礼儀作法と言った教養の高さが求められるのだ。

 中堅であっても神聖力が高いものは後々部隊長、騎士団長などの役職に就くことも見込まれるため、これも高い教養が必要とされる。


 これにはやはり幼いころから礼儀作法を教えられている貴族の子供の方が都合がよく、下手に平民出の人物を上げると無駄な争いを生む可能性を考慮しての事。

 平民出でも班長や部隊長にはなれるが、そこから先の騎士団長クラスは難しい。


 例外は貴族出身の者を黙らせるだけの神聖力を有する事と、最低限失礼のない礼儀作法を身に着けている事。

 その為、神聖力が高い特待生以上の平民の子は、一から礼儀作法を学ぶ必要があるのだ。


 もちろん、毎年平民出の子供がこの授業に苦戦するのも恒例である。


「セリナ、大丈夫ですの?」

「イノ……だめ、ぜんぜん頭に入らない」

「礼儀作法は覚えるより慣れですわ。わたくしもご一緒しますので、もう一度……」

「うん、ありがとう」


 侯爵家の娘であるイノはすでに礼儀作法をほぼ完ぺきに習得していた。

 その為、この時間は軽く作法の復習を行った後、自習となっているのだが、慣れない礼儀作法に苦戦するセリナを見かね、こうして担当教師と一緒に教えてくれている。


「違いますわセリナ。そこはこう、ですわ」

「んっと……こう?」

「そう! お上手ですわ!」

「えへへ、やった」


 一人であったならば投げだしてしまいそうだったが、甲斐甲斐しく面倒を見て教えてくれるイノに助けられながら、礼儀作法を覚えていった。



 ところが、これが次の授業になるとイノとセリナの関係が完全に逆転することになる。


「回復魔法は癒しの女神であるエピトラム様より力をお借りし、傷を治す術です。各自エピトラム様に祈りを捧げ、詠唱しなさい」


 担当教師の合図に従い、生徒たちが手を組み合わせ、祈りを捧げる。

 同時に回復魔法の詠唱を開始。


 そんな生徒たちの正面、机の上に置かれているのは魔道具だ。

 四角い木製箱で、手のひらサイズ。

 箱の真ん中には宝石だろうか、キラキラと光を反射する結晶が取り付けられている。

 これは回復魔法にのみ反応するという特殊な物で、回復魔法の初期訓練に使用される。


 すでに魔法は神とは関係なく、詠唱と魔力によるものだと理解しているセリナ。

 祈りは形だけにし、詠唱しつつ魔力を放出するだけで魔道具の宝石が光を発生させる。


「む、難しいですわ……セリナ、どうやってそんなに輝かせていますの?」

「えっとね、詠唱しながら、ま……エピトラム様に治してもらうようお願いするの」

「先程からやってますわ。でも、ぜんぜん光らないんですの……」


 そう語りながら悲しそうな表情で自分の前に置かれた魔道具を見るイノ。

 彼女の魔道具はまったく光ってない訳ではない。

 しかし、それはほんのり光るといった程度で、セリナのように光り輝くというほどではなかった。


 それは他の子達も同様。

 光らせている子もいるがやはり光は弱く、中にはまったく光っていない子もいる。


 特級生で行くとルフジオはほとんど光っておらず、パベルは魔力の事を理解し始めているからか、セリナ以外では一番魔道具を光らせていた。


「わたくし、聖女を目指しておりますの。ですので、この分野だけは負けられないのですわ」

「う~ん……」


 そんなパベルの魔道具と、クラスで一番強い光を放っているセリナの魔道具を見て、最後に自分の魔道具を見るイノ。

 神聖魔法と回復魔法が重要とされる聖女の紋章を目指す彼女にとって、セリナはおろか聖魔導士を目指すパベルにまで差を付けられている事に危機感を覚えているようだ。


 こういう時最も頼りになるのはスードナムなのだが、今回ばかりは協力を頼めそうにない。

 それと言うのも……。


(スーおじいちゃん、何とかならないかな?)

『気持ちはわかるんじゃがのぅ。ワシ、回復魔法使えんのよ』

(むむむ……)


 スードナムはほぼすべての魔法を極めた大魔導師だが、唯一回復魔法だけは使用することが出来なかったのだ。

 本人曰く「適性がなかった」との事だが、彼の時代では回復魔法は光魔法に分類されており、800年が経過し転生した今でもそれは変わらない。


 もっとも、使えないだけで、概念や理論はしっかり覚えているところが全ての魔術を愛した彼らしいが。

 逆にセリナは光魔法の才能に長けているらしく、こうして問題なく回復魔法の訓練を行っている。


『この時代の回復魔法はワシの時代とはかなり違う。残念ながら教えられん』

(じゃ、じゃあ……あ! 魔力操作は教えてもいい?)

『ふむ。それなら問題ないじゃろう』

(ありがとう、スーおじいちゃん!)


 スードナムから了承を得たセリナが、深刻そうな表情でうつむくイノへと視線を向ける。

 そして、担当教師が近くにいない事を確認し、イノへと話しかけた。


「ねぇイノ。ちょっと手を貸して」

「手を? なにをいたしますの?」


 突然出された要望に、不思議そうに首を傾げながら手を差し出すイノ。

 セリナはそんな彼女の手をしっかりとつかみ、スードナムへと話しかける。


(スーおじいちゃん、お願い)

『よかろう』

「……えっ、なんですのこれは!?」

「イノ、静かに。先生に聞こえちゃう」


 スードナムが行ったのはもちろんイノの中にある魔力を操作し、彼女に魔力の存在を認識させる事。

 パベル同様もともとの保有魔力が大きかった事もあり、少し動かしただけで驚くほどの反応が返ってきた。


「セリナ……あなた、これは……」

「イノ、分かる?」

「分かる……分かりますわ! セリナ、わたくしの中の扉を開けてくれたんですのね!」

「……へ?」

「今まで感じていた以上に主のお力を感じますわ! あぁ、なんてすばらしい……」


 が、どうやら彼女はこの感覚を自らの力ではなく、神様から託された力だと勘違いしたようだ。

 スードナムに正した方が良いかと問うも『めんどくさいからそのままにしておこう』という身も蓋もない回答の前にあえなく撃沈。

 そのまま神の力にしておくことにした。


 自らの魔力であろうと神からの力であろうと、魔法発動のプロセスは変わらない。

 セリナは初めて感じた魔力に興奮気味になってしまったイノを何とか宥め、扱い方を伝授する。


「イノ、今感じている力を全身に張り巡らせて、詠唱に乗せてみて」

「わ、分かりましたわ……!」


 アドバイスを受け、それまではしゃいでいた表情が一変。

 真剣なまなざしとなり、先ほど同様手を組んで祈りを捧げ、集中して詠唱を告げる。


 すると、イノの前に置かれた魔道具がパベルほどではないにしても、先ほどよりも明らかに強い光を放ち始めたのだ。


「や、やりましたわ! セリナ、ありがとうございますですわー!」

「わ、わ! イノ、静かに、静か……!」

「これ、あなた達、騒がしいですよ!」


 それを見た瞬間、イノはこれまでで一番の喜びを見せ、授業中だという事も忘れて大喜び。

 セリナの制止も届かず、結局担当教師に見つかり注意される事となってしまった。


 なお、その横でパベルが呆れると同時に頭を抱えていたことは言うまでもないだろう。


 その後、急に光を強くしたイノはエピトラム様への祈りが届いたという事で片付けられ。

 数日後にはパベルと同等かそれ以上の光を放つことが出来るようになったのであった。

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