第23話 セリナの実力?
逃げてゆくキガソクたちをセリナは追わず、その場に立ったまま去って行くのを見送る。
同時にスードナムの干渉も終わったようで、黄色だった瞳も普段の翠眼へと戻ってゆく。
『とまぁ、こんな感じじゃ。分かったかの?』
「うん……凄すぎて分かんないってのが分かった……」
『なんと!?』
スードナムとしてはかなり抑えての魔力操作と身体強化だったが、セリナにはお手本にするにしても早かったようだ。
もっとも、セリナもスードナムがただの好々爺ではなく、高度な技術を持つ魔導師であることを認識できる出来事でもあったのだが。
「セリナ、大丈夫か?」
「うん。パベルは?」
「僕は何ともない。セリナ、今のは……」
キガソクたちとセリナの戦いの一部始終を見ていたパベル。
明らかに常人離れしていたセリナの動きが気になり、声をかけてきたようだ。
「えっと、身体強化?」
「なんだそれは……
「魔力を全身に循環させて筋力を強化する……ことなんだけど」
「まさか……」
セリナから返ってきた回答に考え込むパベル。
彼もこの数週間セリナから教わった魔力操作を必死に練習しており、思い当たるところがあるようだ。
「おいお前ら、まだそんなところにいるのか!」
そこへ駆けて来たのは同じ特級生であるルフジオだ。
「ルフジオ、何か用ですか?」
「何かじゃないだろ。いつまでたってもパベルたちが戻ってこないから様子を見に来たんだ。あれ、セリナも居たのか」
「うん」
どうやら彼は片付けを終えた後、パベルら授業でバテてしまった子たちが帰ってこない事を気にし、様子を見に来たようだ。
そこにセリナを見つけ、不思議そうに首を傾げた後、手に持つ木剣を視界に捉えると表情を変えた。
「セリナ、その木剣……何があった?」
「え? あの……」
「キガソクが僕たちをからかいに来たんだ。止めに入ったセリナにも食って掛かった」
「あいつ……セリナ、大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん、大丈夫。追い返したから」
「……は、追い返した?」
セリナから発せられた予想外の言葉に、思わず間抜けな声が出てしまったルフジオ。
実はキガソクは貴族家、特に騎士を多く輩出する家の間では有名な問題児だったのだ。
理由はもちろん他者を見下す、いたぶる事を楽しむと言った彼の歪んだ性格。
そしてそれを実行しても泣き寝入りさせてしまう彼の剣術。
国の方針により10歳になるまで神聖力の訓練は行わないが、体を鍛えたり剣術の稽古をする事は可能。
キガソクも例にもれず、幼い時から剣の指導を受けている。
歪んだ性格に剣術と言う武力が加わり、手が付けられなくなったキガソク。
インクへ特待生で入校できる神聖力も持っていると分かり、傲慢さに磨きがかかってしまっていた。
ルフジオも騎士貴族出身として気を付けてはいたが、目を離したすきに彼の横暴を許してしまった形だ。
そんなキガソクに目を付けられてしまったセリナを気遣った、のだが。
彼女から返ってきたのはまさかの「追い返した」という言葉。
「セリナが? 剣で? 嘘だろ……?」
「事実だルフジオ。僕や他の特待生も見た」
どこか悔しそうな表情でそう話すパベル。
彼の横に居る他の特待生たちもパベルに同意するように首を縦に振り、セリナが剣でキガソクを撃退したことを肯定している。
「セリナはどこかで剣を習っていたのか?」
「ううん。木剣なんて持ったの初めてだよ」
もしやと思って投げかけた質問に返ってきた返事に、ますます困惑してしまうルフジオ。
木剣を初めて持った少女があっさり勝てるほど、キガソクの剣術の腕は甘くない。
一体何が起こったのか考えを巡らせるが、結局何も思い浮かばなかった。
「とりあえず僕たちも帰ろう。セリナ」
「なぁに、パベル」
「その……すまない。僕たちのせいで……」
思考のドツボにハマり、知恵熱を出しそうなルフジオを見て、パベルが立ち上がり皆で帰ろうと声を上げた。
一連の騒動で呆気に取られていた他の特待生たちも頷き、その場から立ち上がる。
そして、パベルはセリナに背を向けたままか細い声でセリナに謝罪を述べた。
普段あまり表情を表に出さないパベル。
だが、慣れない運動で授業に付いていけなかった悔しさ。
気にかけ、様子を見に来てくれたセリナへの感謝。
庇ってくれたセリナが、キガソクと対峙しているのに何もできなかった惨めさ。
同い年の、それも女の子に謝るのは情けなくも感じる。
それでも、自分たちのために剣を持ってくれた事には謝意を伝えなければいけない。
正面を見ず、背中で伝えたのは、10歳の彼に出来る精一杯だったのだろう。
そんなパベルの精一杯を知ってか知らずか、セリナは笑って答える。
「ううん、気にしなくていいよ。……痛ッ!」
「セリナ!?」
「どうした! やっぱりどこか当たったのか!?」
「ちょっと足が痛くなっただけ。大丈夫だから……」
パベルの謝罪に応じた後、動こうとした瞬間。
ふくらはぎに鋭い痛みを感じ、しゃがみこんでしまった。
この突然の出来事に大慌てのパベルとルフジオ。
キガソクの木剣がどこかに当たったのかとセリナ以上に大騒ぎ。
セリナはそんな二人をなだめ、心の中で痛みの原因を知る張本人に話しかけた。
(スーおじいちゃん、脚、痛いよぉ!?)
『んん? おぉ、ほっほっほ。ちょっとばかし魔力を溜めすぎたかの。なぁに、軽い筋肉痛じゃ。すぐに治まるじゃろうて』
(もおおぉぉぉ! スーおじいちゃんのバカぁ!)
その後、不安そうにするパベルとルフジオに筋肉痛である事を告げる。
すると、まるで大怪我でもしたかのようなリアクションをされ、彼らの手によって医務室まで連行される事となった。
挙句、治療後に向かったお風呂ではイノたちから遅れた理由を問われる事となり。
その場は何とか誤魔化すも、翌日にはパベルらその場にいた特待生の子達から事の顛末が知れ渡る事となったのであった。
―――――――――――――――――――――――
フルジオがセリナをお姫様だっこで抱え、医務室へと駆けてゆく。
その後をパベルと数名の特待生が追う。
そんな彼らを、少し離れた位置から眺める剣術担当教師とラシールの姿があった。
「セリナ、大丈夫でしょうか……?」
「ふむ、力を降ろし過ぎ軽く筋を痛めたか。シスターも見てただろう。彼女は一太刀も浴びていない」
「それは……分かります。ですが、信じられません」
「同感だ。まさかインクに入りたてであれだけタルトリオーネ様に見初められていようとはな」
2人はセリナとキガソクの対決を遠目からずっと見ていたのだ。
もちろん、キガソクにセリナが押され危険な状態になったら止めに入るつもりでいた。
しかしどうだ。
実際には助けに入るどころか、あのキガソクが手も足も出ないほどに打ち倒されてしまったではないか。
取り巻き2人を相手にしてもセリナ優位は変わらず、常識外の動きで一掃してしまった。
教師とラシールにはセリナの動き方に覚えがある。
それこそ、この授業の行く先。
体を鍛え、剣術を学び、信仰を深く日々を過ごし、武と戦の神タルトリアーネに認めてもらう事でようやく身に着けられる【身体強化】だ。
「インク在学中にあの領域に達するなど不可能です……なのに、何故……」
「あれほどの練度となると上級騎士団クラスだ。才と力に溺れるうつけ者など相手にならんだろう」
オリファス教会での【身体強化】の術は降神術の一つとされている。
己が身にタルトリオーネ様の力の一部を宿し、筋力を大幅に強化するもの。
どの程度の力を宿せるかは日々の鍛錬や信仰度によって変わるとされている。
故に、オリファス教騎士団の団員は常日頃から心身共に鍛え、鍛錬を怠ることはないのだ。
が、先ほどのセリナのそれは、オリファス教騎士団でも血の滲むような修練を積んだ上級騎士団と同等の物。
少しばかり剣の才と神聖力も持っているだけで他者を見下し、傲慢な態度を繰り返すキガソクなど相手にならないのは当然だとばかりに、教師はほくそ笑む。
「あの歳にしてあれだけタルトリオーネ様の力を宿せるとは。マルク司教様の言う事も間違いではなさそうだな」
「彼女の神聖力が人並外れているのは伺っていましたが、よもやこれほどとは……」
「ふむ、であれば聖女の紋章ではなく、【聖剣】の紋章を授かるやもしれぬな」
「【聖剣】ですか?」
「うむ。見た限りでは彼女の剣術は素人だ。授章の儀まで2年しっかり剣術を身に着ければ十分にあり得る話だ」
【聖剣】は【聖女】同様、先代から100年以上受章者が現れていない紋章である。
【聖女】が回復魔法と聖魔法に長けている女の子が授かるのに対し、【聖剣】は剣術などの武術と聖魔法に長けた男女が授かるとされている。
どちらもインクの長い歴史を紐解いても数人しか授章しておらず、授かったものは例外なく歴史に名を遺す偉人だ。
「これは私も気を抜けぬ。才能豊かな子らをしっかりと育て上げねばならん。シスター、セリナの方は頼んだぞ」
「はい。お任せください、司祭様」
セリナ達の姿が校舎へ消えて行くまで見守ったのち、教師とラシールは片づけを再開。
神に見初められた子達の行く末に、夢を膨らませるのであった。
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