第22話 技術指導という名の返り討ち
「司祭様、木剣はここでよろしいでしょうか?」
「ありがとうシスター、そこに置いておいてくれ」
生徒たちがほとんど帰ったグラウンド。
残った教師である司祭とラシールは授業の片づけを行っていた。
といっても片付けるのは使用していた木剣や給水用の革袋と言った簡単な物ばかり。
作業もすぐに終わるはず、だったのだが。
「あら、あそこにいるのは……」
ラシールが片付けの最中にふと視線を向けた先。
そこには体を動かすことに慣れておらず、授業で疲れて果ててしまい木陰で休んでいた男子生徒たちだ。
問題だったのはその横にいる4名。
一人は特待生で騎士族出身のキガソク、その後ろの二人は同じく騎士族の嫡子。
そんな彼らと対峙している一人は平民出の特級生セリナだったのだ。
しかも、あろうことか両者とも木剣を持っており、向き合ったうえで剣を構えている。
その雰囲気から木剣を使った喧嘩であることは間違いない。
「いけない、止めないと……!」
木剣をつかった喧嘩などもちろん許されないが、それ以上にキガソクが剣を振るう事が危険だ。
彼は幼い頃から親や指導者から剣の指導を受けている。
ほんのひと月前まで、孤児院で一般人として生活していたセリナが勝つなど不可能。
それどころか、一方的に押され怪我をしてしまう危険もある。
2人を止めようとラシールが動こうとした、その時。
「待て、シスター」
「司祭様!?」
教師である司祭から待ったがかかったのだ。
「あいつらは騎士族出身の連中だったな。対峙してるあの女子は……」
「セリナです。歴代最高神聖力の」
「例の子か」
不安そうにするラシールとは対照的に、元騎士である司祭は落ち着いていた。
それもそのはず、彼には見えていたのだ。
セリナの初心者くさい構えとは裏腹に、彼女の中で高められてゆく神聖力が。
「シスター、見ていろ。これはちょっとした見ものだぞ」
「えっ?」
―――――――――――――――――――――――
木剣を構えたセリナに攻撃を仕掛けるキガソク。
地面を蹴る脚は力強く、セリナが知る同世代の男の子達とは一線を画す速さだった。
「お、おい、二人ともやめろ!」
「うるせぇ、お坊ちゃんは黙ってろ!」
騎士族の子が女の子に襲い掛かるという事態を止めようとパベルが叫ぶ。
だが、キガソクは止まらない。
むしろ、騎士族で貴族でもある自分を差し置いて特級生になっているセリナを一方的にいたぶれると、黒い笑顔を浮かべて木剣を振りかぶる。
そして、受けるセリナは……。
『では、まず悪い例を見せようかのう』
「こんな時に!?」
スードナムから発せられたとんでもない一言を聞いて、恐怖のあまり目を瞑ってしまっていた。
襲い掛かるキガクソの木剣が、セリナを捉えようとした瞬間。
周囲に「カーン!」と言う乾いた音が響き渡った。
「なっ……!」
「えっ?」
なんと、キガクソ渾身の一撃をセリナが受け切ったのだ。
『筋力、体格とも勝っている相手に正面から向かってはいかん。力負けしてしまうからのう』
「えっえっ、えぇっ!?」
言葉とは裏腹に、セリナの木剣はキガソクの太刀を正面から完全に受け切っている。
鍔迫り合いのまま押し潰してしまおうと、腕が振るえるほど力を入れいるキガソク。
だが、セリナの細腕はピクリとも動かず、木剣も微動だにしない。
「言ってる事とやってることが違うよ、スーおじいちゃん!」
『ほっほっほ。セリナよ、己が内をよく見てみるが良い』
「内? ……あっ」
スードナムに言われ、己が内、つまり体内の魔力を覗くセリナ。
そこで見たものは、到底真似できないであろうほど高度に練り込まれた魔力。
無数の渦を発生させ、体の隅々にまで行き渡らせ循環するという超ハイレベルな魔力操作による身体強化だ。
「す……すごい!」
『これでも体に合わせて押さえておる。じゃがこの程度でも岩程度には硬いの』
スードナムが操るセリナの体は、腰をやや低くし重心を落とした体勢だ。
だが、そんなことをしなくてもキガソクの木剣は簡単に受け止めることができただろう。
実際、キガソクは木剣を両手持ちにしてもセリナの木剣を押し込むことが出来ず、顔を真っ赤にしている。
「く、くそっ! これならどうだ!」
押し潰すことが無理と悟ったキガソクはバックステップ。
距離を取って別方向から攻撃を加える。
『コツは常に魔力を全身に行き渡らせる事じゃ。体を動かしながら行うにはちょいと慣れが必要じゃがな』
「す、すごい……!」
が、その攻撃は全てセリナの木剣の前に防がれる。
横薙ぎ、切り上げ、振り下ろし。
同世代の男子生徒でも防ぎきれないであろう猛攻を、セリナは木剣が当たる乾いた音を響かせて全てガード。
しかも、キガソクが攻撃の度にステップを踏んで位置を変えるのに対し、セリナはその場から一歩も動かない。
その異様さは対峙するキガクソはおろか、取り巻きの2人、休んでいたパベルほか生徒たちにも感じ取れていた。
「な、なんだこいつは……! ならッ!」
このままでは埒が明かないと、再度バックステップで距離を取り突きの姿勢を取る。
「こ、これならどうだッ!」
放たれるキガソク渾身の突進突き。
『……甘いの』
しかし、これもセリナの前に軽くいなされる。
突き出された木剣の間合いを見極め、下からの一閃。
今までの攻防の中でも一番大きな音を立てた。
「ぐあッ!」
まるで岩の様な一撃をうけたキガソクの木剣は手を離れ、くるくると宙を舞うと、地面にポトリと落下する。
「ちくしょう……化け物め。おい、お前ら、二人がかりでやっちまえ!」
「えぇっ!?」
「キガソク、お前!」
弾かれた衝撃が手に残り痺れているのか、木剣を持っていた手を抑えるキガソク。
ここまでされても懲りないらしく、後ろで控えていた取り巻きの二人にセリナを攻撃するよう命令する。
「へっ、てめーが化け物でも、二人がかりなら……!」
「や、やってやる!」
目の間でキガソクがセリナに手も足も出なかったため尻込みはしている。
が、2対1ならやれるだろうと下衆い笑みを浮かべて木剣を構え、パベルの制止も聞かず、セリナに襲い掛かった。
『ふむ。では悪い例その二じゃな。一人で多数を相手にしてはいかんぞ。一方的に攻撃されてしまうからの』
「それは言われなくてもわかるよぉ!」
取り巻きの二人は示し合わせたかのようにセリナの左右に分かれ、同時に攻撃してくる。
……しかし。
「なっ!」
「う、嘘だろ!?」
これもセリナはその場から動かず、左右からの斬撃をいともたやすく弾き返す。
今度は受けるのではなく、相手が衝撃で仰け反るように力を込めて。
「後ろからなら! ……えっ!?」
同時、側面も無理とわかると、一人が対峙しているうちにセリナの背後に回り、奇襲を仕掛ける。
完全に死角となる方向からの一撃。
だが、セリナはこれを後ろを見ないまま木剣で防いで見せたのだ。
「こ、こいつ後ろに目があるのか!?」
「どうなってるんだよ!」
2対1でも互角以上に渡り合うセリナに、困惑する取り巻き二人。
何処から攻撃していいか分からず、脚が完全に止まり、セリナから距離を取る。
『ではセリナよ、応用じゃ。よく見ておくが良い』
「応用?」
『循環させている魔力を少し足に留めておくのじゃ。瞬発力が瞬間的に上がるぞい。このように、のっと』
セリナに説明をしながら、魔力を操作するスードナム。
体内を循環、身体強化に使用していた魔力のうち少量を足にとどめ、姿勢を低く落とす。
力強く足を踏み込んだ、瞬間。
地面が弾け土が舞い、セリナ体が一気に加速した。
「ぴぃっ!」
「うおっ!?」
距離を取っていた取り巻きとの間を一瞬で詰め、持っていた木剣を弾き飛ばす。
そこからもう一度加速し、もう一人の木剣も叩き落した。
「ひ、ひいぃぃ……!」
「キ、キガソク、何なんだよこいつ!」
「に、人間かよ……! くそ、今日の所は勘弁してやる!」
木剣を叩き落された取り巻き含め、キガソクも完全に戦意消失。
へっぴり腰で後ずさりし、負け惜しみを吐いたうえで逃げていったのだった。
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