第21話 身体強化


 インクで行われている剣術の授業。

 教師から直に教わる男子生徒たちは準備を終えたようで、さっそく構えから素振りを始めている。


「それでは各自距離を取って構えて! 剣の構え方はこうです!」


 セリナ含む女子生徒たちも【武僧】の紋章を持つシスターラシールの見よう見まねで剣を構えてゆく。


「そうです。タリトリアーネ様に見てもらう気持ちで、素振り、始めッ!」

「イチ、ニ、サン、シ!」

「イチ、ニ、サン、シ!」

「イチ、ニ、サン、シ!」


 そのままラシールの掛け声に合わせて素振りを開始。

 剣を持った事のある子がほとんどいないため、型などあったものではないが、そこはラシールが修正を入れたりすることで少しづつ修正してゆく。


『ふむ、やはり思った通りじゃの』

「どういうこと、スーおじいちゃん」

『何という事はない。これは身体魔術強化の基礎訓練じゃな』

「身体……魔術強化?」


 スードナムによると、この授業は神聖魔法と同じく魔力を用いた身体強化の訓練なのだという。

 神を意識させることで魔力を意識、今度はこれに体の動きを組み合わせることで身体強化を行わせるのが目的だろうとの事。


「スーおじいちゃん、身体強化って何?」

『おぉ、セリナは知らなんだか。身体強化とは全身へ血のように魔力を流し、肉体を強化する魔術じゃよ』

「それ、強いの?」

『もちろんじゃ。武器を持つ者には必須じゃが、卓越した魔術士の身体強化も侮れんものがある』

「そうなんだ……」

『ほれ、セリナもやってみい』

「えっ、私が!?」


 スードナムから説明を聞き、自分には関係ないかなと思っていた矢先。

 まさかの「やってみろ」発現に思わず声をあげてしまうセリナ。


 その声にイノたち同級生やラシールが反応するが、いつものように笑ってごまかし、再びスードナムに話しかける。


「やれって、どうやって?」

『ほれ、神聖魔法の授業でやってたじゃろ。全身に魔力をめぐらせるアレじゃよ』

「え、あれ身体強化だったの?」


 言われて思い出す、今も続けている神聖魔法の授業中に行っている魔力循環。

 初日にあっさり魔力の感覚を掴むことに成功したセリナが、スードナムに言われ練習している、魔力を全身に巡らせる訓練だ。


 どうやらこれが魔力による身体強化につながるらしく、素振りをしながら意識を高めてゆく。


「うぅ~、動きながらだとやりにくい……」

『それをうまくできるようになるかがキモじゃ。あまり多量の魔力を流すでないぞ』

「こ、これくらい?」

『まだ弱いのう。……今度は流し過ぎじゃ。……うむ、そのくらいじゃの』

「む……難しい……!」


 慣れないと魔力を流し過ぎ、体の方が悲鳴を上げるがそこは保護者兼教師スードナム。

 セリナの流す魔力量を見極め、流し過ぎる様であれば彼がセーフティとなり体を傷めないよう調整する。


「いいですよ! タルトリオーネ様に見初めて頂くには時間がかかります。剣の振り方からしっかり練習していきましょう!」

「イチ、ニ、サン、シ!」

「イチ、ニ、サン、シ!」

「イチ、ニ、サン、シ!」

「そこ! 型が崩れてますよ! 腰を落としてしっかり振って!」

「ふえぇぇ~~~!」


 初めての身体強化に四苦八苦するセリナ。

 が、そんなことを露とも知らないラシールは、セリナのペースと型が崩れているのを見て注意を飛ばす。


 結局その後、セリナは剣の注意をラシールから。

 身体強化と魔力循環の甘さの注意をスードナムから受けるという板挟み状態で過ごすのであった。



 そして、夕方。


「よーし、今日の訓練はここまで!」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 剣術の初授業の日ではあったが、結局ほぼ丸一日ランニング、筋トレ、剣の型、素振りと体を動かし続けた生徒たち。

 授業終了の号令がかかる頃には皆疲労困憊。


 パベルなど数名は途中でリタイヤし、木陰で休むなどしていた。


「お疲れ様~」

「今日はヤバかったねー」

「わたくし、手にマメが出来ましたわ……」


 セリナたち女子生徒もメニューは男子生徒とほぼ同じ。

 男子生徒以上に今まで運動することをしてこなかった子が多い事を踏まえ、軽めの内容となっていた。


 しかし、初めて握る木剣に慣れず、マメを作ってしまった子も多い。


「マメが気になる子は医務室へ。治癒魔法をかけてもらって」

「はーい」

「いたた……私潰れちゃった」

「わたくしも行きますわ。セリナはどうなさいます?」

「私は大丈夫、慣れてるから」

「分かりましたわ。ではお風呂で合いましょう」


 インクの医務室には【回復士】の紋章持ちの人間が在中し、軽度な怪我であればその場で治療してくれる。

 今はまだ回復魔法が使えないため、医務室まで赴いて治療してもらう必要があるのだ。


 イノを含めた女子生徒全員が向かう中、セリナは木陰でぐったりしているパベルへと駈け寄った。


「パベル、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……こんな事、何の意味があるんだ」


 悪態をつくパベルだが、見れば手には血マメが出来ており、彼なりに精一杯頑張ったことがうかがえる。

 服には汗が染み込み、髪は授業開始前とは比べ物にならないほどボサボサだ。


「普段から鍛えてないからそうなるんだぜ」

「……なんだよ、キガソク。下っ端もつれて」

「フン、特級生って言っても所詮この程度かよ」

「やめなよ、あなた達」


 そこへふらりと姿を現したのは特待生3人。

 パベル同様汗びっしょりではあるが、息はそれほど上がっておらず、髪型もそれほど乱れてはいなかった。

 どうやらセリナに介抱されるパベルをからかいに来たようだ。


「パベル、医務室まで歩ける?」

「……僕一人で行く」

「だよなぁ、女の子に手を貸してもらうなんてかっこ悪くて出来ないもんな!」

「もう、いい加減にしないと私怒るよ!」


 つらそうにしているパベルを気遣った言葉だが、彼らはそれさえからかって言葉を投げつける。

 さすがのセリナもこれは捨てておけず、つい言い返してしまった。


 すると、これが3人の、特に一番前に立っていた男の子の癇に触ったのか、明らかに不機嫌そうな表情になる。


「怒ったらなんだ? 勝負しようってのか?」

「う……」


 普段から気の強さを見せる男子生徒、キガソク・ナイネターカッシュ。


 ルフジオ同様、騎士族出身の特待生だ。

 今回は彼の得意分野である剣術の授業。

 気分良く体を動かした後、陰気な特級生であるパベルを小馬鹿に出来ていただけにセリナに水を差されたと不快感をあらわにする。


 セリナも相手が特待生とは言え貴族の子。

 それも本気になった同世代の男の子には勝てないと、尻ごみしてしまう。


『ほう、それはちょうどいいのう』

(スーおじいちゃん!?)


 そこへ声をかけたのは何とスードナム。

 喧嘩になりそうなのを止めるどころか、むしろ一本勝負してしまえとけしかけてきたのだ。


(む、無理だよう!)

『セリナよ、ワシが相手をしようぞ』

(え、スーおじいちゃんが!?)

『セリナへの手本はみせんといかんしの、この小僧にも灸を据えてやらんとのう』

(で、でもどうやってスーおじいちゃんが相手をするの?)

『単純な事じゃ。セリナがちょっとワシに体を貸すと念じればよい』

(念じるって……こう?)


 セリナがスードナムに言われるがまま、体の自由をスードナムに預けると念じた。

 すると、なんと手足が勝手に動くようになり、瞳の色が綺麗な翠眼から黄色へと変わっていったのだ。


 セリナが完全に動かせないという訳ではなく、意識すれば自分の意識で動かせはする。

 手足に糸が括り付けられ、他者の意志が介在する操り人形のような感覚だ。


 初めての感覚に戸惑うセリナ。

 体が勝手にパベルの傍にあった木剣を手に取ると、キガソクとの距離をあけ、切っ先を向けた。


「へぇ、俺とやろうってのか。いい度胸じゃん」

「あ、あはは……お手柔らかにね」


 剣を構えたセリナを見て、それまでの不快そうな顔が一変。

 戦いに飢えた獣のような表情になるキガソク。


 実は平民出でありながら特級生となっていたセリナを快く思っていなかったのだ。

 そこへ降って沸いた打ち合いのチャンス。

 これを逃さない手はない。


(スーおじいちゃん、これ大丈夫なの!?)

『ほっほっほ。血気盛んじゃのう』

(だ、大丈夫なんだよね!?)

『大丈夫じゃ。信頼せい』


 構えを取ったセリナを見て、キガソクも腰に差していた木剣を手に取り構える。

 そして。


「この俺に口出しした事、思知らせてやるよ!」

「ふにゃああぁぁぁ!」


 獣が獲物に襲い掛かるが如く、セリナへ攻撃を仕掛けたのであった。

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