第20話 剣術授業


 セリナとパベルが図書室で勉強にするようになってから数週間。

 インクでの生活が始まってから1ヵ月ちょっとが経ったあたり。


 全員が初歩神聖魔法を使えるようになったことで、次の授業が複数開始された。

 今セリナ達が行っているのもそのうちの一つ、剣術の授業である。


「聖騎士、聖魔導士たる者、常に最高の肉体を維持しなければならん! このひと月座学で衰え切った体を鍛えなおすのだ! タルトオォォ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」


 インクの広い校庭を駆ける特級、特待生の生徒たち。

 その先頭にいるのは、ひときわ大きな体を持つ武道担当の男性教師。


 元はオリファス教会の騎士団で名をはせた猛者であり、今は一線を退きインクにて教導の任についている。


「貴様ら、そんな事では一等生にも劣るぞ! 特級、特待であることに誇りを持て! 貴様らは下等級生に負けることは断じて許されんのだぞ! タルトオォォ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」


 語気を強め、走る掛け声をあげながら校庭を周回マラソンする教師と生徒たち。

 そこには当然セリナほかイノ、パベル、ルフジオらの姿があった。


「ぜぇ、はぁ……い、一体いつまで走ればいいんですの?」

「こんな、ことに……なん、の……意味が……はぁ、はぁ」

「おめーらだらしねぇな、なんだこのくらい。俺はまだまだいけるぜ!」

「はっ、はっ……イノ、パベル、大丈夫?」

「ぜぇ、ひぃ、セ、セリナは大丈夫なんですの?」

「ちょっときついけど、このくらいならまだ大丈夫」


 このグラウンドランに苦悶の表情を浮かべるのは平民出の子供ではなく、貴族家の子供達。

 彼らは幼いころから教養と礼儀作法の学習ばかりしてきたため、こういった体を動かす事に慣れていない。


 逆に平民出の子供たちは物心つく前より家の手伝いをしており、体力はある程度ついている。

 それは孤児院で育ち、身の周りや他の子の面倒を見る事も多かったセリナも例外ではない。


 この事から、例年この授業が始まってすぐのころは貴族の特待生や一等生が、平民出の同級や下等級生に負ける事もよく見られる光景である。


 そんな中、平民出の子に遅れるなと気を吐くのが、ルフジオを代表とした聖騎士を多く輩出している貴族家の子供たちだ。


「イノ、パベル、セリナに遅れてるぞ! 平民に遅れるなんて、家の爵位が泣くぞ!?」

「それと、これとは……ぜぇ、ぜぇ」

「体力と……爵位は……関係……な……はぁっ、はぁっ」


 運動するとあって、服装は動きやすい教会支給の服に着替えている。

 だが、運動になれていない貴族家の子供たちは既に汗びっしょり。


 イノなどは長い縦ロールが肌や服に汗で張り付き大変なことになっていた。

 それは髪の長い女子生徒も同様だ。


 なお、セリナは前もって髪を束ねたポニーテールにしているため、汗をかいても髪が張り付く心配はない。


「わたくしも髪を束ねておくべきでしたわ……」

「ごめんね、私も初日からこんなに動くなんて思わなかったから」

「ほらそこ! 私語を慎め! タルトオォォ!」

「リオーネ!」

「リオーネ!」


 ちなみに、ランニングの掛け声となっているタルトリオーネと言うのはオリファス教における戦と武の神だという。

 聖典によると英知の女神であるセルタリアーネとは双子で、セルタリアーネは女性、タルトリオーネは男性らしい。


 そのままグラウンドを走り続ける事10周あまり。

 ようやく足を緩めた教師がコースを逸れ、停止した。


「よし、ランニングはここまでだ! 各自水分補給、10分後に再度集まるように!」


 足を止めると同時に後ろについてきた生徒たちに振り返り、休憩を告げる。

 その号令にようやく解放されたと倒れ込む生徒多数。


 騎士名家筆頭のルフジオはピンピンしているが、さすがのセリナも息を切らし、イノ、パベルに至っては膝から崩れ落ちていた。


「2人とも、大丈夫?」

「だ、だいっ……じょうぶですわ、この、ていど……」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「……私お水取ってくるね」


 2人に声をかけてみるが、明らかに大丈夫そうに見えない様子に、セリナは水を取りに行くことに。

 こういう事態を見越してか、日陰には水の入った革袋がいくつも置いてあり、そのうちの2つを取って2人のもとへ。


「セリナ、ありがとうございます、恩にきますわ……」

「んぐっんぐっんぐっ、ぷはぁっ……はぁ、はぁ……」

「なんだよ2人ともだらしないなぁ。セリナを見習えよ」


 セリナから受け取った水を頭からかぶり、グビグビと飲んでゆくイノとパベル。

 そこへすでに給水を済ませ息も整ったルフジオが戻ってきた。


「……僕は聖魔導士志望だ。ランニングや剣術なんて」

「へっ、負け惜しみいってら。セリナに負けてくやしくねーのかよ」

「言ってろ」


 どこか勝ち誇ったような態度のルフジオの発言に、にらみ顔で返すパベル。

 普段から一緒に図書室で勉強するように、パベルの得意分野は神聖魔法を代表とした座学方面。


 理論よりも感覚を優先とするルフジオとは根本的に相性が悪いらしい。


「休憩そこまで! 次は男女別だ。木剣をもって俺の所、女子はそっちのシスターの前に集合!」


 肩で呼吸をしていた生徒たちの息がようやく落ち着いたころ合いを見計らい、教師が集合をかける。

 ここからは男女別らしく、セリナ、イノほか特待生の女子たちが木剣を持ち、シスターの前へ移動した。


「こんにちは、セリナ」

「ラシールさま?」


 そこにいたのは何とファリスと同室のラシールだった。

 聞くと、彼女が持つ紋章は【武僧】。


 一定の神聖魔法、回復魔法、そして武の心得があるものが授かる、男女ともに多い紋章の一つだ。


「と、いう事で、私があなた達の剣技指導者です。よろしくね」

「あの質問いいですか?」

「はい、どうぞ」


 意気揚々と授業を始めようとするラシールに、手を上げて質問をするのは特待生の女の子。


「私達、武僧にはならないと思うんですけど、剣術を覚えないといけないんですか?」

「あら、いい質問ですね!」


 この手の質問も毎年恒例の物である。

 【武僧】の紋章は神聖力が豊富な一等生以上では出にくく、それ以上の等級では【聖騎士】を授章されることが多い。


 その【聖騎士】も剣術に長けた者がほとんどで、セリナ達の様な女子生徒は【回復士】や【聖魔導士】となる事がほとんどだ。

 つまりは後方の職であり、前線で戦う剣術は不要と考えるのもおかしくはない。


「あなた達が剣術、武術を習う理由は2つあります」


 そんな疑問を持つ女子生徒に、ラシールは指を立て鼻高々に説明を開始する。


「まず1つ、戦と武の神であらせられるタルトリオーネ様に道を開いてもらう事、もう1つは自衛できる程度の剣術を覚える事です」


 ラシールの回答を聴いても首を傾げる女子生徒に、詳しい説明をしてくれた。

 曰く、セリナたちは既に英知の女神セルタリアーネとの道は開かれているが、戦と武の神タルトリオーネとはまだ開かれていない。

 ランニングなど体を動かすことでタルトリオーネとの道を開き、体の動きをより良くする事が一つ。


 もう一つは【聖騎士】の紋章持ちに同行できる体力、近接戦闘能力を身に着ける事。

 インクの生徒のほとんどは卒業後、教会騎士団に所属し、各地で暴れる魔物退治などで遠征することになる。

 そこで必須となるのが隊列を維持し、従軍する体力。

 そして戦闘時前線を突破、もしくは側面、後方奇襲された場合に最低限自衛できるだけの近接戦闘能力を有する事。 


 この二点の事から入校すぐの時点から少しずつ剣術を学ぶ必要があるのだ。


「……という事です。分かりましたか?」

「はい、ありがとうございます」

「先生、学ぶのは剣術じゃないと駄目なんですか?」

「最初の1年は基本である剣術です。2年目からは拳闘でも棒術でも槍術でも、各自好きな武器を使ってください」


 ここまでの説明で女子生徒たちは皆納得。

 手に持っていた木剣を構え始める。


 そしてセリナとスードナムは……。


『ふぅむ、なるほどのぅ』

「何かわかったの、スーおじいちゃん」


 何かしら思うところがあったようで、不敵な笑みを浮かべていた。 

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