第19話 図書館
パベルに手伝ってもらい、目当ての本を棚から取ってきたセリナ。
助けてくれた事へのお礼を言うとともに、疑問に思っていたことを問いかける。
「パベルはどうして図書室に?」
「僕は読書が趣味なんだ。ここは家よりもたくさんの本があるから、帰る前にはここに寄ってる」
「そうなんだ」
思い出してみれば最初の自己紹介の時も、読書が趣味だと言っていた。
もともと本が好きな彼は、自宅にもいくつか本を持っている。
だが、書籍の数はやはりインク図書室の方が圧倒的に多い。
勉学の予習、復習も含め、授業終了後はここに寄る事が多いという。
今日もここで本を読んでいたのだが、ふとセリナが入ってきたのに気が付いた。
明らかに不慣れな感じで2階に上がって行くので、つい後を追ってきてしまったのだという。
そんなことを話してるうちにロビーまで戻ってきた2人。
机に空きはあるが、せっかくなのでパベルの横に座る事にする。
「……なんで僕の隣に座る?」
「……だめ?」
「いや……」
パベルも不思議そうにセリナを見るが、悪気もなくあどけない表情に一発で陥落。
大人しく席に座る。
『ほっほっほ。セリナも罪作りよの』
(なんのこと?)
『こちらの話じゃ。さて、本を読もうぞ』
(変なスーおじいちゃん)
スードナムのよく分からない指摘を他所に、取ってきた本に目を通すセリナ。
(どう? スーおじいちゃん)
『ふむ……分からん文字はあるが、何とかなりそうじゃの』
実は紋章について調べたいと言い出したのはセリナではなくスードナム。
入校式から現在の魔法や紋章の在り方に疑問を持っていた彼は、セリナの寄宿舎生活と授業開始の忙しさがひと段落するまで待ってから、図書室でこれらに関して調べることにしたのだ。
問題は文字が読めるかどうかだったが、幸い今までセリナが受けてきた授業の中でも目にする機会が多かったため、ある程度は読めるようになっていた。
授業で見かけない文字は、セリナに聞くなどして読み進めていた、のだが。
『セリナよ、ここは何と書いてあるのじゃ?』
(んと……ごめんなさいスーおじいちゃん、私にもわからない……)
セリナの知っている文字は育った孤児院にあったすり切れた絵本と聖書。
図書室においてある本はこれらよりも使っている文字が難しく、セリナにも読めない文字が多数あった。
どうしようかと困り顔で悩んでいると、横に不思議そうな表情でこちらを見ている男の子と目が合った。
そう、パベルである。
「ねぇ、パベル君、ここなんて書いてあるか分かる?」
「分かるけど……なぜ僕が君に教えないといけない?」
「……だめ?」
「ぐっ……」
読書が趣味である彼であればこの文字も知っていると考えたのだろう。
本ごとパベルに身を寄せて、教えてくれるよう頼みこむ。
このセリナ突然のアクションにパベルは思わず身じろぎし、反論する。
が、先ほど同様、セリナの屈託のない表情に押され、思わず顔を赤面させてしまう。
上位貴族の子と言えども10歳の男の子。
同世代の女の子に寄られて平気でいられるほど、彼はまだ成熟していない。
「わ、分かった。教えてやるから離れろ。……代わりに、お前も僕に教えてくれ」
「ほえ……何を?」
「【ライトボール】どうやってあんなに光らせた? あれは僕の父様よりも光ってたぞ」
パベルの出した交換条件。
それはセリナが先日の授業で行った【ライトボール】の神聖魔法だ。
パベルのリンドパーク伯爵家はその手で知らぬ者はいない神聖魔法の名家。
だが、セリナが発生させた【ライトボール】の光はそんな伯爵家当主である彼の父親よりも強い物だったのだ。
今まで神聖魔法の訓練はしていなくとも、人一倍身近で育ったパベル。
そんな彼だからこそ、セリナの【ライトボール】が明るさ以上に通常のそれとは違う事に気が付いたのだろう。
(ど、どうしようスーおじいちゃん……)
『光のイメージと魔力の分割、循環は教えても問題ないじゃろう。渦は危険が伴うでな、それは教えん方がよい』
(わかった!)
スードナムの許可を得て、小さな声でパベルに今まで祈りに見せかけて行っていた魔力操作について教えるセリナ。
だが、肝心の反応はいまひとつ。
「嘘を言うな。神聖魔法は女神さまに祈りを捧げ、神界と道をつないでもらう事で発現するんだぞ」
「嘘じゃないもん、本当だもん」
どうやら彼は父や家庭教師から神聖魔法の発動や仕組みについて、いろいろと教わっているらしい。
実践したことはなくとも知識だけは持っていた。
それは彼にとっては絶対的な物であり、セリナの言う方法とは相いれないものだったようだ。
神聖魔法は人の魔力ではなく、神の力により発現する、と。
『ふむ……ならば実力行使と行くかのう』
(おじいちゃん、どうするの?)
『その子の手を掴むのじゃ。あとはワシが何とかしようぞ』
(手を? こう?)
「な、なにをす……!?」
スードナムの言葉を受け、何のためらいもなくパベルの手を掴むセリナ。
孤児院で育った彼女にとって、異性の手を掴むなど日常であり何のためらいもない。
問題があるとすれば、女の子と手を繋いだことが一度もない、免疫ゼロのパベルの方だろう。
いきなり手を掴まれたことに困惑し、焦る。
が、すぐさまその表情は焦りから驚きの物へと変わってゆく。
「お、お前、僕に何をした!?」
「へっ?」
セリナに掴まれていた手を振り払い、ズレたメガネを気にする事もなく額に汗を浮かべて憤るパベル。
しかし、セリナは何が起きたのかさっぱりだ。
(スーおじいちゃん、なにをしたの?)
『なに、ヤツの魔力をちょっとばかり揺さぶっただけよ。これだけの反応を示すとは、なかなか見どころのある子じゃ』
(なーるほどー)
スードナムはセリナがパベルの手を掴んだ、そのわずかな時間で彼の中にある魔力を動かして見せたのだ。
パベルも特級生になれるほどの魔力をもち、神聖力の扱いに関しては人一倍努力していた。
だからこそ、スードナムが生み出したわずかな魔力の動きを感じ取ったのだろう。
「それが魔力だよ。それを自分の思い通りに動かせるようにするの」
「そんな……これが……いや、でも……」
「ねぇ、パベル君、それより約束! ここの文字を教えて!」
「あ、ああ、分かった。あと君はいらない。パベルでいい」
「ほんと!? じゃあ私もセリナでいいよ!」
自分の中にある魔力を初めて感じ取る事が出来たパベル。
いきなり起きた不自然な感覚に、驚きとも畏怖とも恐怖とも取れぬ表情のまま固まってしまう。
が、セリナはそんなパベルを気にも止めず、本に書いてある読めない文字を教えるよう頼み込む。
彼も魔力が動くという初めての感覚から何か感じ取ったようで、セリナに文句を言ったりせず、文字を教えてくれた。
その後、授業が終わった後、図書室でパベルとセリナの2人が一緒に勉強するという事が日課になったのであった。
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