第18話 紋章


 神聖魔法の教師が離れて行くのを横目で見ながら、スードナムと会話するセリナ。


(スーおじいちゃん、さっきのあれ、なに?)

『ただの【ライトボール】じゃが?』

(ぜんぜん違うじゃん! 先生の見せてくれた【ライトボール】ってぺかーって光る感じで……)

『ふむ……太陽の光を参考にしたのがまずかったかのう』

(おひさまの……?)

『次はろうそくをイメージしてはどうじゃ?』

(ろうそく……)


 セリナの感覚では【ライトボール】は教師の物と同じくほどほどの光を出すものだった。

 が、実際には目も眩むほどの強い光となってしまった。


 原因はスードナムによると強い光を放つ太陽をイメージしたせいではないかとの事。


 そこでろうそくの様な暖かい光を参考にしたらよい、と言うスードナムのアドバイスを受け、セリナは再度詠唱を行った。

 だが、今度は【ライトボール】は発生せず、放出した魔力は霧散してしまった。


 どうしたものかと考えていると、再度スードナムから助言をも受ける。


『今のセリナではろうそくの光を作るのは難しいかの。ではこれでどうじゃ?』


 スードナムから教えられたのはされたのは【ライトボール】とは違う詠唱。

 これは彼が居た時代では小さな火を発生させるという初歩魔法。


 セリナもこれならば大丈夫だろうと、さっそく試すことに。

 先生に見つかるとめんどくさそうなので、組んでいた手を解き、体の正面の空間を手で覆い隠す。


 使用する魔力の量を【ライトボール】……よりもさらに少なくし、詠唱開始。

 すると、手で隠していた空間に見事火が発生した。


 問題はその火がろうそくのものよりもはるかに大きく、セリナの小さな手ではまったく隠せていなかった事だろう。


「な、なにをしているのですか!」


 当然教師に見つかる事となり、セリナは慌てて火を消滅させるがすでに時遅し。

 大慌てで教師が駆け付ける事となる。


「セリナさん、今何をしていたんですか!」

「あの……ちょっと火も出せないかなと思って……」

「いけません!」

「えっ?」


 勝手に魔法を使ったことを怒られるかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。

 実際、教師の表情も怒ってはいるのだが、それ以上に焦りの色が強いのだ。


 周りを見てもイノを始め多くの生徒が心配そうにこちらを見ている。


「セリナ、もしかしてあなた、知りませんの?」

「な、なにを……?」

「神聖魔法以外を覚えてしまうと、授章の儀の時に紋章を貰えなくなるんですのよ」

「え、えぇっ!?」

「やはりご存知なかったのですわね……」


 イノに魔法で火を出したことの危険性を教えてもらい、驚愕するセリナ。

 その様子に、教師も焦りを隠せない。


「インクでは神聖魔法以外は教えません。他の魔術を使う危険性も、もう少ししたら学習するところでしたのに……」


 ため息交じりにそう話す教師。

 すると「しかたありません」と実技を一時中断。


 教壇に上ると生徒全員を見据え、話を始めた。


「みなさんは既に英知の女神セルタリアーネ様により道を開いています。ですが、これには問題点もあります」


 そこから始まるのは神聖魔法使用における注意点だ。

 教師によると、祈りによって開かれた道であれば神聖魔法だけでなく、他の属性魔法も使えてしまうらしい。

 特に「火を作る」「水滴を作る」「風を起こす」といったごく簡単なものは、才のある特級・特待生の子供たちであれば簡単な詠唱でも発動してしまう。


「この他の魔法を使い続けていると、2年後の授章の儀で異端者と見なされ紋章を主から授けてもらえなくなります」

「授けてもらえなかったらどうなるんですか……?」

「【無紋】となり退学です。二度とインクの門を越える事かないません。たとえそれが世代トップの者だったとしても」

「ひゃえっ……」


 教師の説明を聞いて、思わず身震いするセリナ。

 横を見ればイノや他貴族家の子達が真剣な表情で頷いている事から、貴族の間では広く知られている事なのだろう。

 逆にセリナと同じ平民出身の2人は真っ青な顔をしながら話を聞いている。


『腑に落ちん話じゃな』

(スーおじいちゃん?)

『これは少々調べる必要がありそうじゃ……』


 そんな中、教師の話に疑問を持ったのはやはりスードナム。

 彼の中では紋章自体に不審感を抱いており、そこに通じる話も信用していないようだ。


「セリナさん、あなたには素晴らしい才能があります。私達は貴方を導く義務があるのです」

「はい」

「先程の火も含め、二度と神聖魔法以外を使ってはいけません。よろしいですね」

「はい……わかりました」


 その後授業は再開されたが、セリナが神聖魔法を使うことはなく。

 スードナムとの相談と魔力操作の訓練に明け暮れたのであった。



―――――――――――――――――――――――


 神聖魔法初授業から数日。

 授業終了後の空いた時間、セリナはファリスに頼みインクの図書室へと案内してもらっていた。


「ファリスさま、ありがとうございます」

「構いませんよ。マルク司教様からもセリナを助けるよう言われていますので」


 インクの建物は大きく、一度案内はされているがどこに何があるのかまでは正確に把握していない。

 敷地内で迷いかけていた時に運よくファリスを見つけ、こうして連れてきてもらったのだ。


「では私は行きますね。何かあったらまた声をかけてください」

「はい、わかりました」


 図書室の入り口でファリスと別れ、扉を開けて中に入る。


「うわぁ、広い……」


 インクの図書室はかなり広さがあり、2階、3階と分けられていた。

 入ってすぐのところにカウンターがあり、そこに座っていた老齢のシスターがたった今入ってきたセリナの事を見つめている。


「あの、こんにちは」

「ようこそ図書室へ。何か本をお探しかしら?」

「あ、はい。紋章について調べたいのです」

「紋章は2階右奥よ」

「ありがとうございます」


 シスターはどうやらこの図書室の司書のようだ。

 彼女はセリナに本の場所を教えると、メガネをかけ手元の書類に何かしらを書き込んでいる。


 セリナはシスターの邪魔をしたら悪いだろうと教えてもらった場所を目指し移動を開始。


「人が多いね」

『ほっほ。皆勉強熱心なのじゃな。良い事じゃ』


 図書室のロビーにはいくつも机が置いてあり、インクの生徒たちが本を積み重ね勉強していた。

 セリナのイメージではもっと閑散としており規模も小さいものだとばかり思っていたのだが、完全に当てが外れた形だ。


 そんな生徒たちの横を抜け、2階に上がる階段を見つけるとそこから上へ。

 司書に言われた紋章について書かれた本がある場所を目指す。 


「紋章……紋章……」

『セリナよ、あそこではないか? ほれ、右の……』

「あっ、ここだ」


 こういった大量に置かれている本の中から目当ての物を見つけるのはスードナムの方が得意なようだ。

 セリナが見つけるよりも早く紋章の棚を見つけ、誘導する。


「スーおじいちゃん、どれから読んだらいい?」

『こういう時はまず簡単な物からじゃな。ワシも言葉を覚える必要がある』

「えーっと、この絵本みたいなやつ?」

『セリナよ、ワシは幼子ではないぞ? その上。紋章の歴史と書かれている奴じゃ』

「あれ? わかった。うーーーーん……」


 スードナムに指定された本を取ろうと手を伸ばすセリナ。

 だが、その本は棚の中段にあり、身長が同世代よりやや低めのセリナでは腕を伸ばしても届かない。


 つま先立ちをし、必死に手を伸ばすもやはり届かず、踏み台か司書の誰かを呼ぼうかと考え始めた時。


「セリナ、なにしてるの?」

「えっ、パベル?」


 不意に横から声を掛けられたのだ。

 驚いて視線を向けると、そこに居たのは同世代の特級生パベル。


 同級生が突然現れた事に驚くが、対するパベルはいつもの無表情でこちらを見つめていた。


「えっと、本が取れなくて……」

「……どの本ですか?」

「真ん中の……」

「紋章の歴史。数日前のあれですか」


 そう言うと彼はこちらへ寄り、本棚からセリナの読みたかった本を取ると、手渡してくれた。


「えっ?」

「読みたかったんでしょ?」

「あ、ありがとう」

「他には?」

「じゃ、じゃあ、あれと……これ!」


 どうやらパベルはセリナが図書室に入ってきた時から気付いており、本を取るのに苦労しているのを見かねて助けに来てくれたようだ。

 その後スードナム希望の本を数冊取ってもらい、机が並んでいるロビーへと2人で戻るのであった。

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