第16話 神聖魔法の正体
インクの入校式と歓迎会が行われてから数日。
入校時のドタバタが何とか落ち着き、いよいよ授業が開始される日となった。
インクの授業は教養、マナー、剣術、神聖魔法に大別されるが、これから行われるのは神聖魔法。
セリナは魔法が使えるようになると昨日の夜から大騒ぎ。
それに対しスードナムはどこか腑に落ちない様子だった。
「スーおじいちゃん、まだうなってるの?」
『う~む……なに、ワシの時代には神聖魔法なぞなかったからのう』
「神聖魔法かぁ……私は見たことないなぁ」
これである。
スードナムの生きていた時代に神聖魔法は存在していなかった。
新たな魔法体系かとも思ったのだが、当時のレベルで考えても新しい魔法体系が生まれる余地がないのだ。
スードナムと同等か、それ以上の魔導師が開拓したか、あるいは……。
それをこの数日ずっと考えていたらしく、その正体を見極めてやろうと唸っていたのだ。
「セリナは神聖魔法を存じませんの?」
「イノ。うん、私はずっと孤児院だったから……」
セリナの隣の席に座る特級生イノハート・エメ・ホーケンブルス侯爵令嬢。
面倒見のよい性格の彼女はセリナや平民上がりの特待生を何かと気にかけ、サポートしてくれていた。
特にセリナとは初対面の翌日にはすっかり仲良くなったのだ。
平民と貴族と言う隔たり無くお互い「セリナ」「イノ」と呼び合う仲に。
「孤児院のシスターや神父様は使われなかったんですの?」
「う~ん、使うところは見たことないよ? 怪我しても塗り薬とかで治してたし。イノは?」
「わたくしは見慣れておりますわ。お母様とお父様、お兄様たちも皆神聖魔法を使えますので」
「家族全員!? すごい!」
「あら、貴族では珍しくありませんわよ?」
「そうなの?」
イノハートによると、貴族は神聖魔法が使える者同士で婚姻することが多く、その子供たちも神聖力が高くなりやすいらしい。
貴族によっては神聖力の高さが爵位継承の優先順位を決めるとあって、神聖力は非常に重要視されている。
またインクを卒業した平民出の者も、貴族家に嫁入りしたり婿養子となるケースも多い。
逆に貴族家でありながら神聖力が低く廃嫡されると言った事態も発生している。
イノハートのホーケンブルス侯爵家は神聖魔法の名家。
彼女の上にいる3人の兄は皆特級、特待生でインクに入校、卒業しているらしい。
「うわぁ、イノってすごいんだね……!」
「いいえ。すごいのはわたくしではなく、脈々と神聖力を高めて下さった先祖代々の皆さまですわ」
「2人ともその辺で」
「先生が来ちまうぞ」
セリナとイノハートがそんな会話をしていると、扉を開け神聖魔法の教師が入ってきた。
既に顔合わせなどは行っているため、持ってきた教材を教卓に置き、さっそく授業を始める。
「それでは神聖魔法の授業を始めます。皆さんは神聖魔法の訓練はしたことありませんね?」
教師の最初の一言に皆顔を見合わせ、首を縦に振る。
この国では10歳の神聖力検査まで貴族の子であっても神聖魔法の訓練をしないよう定められている。
それは訓練により神聖力の値が変動、正確な等級分けが出来なくなるという理由から。
もしひそかに訓練していたとしても、入校後に発覚したり分不相応な等級に入る事で周囲から置いて行かれるなど得にならないケースがほとんどだ。
「よろしい。それではまず眠っている神聖力を起こすところから始めます」
そういって教師は全員の机に木彫りの女神像を置いて行く。
何かの魔道具かなとも思ったが、特に細工などされている様子はなく、ただの木像のようだった。
「この英知の女神セルタリアーネ様に祈りを捧げるのです。祈りが女神様に届いた時、聖なる力が目覚めるのです」
教師の説明にセリナは目を輝かせ、他の子達も期待に満ちていたり真剣な表情をしていたりと様々だ。
「力の目覚めには強い祈りが必要です。感覚がつかめなければより強い祈りを捧げなさい。それでは……始め」
その言葉で生徒たちは皆一斉に手を組んで目の前の女神像に祈りを捧げ始める。
セリナも皆に習い、目を閉じて祈りを捧げ始めた。
……すると。
『なんじゃ。ようは魔力操作の基礎訓練ではないか』
(スーおじいちゃん、知ってるの?)
『うむ。セリナよ、これは祈りなど関係ないぞ』
(えぇっ!?)
スードナムの発言に、思わず祈りを中断して叫びそうになるのを何とか耐え、祈りの姿勢を維持したまま脳内でスードナムとの会話を続ける。
(じゃ、じゃあ神様関係ないの?)
『生徒の中にはすでに感覚を掴んでいる者もおるようじゃが、これは魔法の訓練と同じじゃ。女神などと言う存在は影も見えんのう』
(なら、この女神様の像は?)
『初期の魔力操作に必要なのは高い集中じゃ。女神像に祈りを捧げるという分かりやすい動きで集中力を増幅させておるのじゃろう』
(えぇ~……)
脳内に響く、セリナのがっくりとした声。
集中力を高める道具は何でもよく、女神像でなくてもよいらしい。
だが、オリファス教会からすれば「女神さまに祈りを捧げて力が目覚めた」とした方が何かと都合がいいのだろう。
『時代と国が変われば育成方針も違うじゃろうて。さて、セリナにはワシ自らがおしえようかのう』
(スーおじいちゃん、教えてくれるの?)
『ここのやり方に沿っておったら何年かかるか分からんからのう』
(うわぁ、スーおじいちゃんありがとう!)
『ほっほっほ、礼には及ばんて。では、始めるかの』
インクのやり方でもいずれは魔力操作を覚え、次のステップに進めるだろう。
だが、それでは時間がもったいないと、セリナにはスードナム直々に教育を行うようだ。
それこそ、彼の生きていた時代ならば各国の富豪、権力者、はては王族までもが教示を賜らんとする、大魔導師のマンツーマン授業である。
『初手は楽じゃ。ワシがおぬしの魔力を動かす。それを感じ、自らで動かしてみよ』
(う、うん……やってみる!)
スードナムの言葉に、より真剣な表情になるセリナ。
意識を深く沈め、彼が動かす魔力の感覚を逃さぬよう集中する。
(あ……これ!?)
『ふぉっふぉっふぉ、そうじゃ。セリナは優秀じゃの』
魔力の感覚をつかむのはセリナが思っていた以上にあっさりと成功した。
これは彼女の中に魔力操作において右に出るものは居ないスードナムが宿っている事もあるが、彼女自身の持つ魔力が膨大だという事が最大の理由。
130000という並外れた魔力を少しでも動かせば大きく波打ち、動きを掴みやすいのだ。
セリナは簡単にできたと喜び満天。
だが、スードナムの訓練はこれくらいでは終わらない。
『では次じゃ。今度は自らの力のみで動かしてみよ』
(え……こ、こう?)
『扱いが雑じゃ。……今度は大きく荒れたのう』
(む……難しいよぅ!)
『まだまだ。デカい魔力を持っているなら繊細さが不要などと言う道理はないからのう。ほれ、つぎはコップ一杯分だけ操作するのじゃ』
(ふ、ふえぇ~~~!)
思いのほか早く魔力の感覚をつかんだセリナ。
だがスードナム指導の下、クラスメイト全員が感覚を覚えるまでの数日間、繊細な魔力操作の特訓に明け暮れたのであった。
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