第15話 焼き切れた測定器


 インクの入校式と最初のホームルームの時間を終えたマルク司教。

 この後は彼も貴族の祝賀会に参加するという予定が入っている。

 しかし、その前にするべきことがあると、ファリスを連れて廊下を歩いていた。


 そして、とある部屋の前まで来ると、ノックをした後扉を開け中に入る。


「マルク司教様!?」

「備品を返しに来た。それと謝罪もな」

「謝罪、ですか?」

「あの、これを……」

「あ、測定器ですね。どうも……って、えぇっ!?」


 ここはインクで使用する魔道具を管理する備品室。

 インクが聖騎士、聖魔導士養成に使用する魔道具は軒並み高価であり、中には製造不可の超貴重品もあるため、管理人を置いて厳重に管理しているのだ。


 今の担当は司祭の男性であり、ファリスがマルク司教に言われ高神聖力測定器を借りた人物でもある。

 彼が測定器を貸し出した時、いくら特級、特待生クラスとは言え、何故現役聖魔導士に使う高神聖力測定器を持っていくのか理解できなかった。


 が、ファリスに返された渡された低神聖力測定器が真っ黒に焼き切れているのを見て、唖然とする。


「え、これ誰がやったんですか? うわ、これ完全に……嘘でしょう!?」

「焼き切ったのは特級生の少女だ。で、こっちが高測定器の測定結果。見てみろ」

「は……はあぁ!?」


 焼き切れた測定器を見て驚愕。

 そしてマルク司教から渡された高神聖力測定器を見て、顎が外れるのではないかと思うほどの驚きを見せた。


「じゅっ、130000って、これ現役の聖魔導士……それもセオディウロ聖魔導士団クラスの数値ですよ? これを……10歳の子供が?」


 セオディウロ聖魔導士団は優秀な聖魔導士が在籍する、オリファス教会直下の聖魔導士団だ。

 インクの神聖魔法上位成績者の所属先でもある。

 その歴史はインクより古く、悪魔ストライトフとの戦いにも参加していたという記録も残っていた。


 セリナが出した130000という数値は、そんなセオディウロ聖魔導士団の者が持つ神聖力とほぼ同じ値だったのだ。

 しかし、魔導士団の者たちもインクにも一等生や特待生、もしくは特級生として入校し、日々血のにじむような訓練の結果やっとの思いでたどり着いた値である。

 それだけ入校時で130000と言うのは常はありえない数値なのだ。


「低神聖力測定器が焼き切れる訳ですよ。こいつのメモリ上限は50000でも80000までは壊れない設計なのに……」

「私があの子の神聖力を見誤った。すまない。簡易測定器で常識外の神聖力だとはわかっていたのだが」

「あ、いえ、謝らないでください司教様。今までの最高値は聖女アリアナが入校した時の40000でしたから」


 インク入校時の最高値は、後に聖女の紋章を授るアリアナが記録した神聖力40000。

 長い歴史を紐解いても聖女の紋章を授かったのはアリアナただ一人であることから、神聖力40000と言うのは一つの指針として存在していた。

 だが、セリナの数値はその数倍。

 さらにもう一人……。


「まさに神の御子だ。この世代からは聖女が二人誕生するかもしれんな」

「えっ、まだ居るんですか?」

「41300を記録した子がいる。30000超えの特級生も二人だ。これも神の御意向なのだろう」


 例年、特級生は一人か二人であり、該当者なしの年も少なくない。

 それが今年は四人もいる。


 才能豊かな子供達が多く入校して来てくれた事にマルク司教は神に感謝するとともに頬を緩ませて静かに喜んでいた。


「問題はセリナだな。ファリス、日ごろから目を離さぬようにな」

「はい、マルク司教様」

「低神聖力計測器破損の書類は私の方で上げておく。修理できそうならよろしく頼む」

「分かりました」


 そういってマルク司教はファリスを連れ部屋を出ていく。

 残された担当者は早速焼けた測定器を点検。

 修理可能かどうかを確認する。


「過剰神聖力が流れたなら……あ、やっぱりここが焼けてる。でも安全装置が機能してるな。これなら……」


 低神聖力測定器には測定可能範囲以上の神聖力が流れた場合、完全な破損を防ぐための安全装置が付いている。

 今回も予想通りこの装置が作動したため、見た目ほど損傷は酷くない。


 これなら何とか修理できそうだ、と修理の準備を進めていると、再度扉がノックされる音が聞こえてきた。


「はーい、開いてますよー」

「失礼する」

「トーマス司教様!?」


 扉を開けて入ってきたのはセリナ達とは違う世代主任を務めるトーマス司教だった。

 マルク司教よりも若く、細身でありながらも鋭い目つきの人物だ。


「授業に使用した道具を返しに来た。ここで良いか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「では……む? それは何だ?」

「あ、これですか?」


 どうやら彼も授業で使用した魔道具を戻しに来たらしく、手に持っていた道具を了承を得たうえで机に置く。

 すると、担当者の正面に置かれていた低神聖力測定器が目に入った。


「焼き切れている? ……誰だ、こんな事をしたやつは」

「驚きますよ。これ今年の新入生がやったらしいんですよ」

「新入生が?」


 インクの生徒たちは基本的に自分の神聖力値は把握している。

 低神聖力測定器のメモリ上限は50000、装置限界は80000。

 この事から、測定器を壊すなどと言う行為は自分の神聖力を把握していないうつけ者の行いである。


 だが、入って来たばかりの新入生となると話が変わる。


「あり得ぬ。聖女アリアナでさえ入校時は40000だったのだぞ」

「私も驚きましたが、事実のようです。こちらがその測定結果です」

「……130000だと? 馬鹿な」


 続けて渡された高神聖力測定器を見て、眉間の皺がさらに太くなるトーマス司教。

 故障を疑い、測定結果をリセットし自らの神聖力を測定してみるも、数値は正常。

 測定器の故障はあり得ない。


「他にも特級生が3人、1人は聖女アリアナを超えているらしいです。いい子が集まったって、マルク司教様はお喜びでしたよ」

「それはいい。問題はこの数値を出した子だ。マルク司教はなんと?」

「なんでも平民出の子らしいので、シスターを付けて教育すると」

「なに……?」


 そこまで聞いて、トーマス司教の見るだけで人を射殺そうとする視線が担当者に襲い掛かった。

 担当者は思わず体を震わせ後ずさりしてしまうが、トーマス司教は意に介さず続ける。


「育てるつもりなのか?」

「はい……なんでも神の御子とおっしゃっていましたが……」

「馬鹿者めが。もうろくしたか」

「あ、あの……」

「いや、もうよい。失礼した」

「あ、はい……」


 そう言うとトーマス司教は話を打ち切り、不機嫌そうな様子のまま部屋を出て行った。


「なんだったんだ一体……」


 残った担当者はインク、否オリファス教会で睨まれたくないランキング断トツ1位のトーマス司教からの鋭い視線を思い出し身を震わせ。

 焼き切れた低神聖力測定器を修理するのであった。

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