第12話 クラスメイト
特待生20人の自己紹介が終わり、残った4人の特級生。
手を上げて立候補したイノハートが教壇に上がり、マルク司教の横に行くと他の生徒へ振り返った。
「わたくしは特級生イノハート・エメ・ホーケンブルスと申します。栄えあるホーケンブルス侯爵家の長女ですわ」
それまでの貴族家の子供たちよりも豪華な服を身に纏い、栗色の縦ロールをなびかせ、セリナと同じ翠眼は力強さと自信に満ち溢れていた。
「好きなことは動く事、嫌いなことはじっとしている事。アリアナ様以来の聖女の紋章を目指しておりますの。皆さま、どうかよろしくしてくださいませ」
子供らしい透きとおる声で自己紹介を終えると、席へ戻ってゆくイノハート。
その光景に皆圧倒され、口を開け茫然としていた。
「さて、次は……」
「俺、俺がやります!」
イノハートが席に着くと、マルク司教が残った3人へ視線を向ける。
次はだれに自己紹介してもらおうかと目で訴えたのだが、すぐさま男の子が立ち上がり、教壇に上がると自己紹介を始めた。
「俺は特級生ルフジオ・ルベ・ブルデハルム。ブルデハルム子爵家が次男だ!」
イノハート以上に元気一杯なルフジオ。
貴族である他の子に劣らず豪華な服ではあるが、装飾品は最低限にされており、動きやすさを重視して作られた礼服のようだった。
燃える炎の様な赤いショートヘアに赤みの強い橙瞳。
見た目から受けるイメージそのままに、ルフジオは力強い声で自己紹介を続ける。
「好きなことは剣の稽古、嫌いなことは負けること! 俺は絶対聖騎士になる!」
あまりの勢いにイノハートとはまた別の理由で圧倒されるクラスメイト達。
それはセリナも同様で、ルフジオの勢いにのまれ呆気に取られていた。
「それでは、あと二人ですね」
「では、僕が」
ルフジオが席に戻ると入れ替わりにもう一人の男の子が席を立つ。
イノハート、ルフジオと同じく教壇へ向かうが、2人とは対照的に動きは静かで穏やかだ。
「パベル・サファ・リンドパーク。リンドパーク伯爵家長男」
まるで文字を読み上げるが如く淡々と述べてゆくパヴェル。
それは服装にも表れており、イノハートほど豪華すぎず、かといってルフジオほど省略されていない、絶妙なバランスの礼服だった。
この年ごろの子供には珍しくメガネをしており、灰髪碧眼とどこか冷めた印象そのまま、パヴェルは言葉を続ける。
「好きなことは読書。嫌いなことは運動。目指すのであれば聖魔導士。以上」
そこまで述べるとクラスメイトはおろか、マルク司教にも視線を向けず席に戻るパベル。
イノハート、ルフジオとはまた違う意味で静まり返るクラスメイトを他所に、何事もなかったかのように着席した。
「なんかすごい子達だね……」
『ふむ、貴族の子はいつの世もひと癖もふた癖もあるのう』
同じ特級生3人の自己紹介を聞き、セリナはやや面食らっていた。
貴族の子のイメージは礼儀正しく、人当たりの良い大人しい子とばかり思っていたのだ。
そのイメージからかけ離れた3人に、驚きと共にやっぱり子供なんだな、という親近感も沸いていたのだが。
「それでは最後に……」
「あ、はい。私ですね」
セリナが席を立つと、教室内が少しばかりざわついた。
集合時間寸前に入ってきた平民の子。
それが貴族である自分たちを差し置いて特級生になっている。
気にするなと言う方が無理な話。
席を立ち修道服を揺らしながら教壇へ。
そこで3人同様クラスメイトらと対峙し、深呼吸。
「セリナです。シェットシープの孤児院出身です。よろしくお願いします」
そう言うと頭を深々と下げるセリナ。
「好きなことはお掃除をする事、嫌いなことは……ありません。えっと、みんなの役に立てるような紋章を頂けたらと思います……」
貴族家の3人とは対極、どこまで行っても庶民的なセリナの自己紹介。
力強く話しているつもりだったが、降り注ぐ視線に気圧され、発声もどんどんと小さくなっていってしまった。
「これが特級生?」
「なんか……平凡だな」
「こんな奴が?」
セリナの自己紹介が終わると聞こえてきたのはクラスメイトのつぶやき声だった。
それほど大きな声ではないが、静かで20数人しかいない教室では教壇にも聞こえてくる。
セリナはそんな声から逃げるように教壇から降りると、すぐに自分の席に着いた。
「……それでは全員終わりましたね。これから6年間、よろしくお願いします」
マルク司教は貴族の特待生たちが同じ特待生の平民の子や特級生であるセリナを下に見ることを予想していた。
貴族の教育では民衆あっての王国貴族である、という項目はあるが、まだ10歳の子供。
平民よりも豪華な生活をし、レベルの高い教育を受けてきた彼らは、どうしても平民出の子を下に見てしまう。
その為一等以下の等級では、貴族と平民でクラス分けを行っている。
しかし、人数の少ない特待・特級生では難しく、毎年まずはこの偏見を取り除くことから指導が始まるのだ。
なお、その方法もすでに確立されている。
「では次に神聖力精密検査の結果を発表します。名前を呼ばれたら紙を受け取りに来なさい」
マルク司教はそう言うと教卓の中から神聖力検査の結果が書かれた紙を取り出した。
これはオリファス教会が等級分けの際に使用したものであり、聖騎士、聖魔導士を目指す子供たちにとってはテスト結果よりも重要なものとなる。
「エリオット・リークローバー」
「はい!」
「13100。すばらしい神聖力ですね」
「ありがとうございます!」
検査の時は光の強さと言うアバウトなものでしか測れなかった神聖力。
教会に集まってから使用した計測器ではしっかりとした数字で分かるため、子供たちは大喜びだ。
「テトラ・ハーダイス」
「はい」
「19700です。主とご両親に感謝しなさい」
「やった……!」
神聖力の数値は年齢や訓練、体調により増減する。
だが年齢一律、今まで魔法に一切触れてこなかった子供達が出した数字はそのまま、才能を示す値である。
マルク司教から教えられる数値に一喜一憂する子供達。
しかし、皆が笑っていられるという訳でもない。
「マトス・フォル・ボルトネシオ」
「はい」
「9910です」
「えっ……」
マルク司教に呼ばれた子が神聖力を聞いた瞬間、その表情が一変したのだ。
マトスが出した9910と言う値は決して低くない。
それこそ「さすが特待生」と言わしめるだけの高い数値だ。
それでも、ここまでの子供たちが皆10000以上の数値を出している中では低い部類であるのは間違いない。
結果用紙を受け取り、再度確認するも非情な現実に思わず泣きそうになるマトス。
しかし、マルク司教はそんな彼をやさしくフォローする。
「マトス。主はいつもあなたの行いを見守ってくれています。日々の努力さえ怠らなければ、きっと結果としてついてくるでしょう」
「ぐすっ……はい……」
その光景にほくそ笑む子、我が事のように青ざめる子など反応はさまざまだ。
だが、そんな反応もここまでだった。
「レリック」
「はい……」
「26700です。とても素晴らしいですね」
「え……えぇっ!?」
思わず声を上げてしまうレリック。
それは彼のみならず、他の特待生の子供たちも同様だ。
「へ、平民が26700?」
「俺達よりも神聖力が高いだって?」
「計測間違ってるんじゃないの?」
貴族の子である自分達よりも高い数値に動揺を隠せない子供達。
レリックの出した26700と言うのは特待生の中でもトップ3には入る高い数値。
この時点で貴族の子供たちの顔から余裕が消えた。
インクに特待生として家族からも期待されながら入校したのだ。
卒業後は栄光ある役職や、親の領地に凱旋など素晴らしい未来が約束されている……という認識はこの瞬間崩壊。
下手をすれば貴族である自分が平民の子に負ける。
それは貴族の子として育ってきた子供たちのプライドが決して許さない。
予想外の数値に慌てるレリックを他所に、特待生の子供たちは覚悟を決めてゆく。
……だが、子供達は知らない。
26700という平民としてはあり得ない数値を出したレリックのはるか上を行く、セリナという存在がいる事を。
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