第9話 それぞれの思惑
ファリスがセリナの後を追って部屋を出た後。
残されたのは部屋の主であるマルク司教とマザークレアだ。
「さて……マザークレア、どう思う?」
「あの様子ですと、まだ聞こえているのでしょう」
「同感だ。先ほどの質問でも「今はもう聞こえない」と言っていた。ならば最初は聞こえていたのだろう。そして今はそれを隠している」
マルク司教とマザークレアは、セリナの嘘を見抜いていた。
それはセリナの態度が明らかに怪しかったことも理由の一つ。
マルク司教から帰り際質問を投げかけられた時、セリナはアタフタしていたが、不意に落ち着き何かを考えるかのような仕草を見せたのだ。
それこそ、まるで誰かと対話をするような。
他にも馬車の中で誰もいないのに小声で話すなど、バレないのかと思っているような事ばかり。
「しかし……なぜ隠すのでしょうか?」
「そう仰せつかっているのだろう。主か、それとも天使様か。少なくともセリナが神の御子なのは間違いない」
「そうですね……でしたら、今後こちらからは聞かないことといたしましょう」
「それが良いだろう」
セリナがなぜ声が聞こえるのを隠すのかは分からない。
しかし、マルク司教とマザークレアはそれを問い詰めるような事はせず、そのままにしておくことで一致する。
もちろん、セリナを神の御子と断定する理由は声が聞こえるだけではない。
「してマザークレア、あれほどの輝きを見た事があるか?」
「いえ、ございませんわマルク司教様」
「で、あろう。私も長年候補生を見てきたが、あの輝きは初めてだ」
その理由の一つは、先ほどセリナが使用した神聖力検査道具の輝き。
あの魔道具は取っ手を持った者の神聖力に応じて輝きが変化するのである。
力が強ければ強い程激しく光り、才がなければ石はまったく光らない。
オリファス教はこれを使い全国から才能ある子供たちを集め、聖魔法士や回復術士、聖騎士へと育てている。
そのほとんどが協会所属となり、有事の際には国と連携。
負傷者の救援や攻撃など、国家運営にかかわる事で教会は国と密接な関係を持っているのだ。
その中でも一段と強い輝きを放ったセリナ。
マルク司教もマザークレアも、あれほど神聖力検査のカンテラを輝かせる子供を見た事がない。
それはセリナが歴代候補生たちの中でも一番強い神聖力を持っている事の証明。
極めつけはセリナが災害に巻き込まれ、見つかった状況だ。
「あの様子ですと、助かった時の記憶はなさそうでしたね」
「だからこそ、だ。主があの子は死なせてはならぬとお救いたもうたのだ」
いくら聖魔法の資質が高くても、教育を受けてないセリナは自ら魔法を使って埋まった土砂から抜け出すことは不可能。
誰かがセリナを救い出したという事になるが、あの嵐の中そんなことができる人間が都合よく近くにいたとは考えられない。
引率の神父とシスターが亡くなっているため、孤児院に居た時から言葉が聞こえていたのかは不明ではある。
しかし、災害の時から聞こえるようになったのなら当然、以前からであれば尚の事。
主か天使様がセリナの事を見守り、死の危機に瀕したセリナを救い出したのだ。
「あの子であれば間違いなく聖女アリアナ以来の聖女の紋章を授かるだろう。マザークレア頼んだぞ」
「はい、マルク司教様。あの子は私達がしっかりと育て上げますわ」
実際セリナに宿っているのは神でも天使でもなく、古の大魔導師であるなどとは夢にも思わず。
マルク司教とマザークレアは御子の出現に心御躍らせ、その将来に夢を膨らませるのであった。
―――――――――――――――――――――――
その夜。
オリファス教会、教団員宿舎女子棟。
シスターファリスの部屋にセリナの姿があった。
「セリナ、ご飯は美味しかった?」
「はい! あんなごちそう、初めて食べました!」
「そう、それは良かった」
本来セリナ達の馬車が到着した後は、他の神聖力検査合格者と同じ子供用宿舎に泊まる予定であった。
しかし、セリナが事故にあった事を考え、今日だけはファリスの宿舎に泊まる事に。
「セリナ、髪の端が中途半端に切りそろえられてるけど、これもしかしてファリスがやった?」
「はい、ファリスさまがしてくれました」
「嘘ぉ、いくら何でも雑過ぎない?」
「仕方ないじゃないラシール。時間がなかったのよ」
「まったく。セリナ、こっちにおいで。綺麗にそろえるから」
「はい」
就寝の準備をするセリナに声をかけたのはシスターラシール。
宿舎女子棟は基本2人一部屋であり、ファリスの部屋の同居人がこのシスターラシールだ。
彼女が教会の仕事を終え部屋に帰ってくると、ファリスの他にセリナがいることに驚いたが、事情を聞いて納得。
オリファス教会も初めてだというセリナを連れ出し、簡単に施設案内。
その後食堂で夕食を取り、部屋に戻ってきた所である。
「へぇ、綺麗な髪……セリナ、美人になるよ」
「ふえ……?」
「しったり食べて、寝て、勉強すれば聖女も夢じゃないね」
「ほんとう!?」
「うん、もちろん!」
聖女と言う言葉を聞いてテンションが上がるセリナ。
この国では聖女アリアナの聖女伝が広く知られており、幼い女の子は皆聖女を夢見るのだ。
もちろん、セリナも例外ではない。
「もう動いて良いよセリナ」
「うわぁ、ラシールさま、ありがとうございます」
「気にしないで!」
「もう、セリナもラシールも……ほら、切った髪を掃除して。もう消灯時間だよ」
ラシールの手により綺麗に切りそろえられたセリナ。
今まで手入れなどしてこず、ボサボサだった髪が綺麗なプラチナブロンドのストレートロングになり、セリナもご満悦だ。
消灯時間が近い事もあり、その後は片づけをせずベッドへ。
セリナはファリスと同じベッドで寝る。
ラシールのベッドはファリスの反対側であり、ランプを消し布団の中へ。
教会の仕事は大変なのか、すぐにすうすうと言う寝息が聞こえてきた。
それはセリナの隣にいるファリスも同様。
そしてセリナはと言うと、寝る前のわずかな時間を利用しスードナムと会話をしていた。
(スーおじいちゃん……)
『なにかの、セリナよ』
(私、聖女になれるかな?)
『ほっほっほ、セリナには才能があるからのぅ。しっかりと頑張れば……』
(頑張ったら……?)
『ワシをも超える、偉大な聖女になるじゃろうて』
(それなら……もうみんな死なない?)
『……そうじゃな、目の前にいる人は救えるじゃろう』
そんな時セリナから出てきた「みんな死なない」という言葉。
その重さはスードナムも理解できた。
まだ出合ったばかりだったとはいえ、同世代の子供やよくしてくれた大人が目の前で亡くなったのだ。
生前のスードナムがいた時代は乱世であり、人の死など日常だった。
しかし、セリナは違う。
孤児院と言う貧しい暮らしではあったが、平安の世で穏やかに暮らしていたのだ。
それから考えれば、被災直後のセリナがこれほど落ち着いているというのは、この子なりに我慢しているのだろうと思えた。
怖かったし、悔しかったし、辛かっただろう。
だからこそ、「私が聖女になればみんな死なない」と言う言葉が出てきたのだろう。
もう目の前で人が死なないように。
『ほれ、明日も早いのじゃ。もう寝なさい』
(はーい。おやすみなさい、スーおじいちゃん)
『おやすみ、セリナ』
スードナムの優しい声に包まれて、セリナの意識は眠りへと落ちて行くのだった。
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