第8話 面談


 入浴と身支度を終えたセリナは、再度ファリスに連れられ豪華な廊下を歩いていた。


『ふむ、きれいになったのぅ』

「こんなに奇麗な洋服初めて。嬉しい」

『孤児院じゃったか、よほど貧しい暮らしをしておったんじゃのう……』


 セリナの修道服も確かに良い出来ではあるが、量産品故の拙さが所々に見え隠れしており、高級品とは言い難い。

 だが、当のセリナは綺麗な服が着れたと笑顔満点。

 軽い足取りでファリスの後ろをついて行く。


 たどり着いたのは、ドアにまで装飾が施された、明らかに格の高い人がいるであろう部屋だった。


「ここが司教様のお部屋です。失礼の無い様にね」

「はい、シスター」


 ファリスは扉の前まで来ると足を止め、ここが司教様の部屋であることを告げる。

 セリナからの返事に頷き、ドアをノックした。


「司教様、ファリスです。セリナを連れてきました」

「入りなさい」

「失礼いたします」


 中からの返事を確認し、ドアを開けるファリス。

 先に入るよう促され、セリナは恐る恐る部屋の中へ。

 ファリスはノブを持ったままだったが、セリナが中に入ったのを確認した後、続けて中に入りドアを閉める。


 司祭の部屋は、今まで見てきたどんな部屋よりも綺麗だった。

 床にはさまざまな色の布で絵柄が描かれたカーペット、ガラス戸の本棚。

 見るからに高価そうな模様が彫られている大型の机。

 天井には魔道具らしき器具が吊り下げられていた。


『これセリナ。あまりきょろきょろしては失礼じゃぞ』

「あっ、いけない……」


 あまりの豪華さに部屋の中を見渡してしまったセリナ。

 そこへスードナムがすかさずやめるよう助言し、視線を正面へと向ける。


 その視線の先。

 正面に置かれている机の向こう側に一人の男性が立っていた。


「君がセリナかな?」

「は、はい。セリナです」

「私はオリファス教で司教を務めるマルクだ。よろしく、小さなシスターさん」

「あ、はい、よろしくお願いします!」


 マルクと名乗ったのは、マザーや神父様が着ていたのよりも豪華な司教の服を身に纏った年配の男性。

 視線を横に向ければ先ほどまで一緒だったマザークレアもおり、マルク司教が彼女たちの上司に当たる人のようだ。


「来たばかりですまないね。君が災害に巻き込まれたことはマザークレアから聞いたのだが、状況がよくわからなくてね。いくつか聞きたいことがある」

「はい」


 マルク司教はセリナが乗った馬車が地すべりに飲まれ、セリナ以外の全員が死亡したことは聞き及んでいるようだ。

 しかし、救助が来た時の状況が通常の物とはかけ離れていたため、疑問に思いセリナに直接聞くことにしたらしい。


「救助隊が来た時、寝ていたというのは本当か?」

「はい」

「倒木を削って作られたベッドで寝ていたというのも?」

「はい、本当です」

「ふむ……では……」


 その後もセリナに質問をしてゆくマルク司教。

 誰かに助けてもらったのか、その記憶はあるか、魔法を使えるのか、など。

 問いは地すべりに巻き込まれた時の状況よりも、巻き込まれてから救助隊が来るまでに集中していた。


 もっとも、セリナはほとんど気を失っていたため何も覚えていないのだが。


「地すべりに飲まれて生き埋めになったはずだ。自分で這い出したのか?」

「最初は埋まってました。その後のことは覚えていません」


 魔法を使い土砂から抜け出したのはスードナムである。


「怪我も負っていたはずだ。それは?」

「覚えていません……」


 それもスードナムが代謝をあげ強引に治療した物である。


「他の者を掘り起こした者は覚えていないか?」

「覚えていません……」


 それもスードナムである。


「全員の亡骸を掘り出し、安置したのは?」

「分かりません……」


 全部スードナムである。


 マルク司教の質問のほとんどはセリナが意識を失っていた時であり、回答の仕様がない。

 答えられない事に申し訳なさを感じたのか、次第に俯き加減になってゆくセリナ。


 それを察したクレアが声をかけ、マルクは小さく頷いた。


「すまない、問い詰める気はなかった。マザークレア、例の物を」

「はい、こちらに」


 セリナに謝罪し、視線をクレアに向けるマルク。

 それを合図にクレアは机に置いてあったタンテラのようなものを手に取り、セリナのもとまで歩み寄る。


『なんじゃあれは』

(あれ見たことあるよ。孤児院に居た時、神聖力検査で使ったの)

『ほぉ……では測定器のようなものか』


 クレアが手に取ったカンテラのようなものに興味を示すスードナム。

 セリナはアレを知っていたため、他の人に聞かれないよう心の中で返事をする。


「セリナ、これの使い方は分かりますね?」

「はい、マザー。覚えています」


 クレアから手渡されたカンテラの取っ手を掴むセリナ。

 すると、火も付けていないのにカンテラが強い光を放ち始めたのだ。


「む……これは……」

「まぁ……!」

「す、すごい……!」


 光を放つカンテラを持つセリナはまぶしさのあまりカンテラを持っていないもう一方の手で目を覆う。

 マルク司教とクレア、ファリスも驚きの声を上げ、身じろぎをする。


「マ、マザー、もう良いですか?」

「あ、えぇ、もういいわよ」


 眩しさに耐えきれなくなったセリナがクレアの了解を得て、カンテラを床に置く。

 「ふぅ」と一息ついたセリナとは対照的に、司教ら3人は険しい表情のまま固まっていた。


「あの……」

「……ん? あぁ、すまないね。もういいよ。ファリス」

「はい」

「セリナを宿舎へ。入校式とクラス分けは明日、予定通り執り行う」

「分かりました。セリナ、こちらへ」

「はい、シスター。司教様、失礼します」


 眉間にしわを寄せたまま反応がない司教様に声をかけると、我に返り指示を出す。

 マルク司教の話はこれで終わりらしく、ファリスが部屋の扉を開け、セリナを呼ぶ。


 セリナもそれに従い、マルク司教に一礼。

 挨拶をした後、部屋を後にしようとした、その時。

 

「……セリナ」

「はい?」


 不意に司教様に呼び止められた。


「声はまだ聞こえるかな?」

「えっ……」


 続けて問われた内容に、うろたえてしまった。

 声と言うのは間違いなくスードナムの事だろう。

 セリナは初めてスードナムの声を聴いた時、思わず「声が聞こえる」とマザークレアたちに言ってしまっている。

 それがマルク司教まで伝わっていたのだ。


 あの時はスードナムの頼みで「もう聞こえない」と誤魔化したが、今度はマルク司教。

 どう答えたらいいのか戸惑い、視線を泳がせてしまう。


『セリナ、誤魔化すのじゃ』

(で、でも司教様だよ?)

『彼奴らはおぬしに神の声が聞こえていると勘違いしておる』

(そうなの?)

『うむ。ワシは神ではない。言うても信じん。目に見えておる。誤魔化すしかないのじゃ』

(わ、わかった)


 どうしていいのか分からずオロオロしていると、スードナムの声が聞こえてきた。

 もういっそ聞こえてますと言ってしまおうかとも思ったが、スードナムに言われ、覚悟を決めてマルク司教と向き合う。


「あ、あの、今はもう聞こえません!」

「聞こえないのかね?」

「はい! その……失礼します!」

「これ、セリナ!」


 マルク司教に「聞こえない」と告げ、慌てて部屋を出るセリナ。

 いきなり飛び出したことでクレアから呼ばれるが、お構いなし。


 これ以上ここにはいられない、と振り返らずに廊下に出る。


「マルク司教様……その……」

「よい。あとは任せる」

「は、はい。失礼します」


 セリナがいきなり飛び出したことで、ファリスがマルク司教に視線を向ける。

 もし司教が連れてこいと言えば、セリナが嫌がっていても再度連れてくるしかない。


 そんなファリスの意に反し、返ってきたのはそこまま行かせてよい、との言葉。

 ファリスは驚きながらもマルク司教とマザーに一礼。

 セリナの後を追ったのだった。

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