第6話 禁術の失敗


「もう声は聞こえないのですか?」

「うん。気のせいだったみたい」

「また何か聞こえてきたらすぐに言うのですよ」

「はい、シスター」


 地すべりが発生した地点から街への道中。

 唯一の生存者であるセリナが急に「声が聞こえる」と言い出し騒動になったが、今では落ち着き再度窓の外を眺めている。

 マザーとシスターはセリナが助かった状況などから、神託を受ける神の御子なのではないのかと疑っているが、まだ確証がないようだ。


 同伴している騎士ハンスもまだ事態を呑み込めていないようで、なにかしら考え込んでいる。


 そして当のセリナはと言うと……。


(じゃあ、おじいちゃんが私を助けてくれたの?)

『おじ……ま、まぁそのようなものじゃな』


 心の中で聞こえてきた声と話が出来る事が分かり、自分がなぜ助かったのかも含めて話を始めていた。


(なんで私だったの? おじいちゃんは誰? かみさま?)

『これこれ、一度に聞かれても答えられんぞ。じゃがまぁ、一つ言えるのはワシは神ではないのぅ』

(じゃあ……あくま?)

『何故そうなるのじゃ?』


 会話になっているようでならなさそうな曖昧な会話を続けながら、おじいちゃんはいろいろな事を教えてくれた。


 彼は大魔導師であり、転生の禁術を使い生まれ変わろうとしていた。

 その術は死んだばかりの体から死者の魂が抜け、抜け殻となった所に彼の魂が体に入ると言う物だった。


 つまり、本来セリナはあの時死ぬはずだったのだ。

 ところが、どういう訳かセリナが死亡し、魂が体から抜ける前におじいちゃんの魂が体の中に入ってしまった。


 セリナは既に死の縁に瀕しており、そのまま魂が抜けるまで待ってもよかった。

 だが、必死に生きたいと語るセリナの言葉を聞き入れ、助けてくれたのだ。


 衰弱していたセリナの魂の代わりにおじいちゃんの魂が体を操り。

 魔術を使い土砂の中から抜け出し、埋まっていた皆を掘り出し、死肉を漁ろうとした狼を撃退。

 これ以上襲われぬよう結界を張り、救助が来るまでその場で待った。

 ……と言う事の真相を、セリナにも分かるように説明してくれた。


(そっか……おじいちゃんが居なかったら私死んでたんだ)

『まぁこうなってしまったのは想定外じゃが、せっかく拾った命じゃ。大事にするのじゃぞ?』

(おじいちゃんは……私の体を奪わないの?)

『む?』


 ここまで話を聞けば、さすがのセリナにもいくつか矛盾点が浮かぶ。

 一つは今の状況、一つの体に二つの魂と言う現状だ。


 昨日の話を聞く限り、おじいちゃんは体を奪おうと思えばいつでも奪えるのではないだろうか?

 魂の強弱など、難しい事は分からない。

 だが、転生の禁術などと言う物が使えるのであれば。

 自分の様な陳腐な存在など消してしまうことなど容易いはずだ。


 しかし……。


『ふむ、安心せい。おぬしから体を奪おうなど考えておらんよ』

(どうして?)

『ワシの魂は禁術で縛っておる。いずれおぬしが寿命を迎え、天に召された時。改めて体をもらうだけじゃ』

(死んだら奪うの? なんかこわい……やっぱりおじいちゃんあくま?)

『えぇい、違うと言うとろうに!』


 どうやらおじいちゃんは生前だけでも百年は近く生きていたらしく、禁術で魂だけの存在になっているおじいちゃんはセリナが死んでも冥界へは行かないらしい。

 それに対しセリナの魂は、禁術で縛られていない。

 死ねば体から離れ、世の理通り天に召されるため、そこで入れ替わるとの事だ。


 その後もいくつか質問をしていくが、どうしても気になる事が一つ。


(ねぇおじいちゃん、なんで私だったの?)


 これである。

 あの場所にはセリナを含め大勢の人がいた。

 それこそ自分の様なひ弱な少女じゃなくとも、神父様やシスター、体格の良い男の子もいたのだ。


 その中で、何故おじいちゃんは私を選んだのか。

 これは気にするなと言う方が無理だろう。


 セリナにとっては理由が全く分からない。

 だが、おじいちゃんから帰って来た返事は今まで以上に簡単な物だった。


『なんじゃ、気付いとらんのか? おぬし、内包する魔力が頭抜けて高いぞ』

(そうなの?)

『うむ。おぬしと同い年で同等の魔力を持っている者は、まずおらんじゃろう』

「えぇっ!?」


 おじいちゃんからとんでもない事を聞かされ、思わず声が出てしまった。

 どうしたのか、また声が聞こえたのかと慌てるマザーとシスターを何とか誤魔化し、おじいちゃんとの会話を続ける。


(おじいちゃん、それ、ほんとう?)

『わしは魔法に関して嘘はつかん。そも、転生の禁術自体、転生先は強い魔力保持者で設定しておった』

 

 おじいちゃんの回答に首を傾げるセリナ。

 確かに街の孤児院で神聖力検査を行った時、かなり強い反応が出たと検査を担当していた神官が騒いでいた。

 しかし、今までの生活でセリナが自分の魔力が高いと感じることは一度もなかったのだ。


 その話をすると、今度はおじいちゃんの方が不思議そうな反応を示した。


『ふむ……なんぞ先祖に強い魔導師でもおったかのう。しかし、なんじゃ……その、神聖力検査、じゃったか?』

(うん。それで私は凄いってなんかみんな騒いでた)

『神聖力が分からん。ワシの時代、光魔法はあったが神聖魔法など存在しておらなんだ』

(そうなんだ……)


 セリナにとって神聖魔法は教会所有の孤児院で育ってきたこともあり、かなり身近な物な存在だ。

 神の力を身に宿し、癒しと退魔の力を使う。


 しかし、セリナの話を聞いても、おじいちゃんはやはり腑に落ちない様子。

 人生全てを魔導研究に費やした彼にとって「知らない魔法が存在している」という事は「ありえない」のである。


 そこから導き出される答えは一つ。


『これは……ワシが思っていた以上に時間が経過しておるか? セリナよ、今はスガル王国歴で何年じゃ?』

(ス……? んっと、おじいちゃんが言ってるのは分からないけど、アスリア歴なら1024年だよ)

『ふむ、わしが居た時代から800年は経過しておるのぅ……』


 問いに答えたセリナに返ってきたのは、諦めとも呆れとも取れない、途方に暮れた声だった。

 だが、それ故彼には何故自分の知らない魔法が存在するのか理解できたようだ。


 彼が生きていた時代でも日々魔術は進歩し、新たな魔法が生み出されていた。

 それが800年ともなれば、新しい魔法体系が出来ていたとしても不思議ではない。


「セリナ、そろそろガローラの街に入ります。椅子に座りなさい」

「はい、マザー」


 その後もおじいちゃんと話すことしばらく。

 ぽつぽつと民家や畑、人の姿やすれ違う馬車も見え始めた。

 地面も整地されているのか、馬車の揺れも山間部よりはかなりマシになっている。


 このガローラの町は教会関係施設が多数建築されている、この国におけるオリファス教会の中心地。

 オリファス教がこの国、ジェイオード王国の国教でもあるため、領主の屋敷も大きく、権力も強い。

 教会との友好な関係を築くため、優遇政策も取られている。


 当然物流や人の出入りも多く、所々で守衛騎士団が馬車の荷物検査や身分証明を行っていた。

 セリナが乗る馬車は教会のシンボルマークが入った教会所有の馬車。

 マザーにシスター、騎士のハンスまで乗車しているとあって、検査のため声が掛けられても顔を見ただけで検問を通過する。


 馬車はそのまま市井を抜け、城壁の門をくぐり、豪華な家や商店が並ぶ大通りを教会本部へと道を進む。

 地面も不整地からいつの間にか舗装路に変わっており、馬車の揺れが気にならないほどに小さなものに。


 そして馬車は大きな建物が並ぶ市街地にあって、城かと見紛うほど大きな建物の敷地へと入ってゆく。

 これこそ教会本部の建物であり、馬車はそのまま関係者降車場まで進み、動きを止める。


「さて、着いたな」

「ファリス先に降ります。セリナを連れてきてくださいね」

「はい、マザー」


 停車を確認するとまず騎士ハンスが扉を開け、下車。

 続けてマザーがハンスから差し伸べられた手を取り、馬車を降りる。


「セリナ、行きますよ」

「はい、シスター」


 シスターが馬車を降りたところで、最後に残ったセリナに声をかけ、手を伸ばす。

 セリナも椅子から立ち上がり降りようとした、その時。


 何かを思い出したように視線をあげ、心の中でおじいちゃんに問いかけた。


(ねぇ、おじいちゃん。おなまえは?)

『ワシか?』

(うん)

『ふむ、そうじゃな。わしの名は……スードナムじゃ』

「スードナム……」

「セリナ、どうかした?」

「ううん、今降ります」


 シスターの手に引かれ、馬車から降りたセリナ。

 そんな彼女を出迎えてくれたのは、昨日の嵐が嘘のように暖かい光を降り注いでくれる、太陽だった。

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