第5話 邂逅


 セリナを抱えたまま、同僚のサポートを得ながら山道から垂らされたロープを登り切った騎士。

 彼が昇り切ったのを確認し、同僚は作業に戻るため再度ロープを降り盆地へと戻ってゆく。


 騎士は同僚に感謝を伝えた後、馬車が待機している場所へ。

 そこには騎士団を乗せてきた馬車の他、騎士団へ馬車の捜索依頼を出した教会の馬車もあった。


 教会の馬車へ向け足を進めてゆくと、不安そうな表情を浮かべる2人の女性が立っていた。


「マザー、シスター、生存者だ」

「えっ!」

「生き残った者がいたのですか?」


 教会からこの場に来たのは、教会の聖魔導士候補生を指導する部署の者だ。

 一人は候補生が済む寄宿舎で寮長を務める年配のマザー、もう一人は付き添いの若いシスター。


 彼女たちはここに来た時点で先に来ていた騎士団により、馬車が地すべりに巻き込まれていた事と状況から生存者が望みが薄い事を聞いていた。

 故に、二人とも意気消沈していたのだが、そこへ騎士が生存者としてセリナを連れてきたのだ。


「この子が?」

「あぁ。診察したが怪我はない。隊長よりこのまま教会まで送るよう申し付かっている」

「よかった……主よ、感謝いたします」

「このような災害から生き残るとは、この子は神の愛し子に違いありませんわ」


 天災に巻き込まれ引率の神父もシスターも、才能豊かな子供たちも神の御許に召されたと覚悟していた。

 そこへつれてこられた唯一の生き残り、セリナ。

 マザーもシスターもそれまでの苦悶の表情から一変。

 笑顔でセリナと騎士を迎え、言葉を交わす。


「シスター、この子をお願いしていいか? 少しマザーと話したい」

「分かりました、お預かりいたします」

「ファリス、この子と一緒に馬車の中で待っていなさい」

「はい、マザー」


 騎士はそれまで抱きかかえていたセリナを地面に下ろしシスターに任せると、マザーにセリナが置かれていた状況を説明。

 任されたシスターはセリナの手を引いて馬車の中へと入る。


 馬車の中はセリナがここまで乗ってきた馬車よりもしっかりとした造りになっており、対面型の椅子も備え付けられていた。

 あまりの違いに驚きキョロキョロ視線を動かすセリナを椅子に座らせ、シスターはその正面で屈むと、セリナと目線を同じ高さにする。


「はじめまして。私はファリス。あなたのお名前は?」

「セリナです」

「セリナ、いいお名前ね。どこか痛いところはない?」

「んーん、だいじょーぶ」


 騎士から怪我はないと聞いていたが、名前を聞くのと同時に念のため確認。

 返ってくる声はしっかりしており、顔色もよし。

 しぐさも痛みをかばうようなものではなかった為、シスターも異常はないと判断。

 そこからはセリナが今まで住んでいた町、環境、親兄弟の有無などを聞いて行く。


 これは本来であれば引率のシスターから引き継ぐのだが、すでに故人となってしまっている。

 その為、彼女とコミュニケーションを取るついでに教えてもらう事にしたのだ。


 もちろん、地すべりに関する事項は聞かないよう注意を払いながら。


「ファリス、待たせました」

「シスター、俺も街まで同行する」

「はい、よろしくお願いします」


 そうしてしばらくセリナとファリスの二人で話をしていると、外での話を終えた騎士とマザーが乗り込んできた。

 どうやらこのまま街に戻るとの事らしく。

 全員が乗り込んだのを確認した騎士は、ドアを閉めると小窓を開け御者に移動開始を促した。

 ファリス、セリナ、マザーの3人は椅子に座り、対面に騎士が腰を下ろす。


「さて、改めて自己紹介しよう。俺はハンス。ハンス・オリバーだ」

「私はマザークリス。よろしくね、セリナ」

「はい!」


 酷い事故にあったにもかかわらず笑顔を見せてくれるセリナにほっと胸をなでおろすマザーたち。

 3人とも、事故の記憶で心に傷を負っていないか心配していたのだが、今の所は大丈夫なようだ。


 街まではまだ少しあるため、しばらくは馬車に揺られる必要がある。

 クリス、ファリス、ハンスの3人はいろいろと話すことがあるようで、時々セリナを気にしながらも会話を続けていた。


 当のセリナはと言うと、ここまで乗ってきた馬車が窓無しだった為外の景色に興味津々。

 椅子から降りて窓に張り付き、外の景色を堪能していた。


 そんな時だった。


『む、移動しておるのかえ?』

「……?」


 どこからか人の声が聞こえてきたのだ。

 誰の声だろうと振り返ってみるも、マザーもシスターも騎士も、皆話に夢中であり、こちらを気にする様子はない。


(……気のせい?)


 思い違いだったのかと視線を馬車の外に戻すセリナ。

 しかし……。


『ふむ、無事に救出された様じゃな。よかったわい』

「だ、誰!?」


 再度聞こえてきた声。

 二回目ともなれば、セリナもはっきりと聞き取る事が出来た。


 その声は間違いなく男性。

 それも老人のものだった。

 この場にいる誰のものでもない声にセリナは驚き、声を上げる。


「セリナ、どうしました」

「なんだ、どうした?」

「声が……」

「声?」


 セリナの声にクリス達3人が反応。

 会話を中断し、視線をセリナへと向ける。


『いかん、人がおったか。セリナ、誤魔化すのじゃ』

「セリナ?」

「シスター、頭の中に声が聞こえるの!」

『なんと!?』


 ここに居ない人の声が聞こえる。

 幼いセリナは事態が呑み込めず、パニック寸前。


 「頭の中に声が聞こえる」と聞き事故の影響を疑ったハンス。

 マザークレアとシスターファリスは、セリナが助かった状況から神託か神宿りではないかと大騒ぎ。

 この反応にセリナは余計に混乱しかけるが、どうやらそれ以上に頭の中に聞こえる声が焦っているように感じた。


『これはまずい。セリナ、ワシじゃ。死の淵に瀕したおぬしを助けたじゃろう』

「死……?」

『そうじゃ。覚えておらんか? 昨日の夜、生き埋めになり死にたくないと申したおぬしの声に応えたじゃろ?』

「昨日の夜……や、やだ、怖い!」


 正直な所、昨日の夜の事はあまり覚えていない。

 それでも必死に思い出そうと意識を記憶の深くに沈め、思い起こせるのは……。


 鳴り響く雷鳴、やさしく巻いてもらった毛布、押し寄せる土砂。


 そこまで思い出すと地すべりにのみ込まれた恐怖に襲われ、体を震わせ身を屈めてしまった。


「セリナ!」

「いけません!」

「セリナ、大丈夫!?」


 このセリナの動きに慌てたのはハンス達3人だ。

 それまで大人しかったセリナがいきなり「声が聞こえる」と言ったかと思うと体を震わせて縮こまってしまったのだ。


 すぐさまファリスが立ち上がり、セリナの体を抱きしめ安心させようと言葉をかける。

 クリスもセリナの傍で身を屈め、背中に手を当て声をかけ続ける。

 ハンスは椅子から立ち上がってこそいるものの、どうしていいか分からずオロオロするのみ。


 そしてセリナは……。


(思い……出した……)


 昨日の夜土砂に飲まれたその後。

 生き埋めになり死が目の前まで来た時に聞こえてきた声。


 あの時の声と今聞こえてきた声が同じものだと、今はっきりと思い出したのであった。

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