第48話 堕ちた死神は絶望の使者となる

 レイリーたちが一瞬で消えたことで、矢を放っていた兵隊たちがざわつく。


 「消えた? 何かの魔道具か? 全員がD級だと聞いていたが……。いやそれよりもバルガスが裏切っていることの方が問題か。お前たち、バルガスには一人で当たるなよ。生死は問わん。いけ!」

 

 どうやら俺たちの情報は完全に掴まれているような口ぶりだ。

 冒険者ギルドも敵に回ったのか?

 それならスタンピードを起こし、冒険者は魔物にやられたというように細工をする必要性まで出るかもしれない。

 話に聞く限り、冒険者ギルドは国と同じく厄介そうだからな。


 「それにしてもさすがB級。有名じゃないか?」

 「ははは、勘弁してください。あっしは今、ボスの横に立っているだけで冷や汗が出っぱなしです。動けば足がもつれそうですよ。こちらに向かって来ている兵隊たちにそれがわからないのが不思議でしょうがありませんぜ」


 おかしいな。

 レイリーにルーナたちを任せダンジョンに送ったことで、俺は冷静さを取り戻しているはずなんだがな。


 「お前の足が飾りなら、少しの間そこで見ていろ。ただし、参戦をする場合には、敵を一撃で倒すことは許さん。お前は素手だから難易度は上がってしまうが――」

 「領主に逆らう者は死ね!」


 俺たちが会話をしている所に兵が割り込み、剣を振り下ろす。

 俺はその兵の攻撃を躱すと、バルガスに聞こえるように話しながら攻撃する。


 「まずは、右肩。そして胸。順番はどちらからでも良いが、確実にその二点は攻撃してから殺すんだ。ルーナとヒナの矢が刺さった場所がそこだからな」


 俺はバルガスに説明をしながら、剣を振りあげている兵の右肩を剣で突く。

 そしてその男が肩を突かれたことで剣をとり落とす前に、肩から胸を攻撃し、そして最後に首を刎ね飛ばした。


 「こうやって、こう」


 俺はさらに迫りくる兵たちに対しても同じ攻撃を繰り返し、首を刎ね飛ばして行く。


 「どうだ? もしできそうにないなら、お前はそこで見ておけ」

 「ボスもお人が悪い。ここであっしが動かなかったら、信頼度が大幅に下がるんでしょう?」


 バルガスはそう言うと、回り込んで俺を攻撃して来ようとしていた兵の肩と胸を殴り悶絶させると、前屈みになったその男の首をゴキリとへし折る。

 俺はそれを見て手を挙げると、次々と敵を屠り指揮官の男のいる場所へと向かって行く。


 バルガスは俺が手を挙げたことで、『じゃあ皆殺しにしようか』という俺の合図を理解して、俺と同じく迫りくる兵たちを倒して行った。


 「ば、化け物……」


 最後の方は逃げ出す兵たちもいたが、それらをすべて処分した俺たちは指揮官の男の前へと到着する。

 そして俺は今までと同じく、指揮官の肩と胸を剣で突いた後で、解析を使い、指揮官の記憶を読みとった。


 「ボス? ボスの殺気でそいつ、泡を吹いて死んでますぜ。なにか見えたんですかい?」

 「何? コイツにはバジュラの傷を再現するつもりだったのだがな……。まあ死んだならそれで良いか。それと解析をしてわかったが、俺たちの冒険者ランクがバレていたのは俺たちを疎ましく思っている同じ冒険者からの情報のようだ。受付嬢……ルシオラはこの指揮官の聞き込みを断っていた。領兵の詰問を追い返せるなんて、やはりギルドの影響力は凄いんだな」

 「ああ、ルシオラ嬢。冒険者ギルドも色々ですから、情報を与えなかったのならルシオラ嬢とここのギルドマスターがしっかりしていたんだと思います。それにルシオラ嬢はBランクほどの強さがあると言われていますし、エルフですから人族の脅しには屈しないかと。まあ、それでもルシオラ嬢に近づけただけでも及第点では」


 なるほど。

 ここのギルマスとルシオラには感謝だな。

 と言うか、ルシオラは読み取る限りでは、俺たち……特にヒナが問題行動を起こすはずがないと上に報告をすることさえせずに情報提供を断っていた。

 しかしルシオラが威圧を周囲に振りまいていたことはやはりバルガスも知っていたか。


 ただ、今回は指揮官の能力というより、単にルシオラの威圧がほぼなくなっていることからルシオラが対応したように思える。

 そう考えると、俺が威圧の押さえ方を教えたことで、俺は守られたと言えるかもしれない。

 他の受付嬢なら兵に屈して俺たちの情報を話していた可能性があるからな。

 その場合は……、俺はギルドを許すことはなかっただろう。


 「ちなみに、今のは良い方の報告だ。俺たちが仮面を被っていても素性がバレたのは、仮面を購入した所の店主がバラしたせいだ。特に特徴的な俺の黒髪と黒目で俺だと断定をしたらしい。そこから俺とパーティを組んでいるルーナたちが狙われたわけだ」


 俺は死んだ指揮官をグチャリと地面に叩きつけるとアイテムボックスへと収納する。

 しかし、たった一日で犯人を調べて辿り着くとは。

 自らの利権を守るための行動だけはここの領主は優秀なのかもしれない。


 「さらに最悪なことがもう一つ。ナンナが攫われた。ナンナとルーナは捕まえて、それ以外は殺す予定だったようだな」

 「それじゃあ急いで救出に向かわないと……じゃないですか!」


 ああ、マワされるって表現をバルガスは濁したのか。

 もちろん急ぐ、急ぐんだが、さっきの指揮官は、ナンナ家へ数人を残して家や俺が作った畑の自動給水装置をご丁寧に壊してから、領主の館に連れて戻るように指示をしていた。

 壊す所を見せて、ナンナを絶望させることが目的らしい。


 ナンナ家は結構頑丈にできていたから、ドアを壊すだけならまだしも壁を壊そうとするなら1時間くらいはかかるだろう。

 そしてここに兵隊たちが移動する時間で約1時間。

 今から向かえば……ギリギリ、事が起きる前に向かえると思う。

 ただ問題は正面から乗り込んだ時に、ナンナを人質に取られてしまうってことなんだよな。

 

 いや、ルーナたちが襲われた時に、もし俺が少しでも近くにいたなら間に合っていた。

 そう考えるなら、1秒でも早くまずはナンナの無事を確かめる方が先決か。


 「よし、急ぐぞ!」

 「了解です」





 領主の屋敷に到着をした俺たちは、門番を即殺して中に押し入る。

 時折、使用人と出くわすために、それらは気絶させていく。

 本当は、使用人たちも殺しておかなければ、証拠を残さずに移動をすることができないのだが、この使用人たちの中にもまともな者や孤児院出身の者がいる可能性を考えると、簡単に殺してしまうということも難しい。

 それをしてしまえば、幼いヒナを簡単に殺すという判断をした領主と同じような思考に思えるからだ。


 「これは一体何事だ!? 他の警備の者たちは何をしている! 賊が侵入している可能性があるぞ! であえ! であえぃ!」


 どうやら気絶をさせて放置していた使用人が警備の者に見つかったようだ。


 「ボス、ここはあっしにお任せを」


 使用人の解析をして領主の部屋はすでに判明しているのだが、そこには見知った気配が一つと数人の気配があるだけで、他は俺たちが今いる通路の後ろ側、つまり通って来た方向からやってくるようだ。


 「すぐに10人、その後5人来る。通すなよ」

 「わかっていやす」


 俺はその言葉を聞いて、領主がいる部屋へと急ぐ。

 ドアを見つけ入ろうとする前に、あちらも外の騒動に気が付いて一人が様子を確認するために、部屋からドアを開けて出てきたので、俺はそいつごとドアを蹴り破る。


 「な、なにやつ!」

 「キョウジさん!」


 俺が部屋に押し入り飛び込んで来た光景は、男二人に両腕を掴まれたナンナが、領主と思われる男に上半身の服を剥ぎ取られた後の状況だった。


 「んん? 黒目に黒髪……。お前が娼館を襲った男か? なんだ、ははは。そんな貧相な体の男とはな。入れ違いになってしまったようだし、ほぼ全軍の50人もの兵を差し向ける必要はなかったか」


 ぺらぺらと良く口が回る太った豚は俺を見下していた。

 だが、その一方でナンナを捕まえていた男の一人は剣を抜き、ナンナの首にその剣先を当てていた。

 この男は結構強い。

 だが……今の状態の俺なら瞬殺できる実力差を感じる。

 

 しかしまさか、今朝の会話がフラグになっていたとはな。

 俺は豚がペラペラと何かをしゃべり、ニヤついた顔で俺に見せつけるようにナンナの胸を揉む所を見ながら、ダンジョンポイントを使って空間魔法を取得する。

 あれか? 目の前でそうやって見せることで、俺にはこの状況で何もできないと言いたいのか?


 俺は取得した空間魔法をすぐに使おうとするが、どうやら熟練度が足りず転移はまだできないようだった。

 しかし、通常ではすぐには使えないという段階の魔法を俺は使うことができていた。

 だからまずは、転移が使えないという常識を捨てる。

 そして強く強く……あの剣を持っている男の傍へと移動する自分をイメージした。


 自分の体感が遅延している状態の俺は、それを何度も何度も繰り返す。

 出来ないのなら出来るようになるまでだ。

 そうして俺は男の近くに飛ぶイメージを固めると空間魔法を行使する。


 ザンッ


 「う、うぎゃああ!」


 ナンナに剣先を向けていた男の手が、持っていた剣と共にボトリと音を立てて床に落ちる。

 そしてすぐに痛みで気をとられている男を袈裟切りにした。

 もう一人のナンナを捕まえている男が慌てて剣を構えようとするが、遅すぎる。

 俺は男を剣で串刺しにして壁に縫いつけると、着ていた上着をナンナに被せた。


 「ば、馬鹿な……」


 後ずさる領主の顔を掴み……解析を行いながら指をめり込ませると、俺は手を握りグシャリと領主の顔を潰すのだった。

 

 「……キョウジさん」

 「遅くなってすまない」


 俺が倒した領主の護衛か領主の顔を潰した時についたのかはわからないが、ナンナは顔に返り血を浴びていて、茫然自失と言った表情でヨロヨロと俺の方にやってくる。

 俺は俺を見上げるナンナの顔に付いた返り血を拭きとりながらもう大丈夫だ、遅れてごめんと安心させた。


 「わ、私のことは良いんです。ヒナは!? ルーナは!?」


 ナンナは今の状況を思い出したのか、ハッとした表情を見せると、ルーナたちの安否を気遣った。

 ……二人とも矢の的になったということを、今ここで言う必要もないだろう。


 「大丈夫。レイリーが守っているから。それより俺が下手をうったせいで本当に申し訳ない。すぐにルーナとヒナには会えるんだが、もう少しだけ待っていてくれ」


 俺はナンナにそう言うと、部屋の死体をアイテムボックスに吸収する。

 そして俺は俺に敵対したものの処分と、死体や使用人の対処をするためにバルガスの所へと向かうのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る