第46話 尻穴は守られる

 結局、レイリーに薦められた契約魔法を取得した俺は、全員にその魔法をかけていく。

 え? どうせ処分する奴には必要がないって?

 生き延びられるチャンスは与えるので、生き残った時のためにね。

 ちなみにこれは、何も俺の優しさで生き延びられるチャンスを与える訳ではない。

 絶望を味わい、過去の過ちを悔い改めてもらう為である。


 しかし特に過去に悪さをしていなかった娼館の客は、契約魔法をかけてこちらのことが話せなくなっているので、そのまま帰してもよいのだが、娼館で働いていた者たちは問題だな。

 解放してやると言っても、その後に住む所も働くところもないことになる。

 特に元孤児の連中は何らかの伝手だってないだろう。


 そんなことを考えながらも、俺はおもむろに娼館の女主人の部屋で殺した護衛をアイテムボックスから取り出すとダンジョンに吸収させた。

 三階層ではまだ人を吸収していなかったから、ダンジョンのボーナスポイントの取得は重要だ。


 「ヒッ……。吸収された!? まさかここはダンジョンなのか!?」


 戦闘要員だった男が、自分たちが連れて来られた場所はダンジョンだと気付いたようで、それに伴い他の者もざわつき始めた。


 「静かにしろ」

 

 俺は大声ではないが、殺意を込めた声でそれらを黙らせる。

 B級の男は死体がダンジョンに吸収された時にピクリとしたが、特にこちらに何かを言うこともなく視線さえも向けて来なかった。

 コイツは本当に良い拾い物をしたのかもしれない。


 ざわついた者たちを黙らせた俺は、ボーナスで得たポイントを使って4階層を作成する。

 これは一時的に元孤児の連中や行き場のない者をそこに住まわせるためだ。

 とりあえず操作でダンジョン内部をマスのように盛り上げて階段を作っておく。

 トイレは必要だろうからね。

 後で周囲から見えなくして、ここで跨って用を足せば、あら不思議1時間後にはダンジョンに吸収されるダンジョントイレの完成だ。


 「よしレイリー、この六人を外まで案内しろ。ああ、お前たち。一応言っておくが俺たちやこの場所のことは話せないようになっている。動作や文字で教えることも不可能で、しようとするとかなりの苦痛を伴うから気をつけろ。後は……、従業員だった者は明日からは家に帰ったら別の職を探すことだな。もうあそこの娼館はなくなるからな」

 「それなのですがマスター。マスターが経営なさってはいかがですか?」

 「それはどういう意味だ?」

 「一定のはけ口がないと、町の犯罪率が上がる可能性がある為です。マスターが健全に経営を行うなら、通常こういった犯罪に関わる確率が高くなる職業も健全に行えるのではと思いますが……」


 いや、性風俗を健全って。

 まあ……それ自体は日本でも登録をしていれば犯罪でもないし、最古の職業とも言われてはいるが……。

 それを取り巻く環境が問題で、働く者と客の両者が合意をしていれば問題ないのか?


 「ふむ。前向きに検討をしてみるが、とりあえずは領主をなんとかしてからだな」

 「了解です。では六人の方はこちらへ」


 レイリーはそう言うと、元童貞君……いや俺たちのせいでちゃんとやれていなかったから……ってそんな話はいいか。

 元童貞君を含めたお客や同僚をイジメていたお姉さんを含む従業員たちの比較的まともな奴らをレイリーに案内させてダンジョンから外へと移動させる。


 「そうだレイリー。3階層だといきなりファイターと遭遇して全滅してしまうだろうから、強いやつらは1階層に移動させておけ」

 「わかりました」


 レイリーは俺の眷属ではあるが、ダンジョンの端末のようなものなので思考するだけで色々なダンジョン内の操作ができる。

 マスターの俺が歯車みたいな設定からメニューを選んだり、ダンジョンコアに触ったりする必要があるのに、謎な仕様だ。


 「そういえば、B級。お前は何て名前なんだ?」

 「B級ってボス……。あっしはバルガスって名前です」


 あっしって凄い小物みたいな自分の呼び方だな。

 しかもその流れなら、『あっしはバルガスって名前ですぜ』とか『バルガスって名前でさぁ』とかじゃないのか?

 あれか? 一応俺をボス呼びしたから、語尾は丁寧な口調にしたとか?

 いやまてよ? もしかしたら単に俺の言語理解スキルが勝手にそう変換しているだけな可能性もあるな。

 ヒナは語尾に『にゃ』をつけないが、俺が意識するともしかしてそう言う変換をされて聞こえる可能性があるなら夢が広がる。


 「俺はキョウジだ。あともう一人の男はレイリー。まああとでまた紹介するがな」

 「ってボス、名前をこいつらの前で言っても良いんですかい?」

 「ん? ああ、もう契約魔法は使っているし……、何より生きて出られるかはこいつら次第だしな」


 俺のその言葉で残ったバルガス以外の全員が身震いする。


 「ああ、お前たち四人は……こっちだ」


 俺は残ったまともな元孤児の四人を先ほど作成したダンジョンの4階層へと案内する。

 ついでに先ほど作ったトイレに簡易的だが布を覆って見えなくしておく。


 「トイレはそこだ。後は……これでも飲み食いしておけ」


 俺はアイテムボックスから皮袋の水筒と日持ちする乾物を彼女たちに渡す。

 ちなみに元孤児は娼館に五人いたのだが、一人は完全に悪に染まりきっていたのでこちらには連れて来ていない。

 環境が悪の道へ誘ったのだとしても、真っ黒に手を染めてしまった者まで俺は元孤児だからと言って助けるつもりは毛頭ないしな。


 「っとそうだな。エレナもこっちに連れて来ておくか」


 俺はコアルームに転移すると、エレナに事情を話して4階層へと連れて行く。


 「ララお姉ちゃん! それにみんなも!」

 「エレナ? エレナなの?」


 一番年上のララという女性……娼館での人気ナンバーワンにエレナは抱き着く。

 一番年上と言っても解析で見た限りでは22歳で俺よりも若かった。

 このララという女性が元孤児院組みの最年長であったから、他のやつらは梅毒で死んだか放逐されたのかもしれない。

 エレナくらい外見に発疹が出来た時点で、娼館からはお役御免となっていたようだしね。

 感動の再開に水を差してもいけないので、俺はそっと3階層に転移した。


 「ん? バルガス。そいつはどうした?」

 「それが、逃げようとしていたんで転がしてます」


 俺が転移で戻ると、暴力要員だったうちの一人がうめいていた。


 「そうか、ご苦労」


 俺はバルガスを労うと、アイテムボックスから剣を16本取り出だし放り投げる。

 そうそう、ダンジョン内に宝箱が設置できるのだが、ダンジョンが吸収した装備やアイテムはコピーされて宝箱からランダムで出現させることができた。

 最初は1本の剣でもランダムではあるが何回も出現するために、かなりお得と言えるだろう。


 まあ、実際にはダンジョンポイントになる前のポイント……わかりにくいが、俺が手に入れる前のポイントが使われて作られているようではあるんだけどな。

 諸々が裏で処理をされてポイントと表示されているというわけだ。


 「その剣を拾って、ここの敵を倒して外に出ることができるなら助けてやろう」


 俺がそういうと一人の男が剣を拾い……、


 「死ねぇ!」


 いや、やると思ったよ。

 お前は剣を持ち、俺は素手だもんな?


 「グヘらっ」


 しかしその剣は俺に届くことはなく、バルガスがその男を殴り吹き飛ばす。

 

 ゴキリッ


 そしてバルガスは瞬時にその吹き飛んだ男に追いつくと、首を絞めてゴキリと首の骨をへし折った。


 「まさか、この状況で俺を倒せると思うとか……。なぁバルガス。俺もお前も舐められたもんだな?」

 「はい。ですから、示しをつけるためにもっておきました」


 コイツはマジで才能があるよ。

 ただ、ミスをしてはいけないから一応忠告もしておくか。


 「雰囲気で察しろ。俺に舐めた態度や行動をとっていても、俺が許しているならそれは殺したり処罰を与える必要はない」

 「もちろん、わかっております」


 ……B級凄すぎない?

 俺の心の機微きびまで理解できるの?

 レイリーは眷属だからわかって当然と思って対応していたが、今日会ってボコった相手が有能すぎる件。

 まあ有能なのは問題ないか。


 「よし、それじゃ一人減ってしまったが、協力してこのダンジョンを抜けても構わない。頑張れよ」

 「ちょ、ちょっと待っておくれ! あちきたちは剣なんて持ったことありゃあしません。戦えるわけがないでしょう?」


 いや、言語理解よ。

 ちゃんと仕事をしなさいよ。

 『あちき・・・ とか わちき・・・』という一人称なら、『ありんす』とか「ござりんす」とか語尾に付けろよ……。

 まあ気になるけど気にしたら負けなのか?


 「戦えるわけがないと言われてもな。お前たちが生き残るにはここから抜け出すしかない。まあ、俺を倒してみればどうなるかわからんが……。先ほどの男がしたように全員で俺を倒しにきてみるか?」


 俺の言葉にバルガスが一歩前に出る。

 俺が相手をする前にお前がするってか?


 「なんであたしはこっちなの!? さっき移動した四人は元孤児でしょ! あたしも孤児院出身よ!」


 今度は一人だけ残した元孤児の女か。


 「いや、お前は真っ黒じゃん。そうだな、冥途の土産に教えておいてやるか。ここに残っているお前らは、スキル・解析によって俺の判断の基準値で死罪が確定している。だから生き残るには力を示せ」


 孤児院の院長なんて、もう諦めたのか反応自体が少なくなってしまっている。

 こんな小物が町の人たちの善意の寄付なんかをのうのうと流用していたのかと思うと反吐が出る。

 悪党なら悪党らしく気概を示せよ!


 「あ、あちきは何でもします! いくらでもお相手しますから、どうかどうか!」

 「わ、わたしも!」


 娼館で働いていた女たちが俺に群がる。

 これはあれか?

 女の武器を使っているのか?

 そう考えれば、この戦闘方法もかなり強力に思える。

 さすが別の世界で戦ってきた海千山千の猛者だな。

 まあほとんどが梅毒でチェックメイトされていたけど。

 自分の力を示したとも言えなくもないか……。


 しかしまあ、自分たちは戦えないと言われれば戦闘要員だった男たちと比べて、剣も持ったことがない連中に、いきなりゴブリンと戦えというのも無茶な気がしてくる。

 でもこいつらは、こいつらが強者だった時に、弱者を許さず食い物にしてきた連中だ。

 

 「ボス。ボスの魔法で既に隷属化しているのなら、更生させることもできるのではないですか? それにあっしが汚れ仕事を引き受けるとして、一人では足りないように思います」


 ふむ。

 俺が表でルーナやヒナと行動をしている時に、裏社会の出来事を持ち込むわけにもいかないか。

 ただまだ隷属化まではできていないんだよな。

 俺の契約魔法のレベルが低いから、今はまだ俺たちのことがしゃべれない程度の魔法でしかない。


 「そうだな……。それなら俺が親や恋人を殺せと言った時に殺せるやつ、どんな理不尽な命令でも従うことができるやつだけは助けてやろう。なんでも出来るんだろう?」

 「あちきは出来るよ。お願いします。助けてください!」

 「わたしも!」

 「お、俺も!」


 どさくさに紛れて男が一人手をあげる。


 「お前はバルガスのケツの穴が舐められるか?」

 「ボ、ボス!?」


 俺の一言でどさくさに紛れて声を上げた男は、苦い顔をして引き下がる。

 お前の覚悟しょっぼいな、おい。


 「お前は?」


 俺は女性で一人だけ群がって来ていなかった元孤児の女にも一応聞いてみる。


 「あ、あたしは……あたしも何でも言うことを聞きます……」

 「なら後でバルガスの尻穴でも舐めておけ」

 「ボ、ボス!」

 「ははは、冗談だ。お前でも尻を隠すんだな」


 尻穴と言われて、自分の尻穴を必死で隠したバルガスの行動が面白くてつい冗談を言ってしまったが、ご褒美のつもりだったんだがな。

 まあ、嫌ならやめさせておこうか。




 その後、無事に院長たちはダンジョン内で命を落とし俺のポイントとなってくれた。

 ちなみに、誰も二階層まで辿り着けなかったので、バルガスが殺した男を二階層で処理をしてボーナスポイントになってもらった。

 残った女性十人はと言うと、エレナたちと混ぜるつもりはないので、今いる三階層の一角でとりあえずは生活をしてもらうことにする。

 たまにゴブリンに近くを徘徊させて脅すことも忘れない。


 領主まで手を伸ばしたかったが、養う人数が増えすぎてしまったので、俺はバルガスと共に必要な食材や寝具を求めて街へ繰り出すことになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る