第42話 善か悪か
俺はレイリーにルーナたちとの今日のクエストはどうだったかを聞いたり、ダンジョン内のゴブリンたちの様子を確認したりして時間を潰していると、エレナがもぞもぞと動きだす。
初めは起きた直後で意識がハッキリしていない様子であったが、起き上がろうとしたために声をかける。
「まて。その毛布をとるな。まずはこちらに体を隠して自分の状況を確認しろ。服からの感染は恐らくないが、傷から体液……血液などが付着していた可能性もあるから処分させてもらった」
俺の声を聞いたエレナは俺に見えないように自分の体を確認すると、取りかけていた毛布をばっと自分の体に引き寄せ、俺をキッと睨んだ。
あれか? 何もしないと言ったのに、意識がない間に服を脱がして結局! みたいに思っているのか?
全身がわりと酷いことになっていたのに、少し自意識過剰すぎないかね?
まあなんにせよ、意識を取り戻したのなら好都合だ。
これでやっと孤児院のことや領主のことが聞けるからな。
俺は毛布とともに買っておいた古着屋で買ったワンピースをアイテムボックスから取り出すと、エレナの近くに放り投げた。
手渡ししようと近づいて何か言われても嫌だしな。
そもそも、治療のために服を脱がす行為なんて当たり前だ。
最近で言うなら、俺だって腹を刺されて親子三人に俺の息子が元気な場面を見られている。
そう考えると、俺の方が恥ずかしいだろ。
「服を貰ってもあたしは払えるお金を持ってないし、治療している間に着たものはまたすぐに処分するんでしょう? あ……、それに治療のお金だって……」
「こっちが勝手に治療をしているのに金なんてとるわけないだろう? 大体、服を着たらまた処分が必要だからと言って、着ないなら全裸のままでずっといるつもりなのか? まあどっちにしても、もうその必要はない。お前が寝ている間に治療は完了している。病原菌は全て死滅しているはずだから、その服を着ても処分しなくていい」
「え? ……治った?」
俺が病気はすでに完治していると言うと、エレナは自分の体を見ながら驚いている。
まあ気絶するほど痛かった治療が、寝てる間に治ったと言われても信用はできないよな。
「今は半信半疑かもしれないが、いずれその体の斑点も消えるだろう。お前の病気は完治している。俺からすれば、楽勝な治療だったぞ」
「マスターはエレナ様を殺しかけていましたよね?」
レイリーが何か言っているが無視をする。
殺しかけていたとレイリーが言った所で、エレナはピクリと反応する。
寝てる間に殺されかけたとでも思ったかな? まあそれなら寝てる間に壮大な治療が行われたと思うかもしれないし、それでもいいか。
「わかったらとっとと服を着ろ。腹も減っただろう。着替えたら食事だ」
「マスターはイチイチ口調は荒いのに言っている事は優しいですよね」
「チッ。さっきから五月蠅いぞレイリー!」
「ハハ、アハハハ! 治った? 確実に死ぬと言われていたのに? アハハハ!」
俺がレイリーのツッコミを注意していると、急にエレナが声を上げて笑い始める。
「うふふ、アハハ。あたしなんてずっと死ぬと言う絶望しかなかったのに、目の前でそんなバカなやり取りをされたら本当に治ったのかもって信じちゃう」
俺とレイリーの会話を聞いて本当に治ったと信じられるかもってなんだよ。
てかコイツは俺たちのやり取りをバカって……。
エレナはひとしきり笑い終わると、もそもそと俺が渡した服を着てこちらへとやって来て俺を見上げる。
笑い終わった後から、ずっと緊張をしていたかのようだったエレナの気配が嘘のように緩やかになったかと思うと、主人に餌をねだる犬のような雰囲気を纏っている。
どこにそうなる要素があったんだよ……。
「とりあえず、飯だ」
俺はアイテムボックスから机を取り出して、屋台で買った肉やスープ、パンなどを三人分並べた。
「椅子はないが、そもそもそこまでこの机は高さがないから、座ればちょうどいいだろう。直に座るのが嫌なら寝ていた布をとってこい」
「慣れているから大丈夫よ」
エレナの慣れてるってなんだろう? 地べたに座ることか?
元孤児だから? それとも領主の屋敷でまさか犬のように食事を与えられていた?
だから犬っぽく餌をくれた俺に懐いているのか?
まあ領主や孤児院のことを聞くにはちょうどいいか。
「食べながらでいいから、孤児院やこの町の領主について教えてくれないか? 領主の屋敷で働いていたんだろう? どういう経緯で働くようになったとかを教えてもらえればありがたい」
鑑定をして元孤児という鑑定結果とエレナの発言で屋敷という言葉が出たことを組み合わせて、勝手に領主の屋敷で働いていたと考えて質問をしているが、外れすぎというわけではないだろう。
それに孤児院のことだけしか聞けなかったとしても内情はわかるはずだ。
「あたしが元孤児ってキョウジに言ったっけ? まあいいわ。でも孤児院やお屋敷の話を聞きたいと言われても、病気になったせいで追い出されただけの話よ」
「それなのですが、エレナ様はどういう経緯で領主の屋敷で働くことになったのしょう?」
「エレナ様ってさっきも呼ばれたけど、そんな風に呼ばれたのが初めてだから何だか恥ずかしいわ」
レイリーが俺に変わってエレナから聞き出そうとしてくれているが、レイリーの敬称をつける呼び方は最上級の呼び方なので、言われた者の多くが違和感を持ってしまう。
そのせいでそこで一度会話が止まってしまうのが悪い所だな。
ちなみに日本で使われる敬称……「様」にも種類があって、
右下の漢字を永にしたいわゆる
と、3種類も書き方に違いがあったりする(古くは8種類)
まあ、旧字体だったり俗字だったり略字だったりする上に、いまでは変換できないことも多いから、知らなくともよい豆知識かもしれない。
それにこの世界ではさすがにそんなめんどくさいルールもないだろうしな。
「レイリーの様付けは気にするな。それよりも孤児院から領主の所に働きに行ったのは何時だ? どうしてそこで働くことになったんだ?」
「気にするなと言われても気にはなるけど……。お屋敷で働き始めたのは12歳からよ。領主さまが直接来て……選んでくれたわ」
エレナはそう言いながら胸をなぜか強調した。
……これは意味合い的には体目的で領主に連れ帰られたと取れる訳だが、エレナも言いにくいだろうしこっちも聞きにくいんだよ!
「それはお前の体目的で連れ帰られたということで良いのか?」
まあエレナは別に気にする相手でもないから聞くがな。
これがルーナやナンナさんが領主に何かされていれば聞きにくいが、エレナに対しては俺は何の恩もない。
「……そう。あたしは同じ年齢の子たちより少しだけ成長が早かったから。でも他の子たちも結局は町の娼館にいるはずよ」
「孤児院の院長は止めなかったのか?」
「院長先生はむしろ女の子に薦める職業はそれしかなかったわよ。男の子なら冒険者か
現代ならともかく、このくらいの文明世界なら金が稼げる職業として風俗はもしかしたら普通なのかもしれない。
例えば、江戸時代なら吉原の
しきたりというものもあって、高級遊女と遊ぶにはお客は一回目はただ見るだけ、2回目も似たようなもので少しだけ近くによる、そして三回目ようやくなじみ客となって大金を用意して……と言うようなまさに高嶺の華だった。
「それでお前……エレナが病気にかかったのはどうしてだ? 領主の相手なら簡単にかかるようなものでもないだろう?」
地球なら有名人も多く感染をして治療法がなかった当時には、死亡したり重い症状が出ていたと言われている人物も多いが……。
あのアドルフ・ヒトラーもお抱えの医者たちの記述から自殺をする頃には、麻痺などの重篤な症状を示していたと言われているし、マフィア(ギャング)であるアル・カポネはマラリア療法を試し、さらに民間人として初めてペニシリンを摂取したにもかかわらず、症状が進行しすぎていて死亡している。
イギリスの首相チャーチル、ゴッホ、ベートーベン、シューベルト、シェイクスピアなんて有名人も感染して治らなかった病気と言えば梅毒のヤバさがわかるだろう。
大体は治りもしないのに効果があると言われていた水銀を摂取して、水銀中毒になっていた。
本格的にペニシリンが使われ始めたのが第二次世界大戦のあとだと考えれば、じいちゃん、ひぃじいちゃんより少し前は不治の病ということだ。
ただそれでもよほど遊び歩いていたり、遊郭に通うことが趣味でなければ、地位が高い人物が感染することは稀であったことも確かなのだ。
「味見をされたら、どんどんと地位が低い者に下げ渡されていくのよ……。最後の……、病気にかかったことが判明した辺りだと、同じ孤児院出身の従僕が私の相手として来た時には、お互いがもうすぐ自分たちは捨てられて死ぬのだなと悟ったわ」
話が重すぎて、俺が美味そうだと思って買ってきたはずの食事がまずく感じる。
だが、まだこれでは俺が孤児院の院長や領主を悪だと断じるには足りない気がする。
いや、もちろん、日本の常識であればクズは確定だろう。
だが、領主であれば高級娼婦を斡旋して部下のやる気を出させるためにだとか、孤児院の院長なら経営が立ち行かなくて生きるためには……なんてこともゼロとは言い切れない。
俺は心が動かないが、もし権力者から美人を好きにしていいと言われたら、忠誠を誓う者だってでてくるだろう。
これは領主が男だから差別的に感じるかもしれないが、イイ女で士気が上がると言うことは、その女性も見方次第では花魁と同じで地位が高いと言うことでもある。
女領主ならイケメンを囲ってるだろうしね。
「道で倒れるまでになったのはどうしてだ? 病気になって完治をしない病気だとしても、領主なら面倒を見るくらいするのではないか? 同じ孤児院の従僕にしても感染して死んだら困るだろう?」
「そんなわけないじゃない。あたしたちのような出自の連中はいくらでも孤児院から引き取れるのよ。あたしは無一文で捨てられて、病気で客もとれないから彷徨って倒れたのよ」
100歩譲って、尊厳よりも命だと考えれば、孤児院の院長や領主の考えも……わかると言うやつはいるかもしれない。
しかし、功労者に対して使い捨てをするというのは俺の考えに反している。
できるだけ、客観的に見られるように努めたが、日本で教育を受けた俺には受け入れられることではなかった。
「院長と領主は処分だな。レイリーはどう思う?」
「おおせのままに」
俺の意見にレイリーも賛同する。
まだまだエレナから聞きたいことも多くあったが、俺が領主の処分を決めたことで、俺たちはとりあえず重い話をすることをやめて食事を楽しむのだった。
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