第41話 治療②

 エレナが気絶をしてから約2時間。

 やっとエレナが目を覚ましたようだ。


 「うぅ……」

 「おはよう。調子はどうだ」

 「調子? そ、そうだわ。アナタが治療をするって言ってから手が燃えるように熱くて痛みもすごくて……」


 そう言えば、ルーナはエレナの前で俺のことを呼んでいたが、ちゃんと自己紹介をしてなかったか?

 俺も勝手にルーナがエレナと呼んでいたからそのまま気安く呼んでいた。


 「いまさらだが、俺はキョウジだ。君は?」


 この世界では基本庶民には苗字はないようなので、俺は自分の名前だけで自己紹介する。


 「あたしはエレナ。今まで散々にあたしのことを名前で呼んでいたくせに、本当にいまさらね」


 まあ、この子自体には一切興味がないしな。

 ルーナの友達だから治療をしているだけで。

 いや、元孤児という名目でも治療はしていたか?

 だが、ルーナが声をかけたから現状なわけで、倒れただけなら金でも与えて教会に行けと言って面倒までは見ていなかった気もする。


 「そんなことはどうでも良い。治療を続けるぞ。次は腕だ」


 俺は治療を再開しようとエレナに手を出すように指示をする。

 するとまたエレナはこちらに手を出すことを嫌がった。


 「またあの痛みを味わえというの? い、嫌よ!」

 「そもそも、お前は自分がその病気で死ぬと思っているのに、治すために治療をすることを拒むのか? 言っておくが、お前のその病気は進行すれば髪はすべて抜け落ちるし、鼻も腐り落ちる。最終的に全ての臓器が腐りウジがわくだろう。お前はそのままだと生きたまま腐敗するんだ」

 「それでも、どうせ治らないのにこんなに痛い思いをしたくない」

 「はぁ……。治療をした自分の手をよく見てみろ。もう片方と比べれば良く分かるだろ。だが俺は死にたいと思っているやつをわざわざ助けようとも思わない。絶望して生きる気力もないなら、苦しまないように殺してやろうか?」


 いくらルーナの友達で元孤児だからと言って、助けを拒まれてまで助けるつもりは毛頭ない。

 無駄なお節介だというのならそれこそこちらが勝手にしているだけで、相手には迷惑になるしね。


 「な、治ってる! どんどん増え続けていたのに。ねぇ、一体どうやったらこんな事ができるの? もう治らないと言われたのにおかしいわ」

 「おかしいもなにもそれが事実だ。そうだな、なぜ治ったかというのなら、それはお前が痛みに耐えた成果だろう。ほら、わかったら手を出せ。ああ……それと言っておくが全身にその症状は現れているんだろう? 悪いがいずれそのボロは脱いで裸になってもらうからな」


 イチイチ何かあるたびに治療を拒まれるとこちらのやる気にも関わるので、問題になりそうなことを先に忠告しておく。

 エレナは返事をせず、治療をするために俺の方へと手を伸ばした。

 沈黙は了承だからな?

 

 「antibioticsアナバイアディクス

 「ウッ……」


 俺が魔法を唱えると、うめき声とともにまたしてもエレナは気を失う。

 俺はこれは今日中に治すのは無理そうだなと思い、気絶したエレナを布の上に乗せると、寝具と食べ物を買いに町に出るのだった。



 

 その後、同様の治療を2回繰り返しエレナが倒れた後に、背後からレイリーが俺に話しかけてきた。

 どうやらルーナたちとのクエストを終えて戻ってきたようだ。


 「マスター、先ほどの治療を拝見しましたが、これでは彼女の体が持たないのでは? 特に最後に顔の治療をするのだと思われますが、即死する確率が高い様に思います」

 「まあ、毎回気絶をするくらいだからな……。しかし一応は即座に回復魔法で回復をしているはずだが、それでもダメそうか?」

 「手足なら耐えられるとは思います。ですが、それ以外であれば心が壊れる可能性とショック死をしてもおかしくはないのでは」


 この魔法を開発して一番初めに使った時には、死ぬ可能性も考えた。

 だが、何度か繰り返すうちにこの治療は痛みを伴って当然という思いがあった。

 だから、そのせいでかなり無理をさせていたか。

 たしかに、今は両腕までの治療を終えたところではあるが、そのすべてで気絶をしている。

 これが顔面でとなると、エレナは明らかに一般人で、レベルも上がっていないだろうから耐えきれないか。


 「そうなると、もう一度魔法の開発から必要か?」

 「新たな魔法を作り出していたことに私は驚きを隠せませんが、それとは別に光魔法の割合はそれほど高い必要があるのですか?」


 回復魔法と光魔法の割合はおおむね6対4くらいだ。

 この割合が、合成した時に一番シックリきたので使っているが……。


 「魔法の合成をしていて、一番うまく合成ができたと思う配分がこの割合だったんだ」

 「なるほど。マスターがそう感じられたのなら、効果が最大に発揮される割合はそうなのかもしれません。ですが、例えば擦り傷を治す時に、ヒールではなくエクスヒールを使っているような状態なのであれば、必ずしも効果が高いことが重要ではないのでは?」

 

 梅毒が地球上の歴史では致死率も高く、治療法の発見もペニシリンが開発されるまでの長い期間で、リスクを伴わずに劇的な効果があるものがなかったことから、最大効果の魔法を使っていた。

 

 だが、レイリーの言葉を聞いてもう一度冷静に考えてみれば、通常の4割程度の威力とはいえ攻撃魔法を使い、その後回復させている。

 今回の魔法なら、人が気絶するレベルの攻撃を与えていることになるだろう。


 梅毒は梅毒トレポネーマという細菌が病原菌という前提に立ち戻ると、この細菌を視認するためには顕微鏡が必要となる。

 そんな小さな細菌を殺すために、女性が気絶するほどの攻撃が必要だろうか?

 例えば殺菌効果のあるうがい薬で、何十倍に薄めても効果があるものを、原液のままうがいをしているようなものだったのでは?


 俺はその考えの元、開発した魔法のantibioticsアナバイアディクスを唱えながら、光魔法の割合をどんどんと小さくしていく。

 何度も試し、人に対してダメージを与えていないと思えるほどにまで激減させた光魔法の割合は、俺の感覚からすれば効果がないように思えてしまう。

 

 だが、敵は人や魔物ではなく細菌だ。

 これで効果がなければ、少しずつ光魔法の割合を上げていけばいいだろう。

 俺はそう考えて、意識を失っているエレナに近づくと、着ているボロをひん剥いて全裸にした。

 

 「antibioticsアナバイアディクス


 この威力ならもう全身にかけても問題がないだろうと、俺はエレナに対して魔法を唱える。

 

 「見た目は治っているようには見えないが……」


 毎回気絶をしていた時の魔法の効果は劇的で、治療をした箇所の赤みを帯びた斑点は消えていたが、今回はそのまま残ってしまっている。

 

 「鑑定」


 効果がなかったか? と考えたが、念のため鑑定をして確認する。

 すると、以前鑑定をした時にあった梅毒という鑑定結果がなくなっていた。

 病原菌は殺したが、表面に見える斑点までは治らなかったということか。

 光魔法の割合を下げて、回復魔法の割合ばかりに変わっているのに、綺麗にはならないんだなと思いながらも、梅毒の治療に成功したことに安心感を覚える。


 「どうやら成功したみたいだ。まさかこんなに簡単にいくとはな」

 「おめでとうございます。たしかに結果は簡単に行えたように思えますが、もし同じ配分合成ができる聖職者や魔法使いがいたとしても、恐らく地球の知識がなければ成功はしていないと思われます。ですから、難易度は最高レベルでしょう」

 「そうか」


 まさか遠回しに俺のことを褒めているのか? 

 まあ梅毒に関する知識も、俺が興味を持って覚えたことだと考えれば成果と言えなくもないか。

 俺はエレナに毛布を掛けながらそんなことを考え、エレナが起きた時に服を着ていない説明をするのが面倒だなと思うのだった。

 

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