第40話 治療

 俺はルーナの友人を連れてコアルームへとやって来た。

 抱きかかえていた彼女を下ろすと、彼女は俺から距離をとって自分の体を抱きしめる。


 「ここはどこなの? 貴方もどうせ他の男みたいにするんでしょ? こんなに見た目が汚くなっているのに物好きなこと。でも残念だったわね。あたしの病気がうつったら貴方は死ぬわ。ざまーみろ!」

 「別にお前が汚いとは俺は思わないが? その皮膚炎は病気のせいだろう? 治療方法を考えるから少しそこでじっとしていろ」

 「……これは治らないわ。だから屋敷からも追い出されたのだから。……でもありがとう」


 エレナはそう言うと、涙を流した。

 いや、やりにくいわ!

 しかも、魔法が効かなかった場合や抗生物質が作れなかった場合は、原始的な治療法で梅毒の治癒を試みる必要がある。

 たしか、梅毒の元になっている梅毒トレポネーマという細菌は熱に弱かったはずだ。


 だから地球では梅毒をなおすために、ペニシリンが発見される前までは、マラリアにわざと感染をさせて発熱療法という治療法が試みられている。

 マラリアは高熱を伴う病気で、この治療法は梅毒患者の約半数は治癒をしたが、マラリアによって多くの死者もだすというハイリスクな治療方法だった。

 この治療法はこれだけハイリスクにもかかわらず、ノーベル賞を受賞している。

 これは梅毒がどれほど治療することが困難であったかを示すものと言えるだろう。


 だから、治療をする前にありがとうと泣かれてしまっては……、体内温度を大きく上げて非常に苦しい治療する方法がとりにくくなってしまう。

 まあ、俺は善人ではないので、うるさく泣き叫ぶなら力で黙らせるが。

 そう考えると、さっさと気絶させておくか?


 「ぐすっ……。ねぇ、何を考えているの? 何だか怖いわ」


 おっと、泣き叫ぶ前に殴って気絶させた方が簡単なのでは? という思考が顔に出ていたか?

 ふむ。

 治らないと言われている病気を治すのだ。

 苦痛を伴うくらいは覚悟をしてもらう必要があるだろう。


 「お礼を言われても、まだ治療に成功をしていないし、治せないという病気を治そうとするんだ。かなりの苦痛を伴う可能性がある。ああ、悪いが俺は君がルーナの友人だから治療を試みるだけだ。だから、君が断っても、苦痛を伴って泣き叫んだとしても問答無用で治療する」


 ボッチかと思っていたルーナにも友人がいたことだし、ルーナが悲しむ姿は見たくない。

 それに鑑定では元孤児と出ていた。

 近隣で調査をした時の話から何かにおうよな。

 ここはキッチリと治療をして話を聞きたい所だ。


 「お礼を言ったのは……治療をしてくれるからじゃないわ。汚くないと言ってくれたからよ」


 うつむきながら、普通であれば聞こえないような小声でエレナはお礼を言った理由を呟いたが、あいにく俺にはしっかりとその声が聞こえていた。

 まあ、俺に聞かせるのではなく心から出た言葉のようなので、聞こえない振りでもしておくか。


 とりあえず、俺はエレナをそのままにしてダンジョンポイントで光魔法を取得する。

 教会で回復魔法の治療は受けることができるのだが、治らないというのであれば別のアプローチが必要だからだ。

 ただ、回復魔法には病気や毒に効果を発揮するキュアという魔法がある。

 なので全く効かないと言う訳ではないとは思うのだが……。

 

 英語訳であれば、ヒールに浄化という訳もあるのでそちらでも治りそうなものなのだが、恐らくヒールは究極的に言えば、自然治癒力の効果を高めているだけと思われる。

 免疫力がウイルスや細菌に負けてしまえば、とうぜん治らないし、その状態が正常と体が認識をしてしまっても回復はすることがないだろう。


 そこで光魔法の出番というわけだ。

 回復魔法で自然治癒力を高め、光魔法でその病原菌に攻撃を与えたとしたらどうだろうか?

 感染症は、そのウイルスや細菌を増殖させないことで免疫力が上回り治癒していく。

 これを病原菌そのものを殺すことができれば治療されたことになるのではないだろうか?

 そして病原菌に体が攻撃を受けていたと言えるので、殺してもダメージは残っている。

 そこを回復魔法で治すのだ。


 恐らくこの方法は、どういう病原菌がその病気を引き起こしているかわからないと、他の善性の細菌を殺してしまって別の問題を発生させてしまうだろう。

 まあ、一番の問題はわかっていても、それ単体だけを殺せるかどうかなのだが。


 「ダンジョン内だと俺の能力が大幅にアップしているように思えるんだよな」


 俺はそう呟きながら右手で回復魔法、左手で光魔法を出現させると、両手を組んで二つの違いを確認する。

 何となく混ぜ合わせる感じでそれを何度か行っていると、上手く混ぜ合わさった感覚があった。

 その感覚を元に、今度は片手だけでそれを発動させてみる。


 「両方の特性があるように思えるが……」


 通常、新薬の開発であれば動物や培養細胞を用いて、非臨床試験を実施して有効性と安全性の確認をするだろう。

 そこからさらに人を対象とした臨床試験……いわゆる治験を行うことになる。

 だが俺は医者ではないし、動物や魔物……ゴブリンに梅毒を感染させたとしても、症状が出るまで待つ必要が出てしまう。


 俺はどうするか悩み……そして決断する。


 「まあ、とりあえずやってみれば良いか」


 俺は思考を放棄した。

 とりあえずはパッチテストのような感じで少しずつ試せば死ぬことはないはずだ。


 「エレナ。治療を開始する。こっちへ来てみてくれ」


 俺に呼ばれたエレナは恐る恐る俺の近くへとやって来た。


 「新しい魔法を開発してみた。治療に使ってみるから手を出してみてくれ」


 俺がそう声をかけているのに、近くまで来たエレナはいっこうに手を出さない。


 「どうした? 治療目的だからやましいことは何もしないぞ?」


 コアルームに男女で二人きりという状態だからさすがに警戒されるか。


 「そうじゃなくて……。手はもっと症状が酷いから。触るとうつるから」

 「なんだ、そんなことか」


 俺はそう言うと、エレナの手を握り確認する。

 うん、たくさん赤い発疹が見られるな。

 梅毒は粘膜の接触で感染をするはずだから、俺が触っても別にその手を舐めたりしなければ問題がないはずだ。

 たしかにこういう見た目で差別をされることはつらいだろう。

 というか、ダンジョンマスターって病気になるのだろうか。


 「こんなものはあとでクリーンの魔法でもかけとけば問題ない。それよりこれから魔法を使うが、痛みを伴うかもしれない。その場合は我慢してくれ」


 俺に手を握られるのがまだ抵抗があるのか、痛みを伴うかもしれないということよりも、エレナは恥ずかしそうにしている。

 気構えが違えば、痛みがあってもいきなり痛むよりマシかと思ってそう話したが、気にしてないなら仕方がない。

 俺はそう考えて独自に開発した魔法を唱える。


 「antibioticsアナバイアディクス


 俺は梅毒の原因である梅毒トレポネーマという細菌を殺すように考えながら、エレナの掌に魔法を使った。


 「ウッ」


 バタリ


……光属性の攻撃魔法と回復魔法を同時に使っているようなものだからやはり痛かったのか?

 エレナは声を上げて倒れてしまった。

 呼吸はしているようだから大丈夫だとは思うが、ヒールをかけるとどのように作用するかわからないから怖いんだよな。

 とりあえず魔法を使った所を確認してみると、症状はかなり改善していた。


 エレナが倒れている間に全身を治療しておくか?

 ただ、この倒れた状態が、単に痛みだけではなく治癒に伴う体力の低下を招いていれば、全身にそれを施せば死ぬ可能性もあるように思える。


 多少のことなら強引に進めるが、命の危険があるなら起きるのを待つか。

 俺はそう考えて、アイテムボックスから大きな布を出すと、倒れたエレナを抱えてその布の上へと移動させたのだった。

 

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