第39話 超えられる試練
孤児院に訪れてから約一週間。
この一週間は孤児院の調査をしたり、ナンナさんを含めたナンナ家の三人をダンジョンで鍛えたりしていた。
孤児院に関しては、悪い噂は特に見受けられなかった。
というよりも、領主の悪政の被害者だという認識のされかたをしていたのだ。
俺からすれば、被害者を装って男爵と組んでいる……ように思えたことからの調査だったが、結局調べきることはできなかった。
「そう言えばダンジョンじゃなくて普通の依頼を受けるのは久しぶりね。ギルドからのゴブリン集落の確認の依頼はあったけど、あれは指定されてたし」
「ダンジョン産のゴブリンで依頼達成がほぼできなくなったからな。これまでソレでかなり稼いだとは言え、そろそろ金が必要だろ?」
ルーナが普通にクエストを受けるのは久しぶりだというので、俺はそろそろ金も必要だろうとクエストをする理由を答える。
「何言ってるの! あれだけのお金があれば何ヵ月も暮らせる金額でしょ。キョウジってば何に使ったのよ」
「取り分の問題じゃないのかしら? 渡された時はビックリしたわ。ルーナとヒナ、バジュラで半分以上を貰っていたのでしょう? あなた達よりキョウジさんやレイリーさんの方が動いているでしょうに」
「ヒナ がんばったもん!」
「あはは、ナンナさん。本当にヒナもバジュラもそしてルーナも頑張っていたのでちゃんとした配分ですよ。それにチームですから、どちらにしても等分です」
「なんだかそれだと、私が一番活躍してないかのような言い方ね!」
「悪かった悪かった。ルーナは活躍してた」
ダンジョン産のゴブリンで常時依頼を大量にこなして得た金がそろそろ無くなる頃かと思ったのだが、ルーナたちはまだまだ残っているらしい。
俺は孤児院に寄付をして一気に減らしたが、それ以外にはたいして金を使っていなかった。
だが俺とは違い、ナンナ家ではもろもろの生活費がかかり、そろそろ無くなる頃合いかと思っていたが、どうやら俺と同じでたいして使ってなかったようだ。
「まあ、ナンナさんも今日はこいつらの活躍を見ればきっと安心します」
「ダンジョンでそれはもうわかっているんですけど、心配なんです」
まあ親だしな。
「それよりキョウジ、あそこのダンジョンをギルドに報告すれば、大手を振ってゴブリンの依頼を達成できるんじゃないの?」
「どうだろうな? 競争率も高くなるし、そもそもダンジョンで得た素材だとクエストを達成したことにならないかもしれないぞ」
「でもダンジョン産か外で倒したかなんて見分けはつかないわよ」
「それはそうだな。まあ、せっかく誰もいない状態で訓練に使えるし、もう少し秘密にしといてくれ」
「はーい」
「あい!」
「わかりました」
俺たちがそんな話をしながら冒険者ギルドへ向かっていると、ヨロヨロとボロを纏った人物が倒れるのが目に入る。
「ちょっと、大丈夫!?」
それを見たルーナが、大急ぎでその人物に近づく。
ルーナはこう言う所が言葉に似合わず優しいんだよな、と考えていると、ルーナが駆け寄った相手からルーナの名前が呼ばれる。
「……ルーナ? ダメっ、近づかないで!」
「え? まさかエレナなの? 顔に赤い斑点……。湿疹がそんなにできて。急にいなくなったと思って心配したのよ? 何年もどこに行っていたの? キョウジ、私の友人なの。今日は先に教会に治療――「やめて! この病気はもう治らないの! ルーナにもうつってしまうから離れて!」
どうやらルーナの友人のようで、ルーナが俺に友人を先に治療に連れて行きたいとこちらを向いて提言していると、その友人が声を上げてこの病気は治らないし感染すると言い出した。
顔は良く見えないが、ルーナが呼んだ名前から女性だろう。
俺が確認したわけではないが、顔に赤い斑点という病気なら、直ぐに思い浮かぶものだと、湿疹、かぶれ、虫刺されなどが思い浮かぶ。
だが、治らない、感染するとなると……この世界は文明レベルが中世辺りのように感じる。
もちろん、魔法があるので分野の違いで、現代日本より進歩していることもあるだろうが、町並みは中世の街並みだ。
それらから考えると、感染して治らない、湿疹となれば……
麻疹はたしか、江戸時代あたりであれば、今は世界で根絶されている天然痘よりも死亡率が高かったと聞いたことがある。
いや、この世界なら天然痘の可能性もあるか。
天然痘や麻疹であれば、空気感染や飛沫感染をおこすので、すでにルーナが危険だな。
「ルーナ。一旦こちらへ。少なくとも二メートルはその子から離れてくれ」
「キョウジ? どういうこと?」
ルーナは訝しがりながらも彼女が自分から病気だと告げたこともあってか、相手の子を心配そうに見つめながらも少しだけ距離をあけた。
ってか麻疹や天然痘だと対処療法しか現代日本でもなかったはずだ。
その二つのどちらかの場合だと、ルーナはすでに感染してしまった可能性があるが……。
ただ、他の可能性としては梅毒もあり得るか?
俺はルーナの友人と言うこともあり、ここで見捨てるという選択肢はない。
そもそも治らない病気というのだって、自己判断の可能性が高いしな。
どうすれば……と悩んでいると、前に朝露の雫草を採りに行った時に、植物を俺が鑑定したら名称が変わったことを思い出す。
病気であっても鑑定をすれば、俺が知っている病気であれば俺の知識でわかるような病名に変換されるのでは?
俺はそのことに気が付いて、エレナという女性を鑑定した。
その結果、名前と年齢、病名、元孤児だということが判明する。
「梅毒か……」
麻疹や天然痘よりはマシ……に思えるが、恐らく抗生物質のないこの世界では確実な治療法は存在しないだろう。
だからこそ、彼女は治らないと言ったのだ。
ただ、俺はペニシリンの製造方法を「JIN-仁-」を見て知っている。
本気で異世界転生を望む者が知っておくべき知識の一つだからね。
ペニシリンの製造方法は簡単に説明をすれば3つのステップに分けられる。
最初のステップは青カビを培養する。
青カビはミカンや食パンなど食べ物に発生するアレだ。
ちなみに、ブルーチーズも青カビを使って作成されるが、アオカビ属ではあるが、ミカンなどに生える青カビとは違う種類で、ブルーチーズの青カビからではペニシリンは作れない。
まあ、もしかしたら作れるのかもしれないが、当時調べた時には作れ無さそうだった(アオカビ属の別種は確定)
第二に培養した青カビからペニシリンを抽出する作業で青カビの培養液をろ過し、
「油に溶ける脂溶性物質」「水にも油にも溶けない不溶性物質」「水に溶ける水溶性物質」の3種類に分離させる。
その中から、「水に溶ける水溶性物質」を取り出して、不純物を取り除くとペニシリンは炭に吸着する性質を持っているので吸着させる。
そこからさらに不純物を取り除いたものがペニシリンだ。
3ステップというのは、実際の場合であれば、第三ステップとしてそれがペニシリンで薬効……効果があるかどうかまでを調べないとペニシリンを精製したと言えないためだ。
ちなみに、俺の場合はペニシリンに耐性のある菌が増えていることから、さらに強力な土壌からとれる放線菌を使ってペニシリンに並び有名なストレプトマイシンという抗生物質も……一応は自力で作れるように覚えてはいる。
当然ペニシリンと同じで作ったことはないので、作れるかどうかの理論だけだけどね。
ただ、ここは異世界だ。
某薬局アニメは現代知識で薬を作っていたが、俺はまずは別の……魔法というアプローチからしてみようと考えた。
いや、あのアニメも結局は魔法の力で治してたっけ?
普通にやると、青カビを培養して~とかめんど……ゲフン、この世界には魔法があるのだから!
「レイリー、後は任せる」
「ハッ」
俺はそう言うと、エレナに近づいて抱き寄せ、嫌がる彼女を横抱きにして持ち上げた。
「キョ、キョウジ!?」
「ああ、心配ない。この娘は友人なんだろう? 教会では治らない可能性があるから、俺が治そうと思ってな」
「マスター。私が調べた限りでは、梅毒であれば恐らくその原因を知らないために、普通の回復魔法では治せないと思われます」
やはりか。
というか、レイリーのこの言い方であれば、原因を知っている俺なら治せるといっているようなものだな。
「治せるの? そう言えばキョウジは回復魔法が使えるものね。でもここで治療するんじゃだめなの?」
「教会でも難しいなら、ただ回復魔法をかけるだけではダメそうだからな。まあ大丈夫だ。信用してくれ」
「キョウジがそう言うなら……」
「じゃあ、ナンナさん、ヒナ。今日はレイリーだけになるがよろしく頼む」
「はい、わかりました」
「あい!」
俺は気になることもあって、俺の腕の中で暴れようとしているエレナをシッカリと抱き上げるとコアルームへと急ぐのだった。
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