第38話 孤児院

 クズ共をダンジョンの養分にした次の日。

 俺はこの世界の全体から見れば良いことをしたはずだと信じてはいるが、日本では『僕は正義だ。新世界の神となる!』と言って、守られて裁かれない悪をノートで裁いていた天才でさえ最後は不遇の死を遂げた。

 疑いの目を向けた人まで裁いてしまったことが、問題だった気はするが……。

 

 とまあ、俺がなぜこんなことを考えているかと言えば、俺の中で悪党と思う者たちを裁いたが、俺も悪党側ということを自覚している。

 そもそもダンジョンマスターなので俺は人ではないが、人間社会に紛れて暮らすのならば、『郷に入れば郷に従え』ということもあって、徳も積んでおこうと考えたのだ。

 やらない善よりやる偽善!

 悪党をたくさん処分したら、それ以上に人を助けておこうと思うのだ。

 だから困っている人を助けようと思う。




 「おはようございます~。誰かいらっしゃいますか~?」


 コンコンッ


 俺は徳を積むためにやって来た孤児院で、ドアの前から声をかけてドアをノックした。

 この町に孤児院はここしかないのだが事前の調査でこの孤児院の支援をしているのは、俺がダンジョンコアルーム送りにしたあの男爵令嬢の父親だった。

 そしてあの令嬢の父親ということもあって、当然のようにまともに支援をしていない。


 どうやら国から貴族の責務として孤児院を支援する法令があるようで、この町を統治している男爵もしぶしぶ支援はしているらしかった。

 だが、当たり前のように満足のいく支援をすることはなく、しかも孤児院で育った女の子が12歳になると、男爵が気に入った娘は屋敷に連れて帰るそうなのだ。

 そして、連れて行かれた子は基本的にボロボロになって捨てられて娼婦へと身を落とす。


 これは近所の人たちから聞いた噂なので、全てが本当のことだとは限らないが、男爵の娘と関わった時の印象が悪すぎて真実に思えてしまう。

 孤児院の生活費が足りない分は、近隣の寄付や10歳前後の孤児院の子供が手伝いをして賄っているらしい。


 「おにいちゃんだれ~?」

 「こら、危ない人だったらどうするの! 戻りなさい!」


 俺が返事を待っていると庭から声がかかり、見ると6歳くらいの男の子? 女の子? がこちらにやってきていた。

 この年齢くらいの子って性別が髪型以外の見た目で判断がつけにくいよな。

 そしてその子供を嗜める小学校の高学年くらいの女の子。

 俺は今、危ない人認定をされかかっていた!


 「院長先生はいるかな~? 君にはほらこれだ」


 俺は即座にしゃがみ込んで近づいてきた子供に目線を合わせる。

 俺の親戚には学校の先生もいて、幼い子への対応の仕方も教えてもらっていた。

 子供は小さいのでこちらを見上げると疲れるし、話も聞きにくいらしくて目線を合わせることが大事らしかった。

 目線を合わせた俺は、何かに使えるかと思って買っておいた花束から一輪、アイテムボックスから取り出すと、手品てじなのように何もない所から出現させて子供の目の前で見せた。


 「わぁ! きれいなおはな! まほう~?」

 「こ、こら、ダメだって言っているでしょう!」

 「あ~、俺は不審者ではない。院長先生に用があって来たんだ。どこにいるかな?」


 不審者が不審者ですと言う訳がないので、不審者じゃないと言った所でなんの正当化にもならないのだが、普通にドアの前までやってきて院長を呼んでいるのに、不審者扱いは酷すぎないか?


 「院長先生~。お客さんだよー!」


 俺がここの孤児院の客だということをやっとわかってくれたのか、院長先生を呼んでくれる。


 「これはこれは。何か御用ですかな?」


 少女の声を聞いて、ここの院長らしき初老の男が俺の前までやってきた。

 んん? 何か違和感がある。

 俺が出した声と少女が出した声は大きさ的にはそう変わりがなかった。

 気配的に俺の声は無視をして、少女の声では仕方なくやってきたような感じさえ受ける。

 まあ、気のせいだよな?


 「ああいや、ちょっとここの孤児院の話を聞いてね。大変そうなので寄付をと思ったんだが……」

 「それはそれは。では、応接室に行きましょう。ほら、お前たちは庭で遊んでいなさい」


 院長は子供たちに声をかけると、俺を孤児院の中へと誘った。

 ふと庭の方をみると、近くにいる二人以外にも子供が何人も外に出て遊んでいるようだ。

 俺はアイテムボックスから竹で作ったフラフープを取り出すと、自分で使って遊び方を見せた後に少女に渡す。

 このフラフープは段差がない様に布で全体を巻いていて、もし割れても子供が傷つかないように配慮もしている優れものだ。


 「ほら、これをあげるから遊んでおいで」

 「しゅ、収納魔法……?」


 院長が小声で俺のアイテムボックスに反応した。

 まあ、今までは人前では使っていなかったし、ルシオラの話を聞いて気を付けていたのだが、昨日の悪党のことを考えると、ルーナたちがいない時なら見せておいた方が、悪党が寄ってくるのではないかと考えたのだ。


 もちろん、後をつけられて、ルーナたちが危険になることもあるだろうが、ルーナたちは多少の強さも手に入れた。

 それにバジュラが思っている以上に強いようであるので、もしルーナたちが狙われても俺が駆けつけるまでは何とかなるのではないかと思うのだ。



 応接室に案内をされると、院長の言葉で子供が俺にお茶を持ってくる。

 俺がそれに一口つけていると、


 「それで寄付とのことですが」

 「ああ、思い立ったばかりで少ないんだが、今回はこれだけだ」


 俺はそういうと、机の上に大金貨三枚を置いた。


 「大金貨! 少ないなんてとんでもない。これで子供たちの食事が賄えます」

 「そうか。それなら来た甲斐があったな」


 俺と院長はその後に少しの会話を交わすと、俺は席を立った。

 そして応接室から出た所で、お茶を持って来てくれた男の子が叫ぶ。


 「院長先生! 妹が苦しんでて。赤黒く腫れて……うぅ……」

 「今はお客様が来ているだろう! 後にしなさい。寝ていれば治ります」


 ん? 赤黒く腫れているなら打撲か何かか?

 内出血をしているということだから、場合によっては命に係わる危険性もあるのでは?

 俺の回復魔法で何とかなるか?

 いや、それより寝ていれば治るって……俺が大金貨3枚を寄付したばかりだぞ?

 日本円で言うなら、約30万円が手に入ったばかりなのに病院にも連れて行かないだと?


 「院長? どうやら怪我人がいるようだが、病院かヒーラー……教会に治療をさせに連れていかないのか?」

 「あはは、これは子供が大げさに言っているだけで、寝ていれば治るくらいのものなのですよ」

 「院長先生! でも妹は苦しんでて!」

 「お客人の前だといっているだろう!」


 うーん。

 悪徳貴族にまともな支援をしてもらえず、苦労して孤児院を経営していると思って来てみたが……。

 よく見るとここで出会った子供たちは全員がボロを纏っていたのに、この院長は高級そうな小綺麗な服を着ている。

こう考えてしまうと、ここで帰っては心残りができてしまうな。

 俺は必死な男の子の頭を撫でると、一度しゃがんで目線を合わせて安心させる。


 「おじ……お兄さんは魔法が使えるんだ。妹の所に案内してくれるかな?」

 「うん!」

 「お客人!? これは院内のことですから!」


 俺は院長を無視すると、男の子について孤児院内を移動する。

 そしてついた先の部屋では、ベッドの上で内出血をした肩を上にして、苦しんでいる女の子が目に入った。

 俺はその女の子に近寄ると、まずは目視でその傷を確認する。


 「これは……結構な高さから落ちたとか?」

 「町の子に俺たちは汚いって。それで妹が階段で突き飛ばされて」

 「それは辛かったな……。少しだけ触るぞ?」


 俺の質問に兄が答え、俺はその返答を聞いて妹に話かけた。

 小さく頷いた事を確認した俺は、骨折をしているか打撲かを判断するために、内出血をしている所を少し触る。

 打撲なら院長の言う通り、安静にしていれば回復するが……。

 この判断は目視だけではかなり難しく、痛みを我慢してもらって触診してみる。


 「うっ……」

 「どんな感じがする?」

 「痛みと、痺れた感じ……」


 女の子は顔を顰めるが……、飛び上がるほどの痛みではない?

 俺は手を持って少しだけ女の子の肩を動かしてみる。

 痛みを我慢しているようだが、まだ我慢できる痛みのようだ。

 これなら打撲か? 骨折なら回復魔法がどのように作用するかまだよくわからないので、不自然に骨を繋げてしまうことを心配したが、酷い状態ではあるが骨までは折れていないように感じる。

 俺は打撲の酷い状態で血が吸収されずに血腫として残り、血行障害による痺れや麻痺を起こしていると判断した。


 「ヒール!」

 「か、回復魔法!? 収納魔法に回復魔法とは……」


 後ろで院長が俺の回復魔法に驚いているがとりあえず無視をする。


 「どうだ? 動かせるか?」

 「うっ……うん? 痛くない……?」

 「そうか。よかった。皮膚の内出血は少し残ってしまっているが、傷自体は治っているはずだ。いずれ体内に吸収されて元に戻るよ」

 「うん! お兄さんありがとう!」


 俺にお礼を言った女の子は、今度は兄と喜び合っていた。


 「院長、今回はたしかに打撲で、寝ていれば治る怪我だったかもしれないが……、できれば俺が寄付をした金はケチらずにこういう時に使ってやってほしい」

 「わ、わかりました」


 お礼を言ってくる兄妹と院長に対して、俺は兄妹の頭を撫でる。

 そして院長を尻目にすると、俺は孤児院を後にした。


 「この孤児院も調査をする必要があるな」


 俺は『人生は一度きり!』へと戻りながら、呟くのだった。


 


 


 

 

 

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