最後の王命 5

 戦士の顔から医師の顔になったティリオンが、素早くカーギルの全身の傷をる。


「きさま……なぜ、ここに……?!」


 大いに驚くカーギル。


 ももに刺さった矢が一番危険、とたティリオンは、ふところから銀の短剣を取り出し、言った。


「矢先を取り出す。動くなよ!」


 短剣がももに刺さった。うめいて顔をのけ反らすカーギル。


 短い手術が行われ、ももの大動脈を傷つけないよう、静かに矢先が引き抜かれた。


 あとは縫合しておきたいところだったが、ここでは道具も時間もないので、自作の手持ちの薬を塗ってやる。


 死んでいるテバイ兵の服を大きく切り取って、その布でしっかりと止血。


 手慣れた早い動作で次々と矢を抜いていき、剣を浴びせられた所にも、どんどん薬を塗っては傷の治療をするティリオン。


 カーギルがきく。


「なぜ、俺を救ける?


 俺はおまえの敵だぞ。おまえを殺そうとしたのだぞ」


 答えず、集中している様子で手当てを続けるティリオン。


 カーギルは、しばらくそれをじっと見つめ、ぼそりと言った。


「おまえは……変な奴だ」


 奇妙に静かになった空間。


 ふたりの無言の男は、しばし、ただの医師と患者になっていた。


 だが、戦場は静寂を長くは許さない。


 かすかに聞こえてきた複数の馬蹄ばていの音に、ティリオンは鋭く顔を上げた。


 遠くから急接近してくる、豆粒ほどの一団の騎影に目をこらす。


(テバイか? アテナイか? いや、コリントスだ!)


 この時、フレイウスの指揮するアテナイ軍の妨害により、テバイ軍の追撃隊は一時はばまれた状態になっていた。


 内輪うちわもめをしている2軍の間隙かんげきをぬって、本隊より先に到着したそのコリントスの一団は、無謀なほどの勢いで突出とっしゅつしてきていたのである。


 そして、そのコリントスの一団を率いる指揮官の名は、ペイレネ。


 だがティリオンもカーギルも、それを知るよしもない。


 ティリオンは、肩を貸してカーギルを起こそうとした。


「さあ、がんばれ。


 おまえはまだ助かる。いくぞ!」


 が、カーギルはティリオンの手を振り払った。


「俺はいい!


 俺はここで少しでも敵を引きつけておくから、おまえは姫さまを止めに行ってくれ。


 合流地点の林は敵兵で一杯だ。


 林に入ってはならない、戻るんだ。


 俺はもう、この体ではろくに動けん。間に合わない。


 だが、おまえならば間に合うかも知れん。


 頼む!」


「しかし……」


 カーギルは、今度はティリオンの腕を握りしめた。


「俺はアテナイ人は信用せん。


 だが、おまえは信用してやる。おまえだけはな。


 だから頼む! 姫さまを助けてくれ!


 クレオンブロトスさまの最後の願い。


 俺に与えられた最後の王命を、おまえにたくす。


 頼む、ティリオン!!」


 スパルタ人の灰色の瞳と、アテナイ人の緑色の瞳が見つめ合った。


 ティリオンは頷いた。


「わかった。


 私の命にかえても、必ず姫さまを助け出してみせる。


 王命、確かに受け取った!」


 きびすを返すと、剣を回収し、素早くテバイ兵の馬にまたがる。


 血みどろで倒れているカーギルにもう一度頷き、ティリオンはまた、銀風となって駆けた。

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